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フォックスの翼  作者: ジョニー
第1章
38/46

38.青森空港

38


「乗り継ぎ、結構疲れるぞ。マジで」


翔が助言をくれたのは、旅に出る2日前の夜だった。


携帯に夢中だった僕は、それを平然と聞き流す。


だって別に気に留めておくほどのことじゃないし、今は旅行カバンに詰め込むリストをメモってる最中なんだから、余計なことを頭に叩き込む必要はない。


僕は黙って「折り畳み傘」と携帯に打ち込む。


「コン、聞いてるのか?」


「うん、もちろん。聞いてる聞いてる」


聞いていない。


「体力つけとけよ。バカにできないほど疲れるから」


「ははっ。大丈夫だよ。人混みは大阪で慣れてる」


「いや、人混みもそうだけど、違った意味で」


「ん?」


「疲れるってことだよ」


「大丈夫だって。たかだか飛行機を乗り換えるだけだろ?自分で車を運転するわけじゃあるまいし、疲れる意味が分からないよ」


「ま、そう言うなら任せるよ」


翔はそう言って、つまらなそうにコーヒーをすすった。


翔はきっと、次の搭乗口までの動線が長いとか、待ち時間が退屈だとか、そういった類の疲労感を僕に伝えたかったのだろう。


その時は、ただそれぐらいにしか思っていなかった。


青森空港に着いた僕は、弘前駅前行きのバスターミナルのベンチに座り、凝り固まっていた両腕を地面に垂らす。


マジで本当に疲れた。


立ったり座ったりの繰り返し。


荷物を上げたり下ろしたりの繰り返し。


隣の席は男だし。


翔の言っていたことは正しかった。


このままここに布団を敷いて、寝たい。まださらに1時間ほどバスに揺られなければならないのだが、今は忘れたほうがいい。


今朝、母が入れてくれたお茶を飲む。乾いた喉に水をやると、勝手に声が漏れ出した。


「あー…」


親父がビールを飲んだ時のような声だ。


おっさんと言われても仕方がない。


これぞ正に至福のひと時!なんてな。


そんな言葉を使っていいのは、この暑さの中、工事現場で必死に働いている職人さんが、自動販売機で買った冷たいブラックコーヒーを飲んだ時だけだ。


喉を潤した僕は、水色の空上を見上げ、目を閉じる。

鼻から大きく息を吸いとれたての新鮮な空気を肺に送る。


ご自由にお取り下さいと書かれていたここの空気は、瀕死寸前だった僕の五臓六腑を見事に回復させ、皮膚にこびりついていた羽田空港の雑音を綺麗に洗い落とした。


再びゆっくりと目を開けると、広がった空は、どこまでも遠くて、穏やかで、青くて。


僕と混ざると、恐ろしいほど絵になる。


明日いきなりCMのオファーが来てもおかしくない。


黄ばんだ汗が腕時計に染み混んでいた。


ふと目をやると、時刻は13時40分だった。


まだお昼ごはんも食べていない。


1時間以上もバスを耐える自信がなかった僕は、空港内にあったコンビニでツナマヨおにぎりを2つ買い、すぐさまバスターミナルに戻った。


出発まであと5分というのに、弘前駅前生きのバス停には、僕以外に誰もいなかった。


周りをぐるりと見渡すと、たくさんの車が並んだレンタカーショップや、空港に併設されたお洒落なビルが目に入り、自分が異世界に来たことを実感できた。


ベンチに踏ん反り返っていた僕が、ちょうど2個目のおにぎりを食べ終わった頃、タイミングよく14時05分発のリムジンバスが到着した。


白、緑、オレンジでカラーリングされたバスの側面には、このあと通過する停留所が書かれていて、目的の弘前駅前まではあと2つしかなかった。


1時間以上かかるのに、たったそれだけなのかと不思議がっていると、50歳前後の運転手がバタバタと降りてきて、バスの下腹部のトランクルームをガバッと開けた。


「すいません、お待たせして。お預かりします」


彼はそう言って、僕が背負っていた旅行カバンと、左手に持っていたイーゼルを受け取ろうと手を差し出してきた。


「あっ、大丈夫です。持って入るので」


「あっそうですか、なら」


彼が悲しそうにトランクルームのドアを閉めた。


これから1時間以上ともにするバスの運転手の指揮を下げてしまった僕は、せめてもの罪滅ぼしに、彼に簡単な質問した。


「あの、すいません。このバスって、弘前ひろまえ駅前まで行きますよね?」


弘前ひろさき駅前ね。はい、大丈夫ですよ」


死ぬほど恥ずかしかった。

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