45.余計なこと
渋谷を覆う結界の構築と同時刻。
分身体が消滅し、酢漿は途方に暮れていた。
「私があの場に行ってれば......!」
一方、無堂は坐禅を組み、眼を緑色に輝かせていた。
「いや頭の動きキモッ!!」
「ドクター・ストレンジみたいだね。」
優雅に紅茶を啜る綾取。
その時、無堂が戻って来た。
「あー...長かった......」
「瑞希ちゃん、何してたの?」
ふー、と長い溜め息を吐き、無堂は前髪を下ろして左眼を隠す。
「46億8769万5831通り、未来を見ました。」
「そんなに!?」
「はい。その中で、勝ち筋...いえ、私たちが干渉出来る範囲で最小限の被害は一つ。しかし、特殊勝利じゃない。」
頭上に?が浮かぶ酢漿。
「今から、作戦を伝えます。」
「酷い有様だな......ん?」
崩壊した街中を歩いていた石動翔太は、満身創痍の新城を目の当たりにした。
「誰だ。」
「石動翔太です。」
「敵か?」
「いえ、通りすがりの一般人です。」
あまりにも怪しい。しかし、石動の言葉には新城を納得させるだけの説得力があった。
「新城右玄。」
「新城さん...その腕、大丈夫ですか...?」
「アー......大丈夫じゃあねぇな......」
空を仰ぎ見る新城。
遥か上空には依然、高密度の魔力が結界を形成している。
「あれ、壊せば良いんですか?」
少し悩む新城。
現在、中央上空に有巣は居ない。まだ結界を解く気は無いということだ。
しかし、落雷さえあれば新城の傷は全回復し、戦闘可能な状態になる。
「......あぁ。そうなるな。」
「わかりました。任せてください。」
石動翔太の能力は『万勇の加護』。本人の望むタイミングで望む能力を、もしくは必要なタイミングで必要な能力を得る能力である。
獲得数に上限は無い。得られる能力に制限は無い。どれだけ能力を得ても脳はメモリ不足に陥らない。加えて、不要な能力は削除されるし、また必要になれば再獲得出来る。
石動翔太は正真正銘、世界に愛された男である。
大きく飛び上がり、結界を素手で殴り壊す。
「もう一枚......?」
魔力結界を割った先にもう一枚、青い結界が存在していた。
そして、石動はそれを割ってしまった。
「割れましたよ。」
直後、新城に落ちる雷。
「新城さん!?」
瞬間、現れる無堂。
「新城さん。帰りますよ。」
「えっ!?驚かないんですか!?」
「そりゃ見慣れてますからね〜。あんま見慣れたくなかったんですけど。」
「“帰る”ってどういうことだ?」
不機嫌を全面に滲み出す新城を見て、無堂は分かりやすく溜め息をつく。
「有巣さんの足手まといですよ。」
「そうか。そりゃ仕方ねぇ。」
不自然なまでに聞き分けの良い新城だが、それ以上に、あることが石動に引っ掛かった。
「有巣?もしかして有巣仁理?」
「はい。有巣仁理です。常にふざけてますが、私たちのリーダーで最強のSクラスですよ。残念ながら。」
「そうか!仁理も居るのか!」
「貴方、名前は?」
「石動翔太。」
「私は無堂瑞希です。」
そこで、メモ帳を取り出し、1ページちぎって渡す無堂。
「石動さん。ここに書かれている能力を持っておいてください。必ず役に立ちます。」
「わかった。」
「それと、極力撤退はしないでください。」
意外な言葉に怪訝な顔をする新城。
しかし、石動は素直に頷く。
「わかった。僕は仁理を助けるよ。」
「えぇ、お願いします。あの人は無茶苦茶をしますから。」
「天道が......封印された......?」
スマホに来たメッセージを見て目を丸くする有巣。
その時、舵原があることに気付いた。
「結界があればメッセージは来ないはずじゃ?」
「......余計なことを。」
舌打ちして立ち上がる有巣。
その時、3人にどこからともなく無堂が近寄る。
「舵原さん。帰りますよ。」
「無堂......それが最適解か。」
「はい。あ、結界は私じゃありませんからね!?」
「むむ...怪しい。」
「とにかく!私は舵原兄弟と宮本さんと斑目さんと舞香さんと白井さんと新城さんを連れていきます!民間人も逃がしますからね!!」
そこで、有巣は「ん?」と首を傾げる。
「井桁は?」
「井桁さんは......おそらく、ここで決着させる必要があります。」
舵原兄弟に手を当て、有巣の目を見る無堂。
「私に出来るのはここまでです。この後、宮本さんが危ないので、アジトで治療に入ります。しかしくれぐれも、穂香さんを追いかけないでください。」
「......なるほど?わかった。」
有巣に探知系の能力は無い。理由は、『呪手』に収容出来るのが手で発動出来る能力のみであるためだ。故に、今から有巣がおそらく持ち去られているであろう穂香を追うのは時間の無駄である。
そして、無堂が追跡しない理由は、宮本の治療に集中力を要する都合で、分身を維持出来なくなるためだ。
有巣は無堂の分身の仕様を知らない。しかしなんと有巣はこの時、言外にこの事実を理解し納得していた。
「では、後、お願いします。」
「了解。」
その場から消える無堂。
「白井。」
有巣の横に白髪の女性が現れる。
「はい。」
「追え。」
「承知いたしました。」
そして瞬時に、女性の姿は消えた。
女性の名前は白井円香。有巣の使用人であり、時を駆ける能力者である。
「みやっ...宮本さん!宮本さん!!」
必死に呼びかける井桁に、優しく微笑みかける宮本。
「私...もう......ダメみたい......」
「宮本さん!!」
胸の出血を持っていたタオルで止めようとする井桁。
だが、宮本はそれを拒む。
「ありがとう......私......楽しかったよ......」
「宮本さん......」
涙を流す井桁。そして、意識を失う宮本。
そこで、魔人はここぞとばかりに銃を構える。
(あぁ...俺は......!!人間が大好きだ!!!)
ニヤリと笑う魔人。
発砲音が通路に響いたその時、
「無駄、ですよ。」
井桁が顔を上げると、そこには無堂が居た。
無堂が掌を開くと、弾丸が落ちて音を立てる。
「ギャグキャラを殺そうとするのは。」
「無堂!」
宮本を抱き上げる無堂。
「有巣さんの戦闘が終わるまで延命します。助っ人が来るので、2人で何とかしてください。」
では、と言い残して消える無堂。
「2人?」
その時、通路の向こうから足音が響く。
「さあさあ!寄ってらっしゃい見てらっしゃい!」
硬いスポーツシューズが床とぶつかり音を立てる。
「泣く子も黙る最強のエンターテイカー!!」
月光を受け、桜色の髪が靡いた。
「私は酢漿菜々!!最強の捕食者だ!!」
「酢漿!」
間髪を入れず響く発砲音。
素早く顔を振る酢漿。すると、ニッと笑ったその歯に弾丸が咥えられていた。
「バケモンしか居ねぇのかよ!!」
「Sクラスだからね!」
「なら...」
敗戦濃厚と見るや、魔人は踵を返して走り出す。
「逃げまぁす!!」
「あ!おい逃げんな!!」
手から様々な物を出しながら建物を崩してまわる魔人。酢漿の変身を駆使し瓦礫を除去しながら進むが、魔人の姿は次第に遠く離れて行く。
「ヤバい!このままじゃヤバい!!」
「いや語彙力!」
「仕方ない!吸い込む!!」
口を大きく開けて『すいこみ』の姿勢に入る酢漿。
その時、魔人が掌から紫色の塊を出す。
「コレでも食ってろよ!!」
「何だそれ!?」
井桁の心配も時すでに遅く、反応する間もなく酢漿の口に塊が飛び込む。
瞬間、酢漿が胸を押さえて膝から崩れ落ちた。
「酢漿!!」
「ンハハ!!あばよ!!」
瓦礫をこじ開けて天井に開いている穴から外へ出る魔人。
間もなく、酢漿の胸を白い塊が穿つ。
「っああ!!」
「酢漿!」
塊を掴んで引き抜く井桁。しかし、新たに酢漿から次の塊が溢れ出す。
井桁が一心不乱に引き抜き続けるが、どんどん塊は膨張していく。
「酢漿...!ぜってぇ助けるからな!!」
その時、地上で爆発音が響いた。
「な......っ!?」
天井をすり抜けて、有巣が着地する。
「有巣!」
「よーいしょ!!」
有巣が酢漿の背中を勢いよく叩くと、塊がもの凄い勢いで小さくなり消滅する。
「そしてぇ...?」
有巣が手を翳すと、酢漿の胸に貫通した穴が即座に塞がった。
「相変わらず凄い魔力量......」
「はい、お終い。転送するよ!」
井桁と酢漿の足下に魔法陣が出現するが、そこで井桁が待ったを掛ける。
「待てよ!さっきの魔人はどうしたんだ?」
「殺した。それで?他に質問は?」
どこか焦っているような有巣の様子に、井桁は疑念を抱いた。
「なんでそんな焦ってんだ?」
目を逸らし天井を見上げる有巣。
「最初の結界、破っちゃダメなヤツだったらしい。」
「は?どういうこと?」
「そもそも結界じゃなく、とんでもない密度の魔力だ。いわば、破られることを前提とした神格基盤だ。」
「神格基盤!?」
神格基盤とは、神格実体を作る際に必要になる魔力もしくは霊力の媒体である。いわば、神格実体にとっての胎盤のようなものだ。
「外側に霊力結界を張って中和させるつもりだったんだがな。」
有巣による解析が早かったのも、結界の構造が単純である故のことである。
「一気に中和出来ないの?」
「天道が封印されなければ出来たな。」
有巣では出力が足りない、ということである。純粋な高密度の魔力を止めることは出来ても、消すことは出来ないのだ。
「他に質問は?」
井桁と酢漿は目を見合わせる。
「特に無いな。なら移動させるぞ。」
直後、音もなく井桁と酢漿が消える。
「さて、大将戦かな。」
アジトに宮本を担ぎ込み、全力で治癒魔法をかけ続ける無堂。
「頑張って耐えてください!有巣さんが帰って来るまで!」
宮本から応答は無い。
その時、無堂は背後に気配を感じ、反射的に振り向いた。
「私が処置します。」
白井円香が手をかざすと、宮本の出血が止まる。
「貴女は...!」
「白井円香。響香の姉で、有巣様の側仕えです。」
全てを知っている無堂は納得して頷く。
一方で、無堂が未来を知っているとはいえ納得が早すぎる状況に、舵原兄弟や斑目はキョトンとしていた。
その時、リビングに井桁と酢漿が転移して来る。
「井桁さん!酢漿さん!」
安堵の表情を浮かべる一同。
その時、ホワイトボードにある映像が映し出される。
『おーい、聞こえる?』
画面に映るのは有巣だ。
「有巣さん!」
「有巣!」
『あー待て待て。そっちからの声聞こえないから話しかけないで。俺のことが好きなのはわかったから。』
「誰も好きなんて言ってませんけどね。」
マーゴが構えるカメラを前に、有巣が喋っている。
(さて、みんな撤退したし、ようやく味方側最強キャラのムーブが出来る、と。)
「今から柊黒彦との決戦に向かうんだが、その前に、言っておくべきことがある。」
『呪手』を首から外してクルクル回す有巣。
「何があっても此方に介入するな。例え俺が死んでもだ。」
カメラの向こうで猛抗議されているのが手に取るようにわかる。しかし、有巣は皆に有無を言わせぬよう、渋谷全体を覆う結界を張った。
(未来予知の存在を伝えたら、未来が変わるからダメだろう。)
かく言う有巣も、白井円香の能力『時間操作』によってやり直せる立場にある。故に、今まで有巣と無堂以外の活躍は今ひとつだったのだ。
最も、有巣の能力ならやり直す必要すら発生しないのだが。
「さて、そろそろ行こうかな。」
次回最終回です




