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フォックスの翼  作者: ジョニー
第1章
32/46

32.別れの挨拶

32


「いつまでマスターと話してるんだよ、もぉ。こんなに長い間、女の子を太陽の下に晒してもいいと思ってるわけ?」


「そりゃ、僕も良くないと思ますよ。相手が女の子ならの話しですが」


「分かってんじゃん」


わざと「女の子」を強調したのが、無意味だった。


「バンバン紫外線浴びちゃったよ。はぁ...。真っ白な私のお肌がぁ...。これじゃぁパパにもコンくんにも嫌われちゃうよぉ...」


「前者の方はともかく、後者の方はもとからあなたのことが好きじゃないみたいですよ。良かったですね」


「ならせめて逆にして。私、コンくんには嫌われたくないの。パパに嫌われるのは、どうでもいいの」


「パパが可哀想すぎます」


「そんなことよりほら、見て。メニランが出来てる。もぉ、コンくんのせいだからね」


「メラニンですよ。最初から喫茶店の中で待てばよかったじゃないですか」


「ダメだよ。男子大学生と喫茶店のマスターがイチャついてるのを邪魔しに行ったら、空気読めない女って思われるじゃない」


「誤解を招く言い方、やめてもらえますか」


僕の発言を無視して、彼女は両腕の白い肌を何度も何度も確かめる。


「はぁ...こんな姿じゃ私、お嫁に行けない...」


「既婚者ですよね?」


「私を汚した責任。ちゃんと取ってよね」


「誤解を招く言い方、やめてもらえますか。2度目ですよ」


「コンくん...。私...覚悟は決めてるから...」


「勝手に決めないで下さい」


「今度は、コンくんが一肌脱ぐ番ね。安心して、最初は後ろ向いててあげるから」


「誤解を招く言い方、やめてもらえますか。3度目ですよ」


最近、すぐに卑猥な方向に走ろうとする彼女と不毛なやりとりをしていると、卑猥な彼女の携帯が鳴った。


「おっ、浜ちゃんだ」


彼女は携帯の通話ボタンを素早くスライドした。


「もしもーし…。え、今? 今ねぇ、彼氏とお茶してたとこ。うんそう。え? あはっ、違うよ、彼の方から…。そうなの。でしょ? 最近呼び出しがひどくって」

彼女がニヤニヤしながらウインクを飛ばしてきたので、彼氏はそれを掴んでそのまま地面に叩きつけた。


「で、どうしたの? うんうん。そっか。わかった。今から帰るから。うん。じゃねっ....」


「誰が彼氏ですか?」


「え、もしかして聞いてたの? きゃーっ!! コンくんのエッチー、へんたーい、人妻大好き大学生ー」


「訴えますよ」


「やだなぁ、コンくん。ガールズトークの盗み聞きは立派な犯罪だよ」


「人のことを勝手に彼氏呼ばわりするのも立派な犯罪ですよ」


「ならこうしよう。未来の旦那さん」


「名誉毀損です」


「まぁ呼び方は後で決めてもいいよね。式はチャペルを予約しといてね、ダーリン」


「はぁ...。もういいですか? 僕、そろそろ...」

僕は左腕に繋がれた腕時計を見た。


一般的な人なら「今何時?」とか「時間、大丈夫?」とか「その時計、どこで買ったの?」なんて聞き返すはずなのだが、変態的な彼女は全く違う答えを用意していた。


「その時計、まさか元カノからのプレゼントじゃないでしょうねぇ」


「仮にそうだとしても、あなたには教えません」


「何言ってるのよ、ダーリン」


「まだやるんですか、このやりとり。あなたと話してると疲れるんですよ」


思わず口に出てしまった。


「そこまで言わなくても...」


分かりやすく落ち込んだ顔をする彼女は、両手の人差し指をクルクルと回し、子猫のような愛くるしい眼差しで僕を見つめてきた。が、可愛くない。


その手には乗らない。


「コンくん...」


「何ですか?」


「もう帰っちゃうの?」


「帰ります」


「もう会えないの?」


「はい」


「家まで着いて行っていい?」


「ダメです」


「ご両親に挨拶...」


「ダメです」


「なら逆にうち来る?」


「さようなら」


「ベッドは2つあるから」


「さようなら」


「なんだよ、もぉ。少しはノッてきてよ」


「怒った顔、素敵ですよ。イジメがいがあります」


してやったり顔で彼女を見ると、彼女はまだ怒っていて、僕に向けられた眼差しは、小さな子猫からサバンナの猛獣に進化していた。


「コンくんなんて、ブルーフォレストにでもどこでも行けばいいんだ」


「青森でしょ。ブレませんね」


「いいのかな? 私にそんな態度を取っても」


「分かりませんが、多分大丈夫だと思います」


「あっそ、いいよ別に。せっかく小鳥の脱ぎたての靴下をコンくんにプレゼントしようと思ってたのに。ざんねーん」


「もはや犯罪です。それに僕は『靴下フェチ』なんて特殊なフェチズムを持ってませんから」


「じゃあブラジャーは?」


「いや、そういうことじゃなくて...」


「顔赤くなってるよ?」


「いやだから、そういう...」


「あっはは。あー、おもしろっ」


苦しいくらいに抱腹絶倒する彼女を見て、僕のイライラが激しく膨れ上がった。


「帰ります」


「怒ってやんの。あっはは」


「……」


「ごめん。ちょっと待って」


「……」

「ちょっと、待ってよ、コンくーん」


僕は黙って歩き続けた。


最期の別れ方としては最悪かもしれない。


彼女の声がだんだん小さくなっていく。


「待ってよ、おーい」


「……」


「コンくーん。あ、違った。おーい。人妻大好き大学生ー」


「!!!」


「ファスナー全開変態マンー」


僕は恐る恐る後ろを振り返った。


喫茶店の前にいた通行人達が、路上で大声を張り上げる彼女を不気味そうにジロジロと見ている。


「君だよー。そこの黒いTシャツの」


嘘だろっ、ったく。お呼びがかかった変態マンは、今歩いて来た道をせかせかと引き返した。


徐々に歩幅は大きくなっていき、それに伴って彼女の声も次第に大きくなっていく。僕の怒りはすでにピークに達していた。


「人妻…」


「やめてください!!」


口の横でメガホン代わりにしていた彼女の手を思いっきり振りほどき、彼女の腕をガシッと掴んだ。


「いやん…コンくん。もう一回言って…」


「!!」


落ち着け。この人は、病気なんだ。


今ここでまた罵声を浴びせれば、彼女の思う壺だ。


怒りをあらわにしてはいけない、ギャラリー達も見てる。


僕は深く深呼吸をして、冷静さを取り戻そうとする。


「ねぇ…もう一回言って…未来の旦那さん」


イジメられているのは、完全に僕の方だった。


「ほんと、バカなんですか」


観客達が完全に解散するのを待って、彼女を叱った。


「でもちゃんと戻ってきてくれたでしょ?」


「帰ってくるつもりはありませんでしたよ」


「とか言っちゃって、最後には私の元に帰って来た癖に。ほんっとに可愛いんだからぁ、もぅ」


「呼び戻した理由は何ですか、手短に」


「まぁまぁそう慌てないでよ、ほい、これ」


彼女が僕に手渡したのは、赤と白と水色の糸で編まれたミサンガだった。


「小鳥が作ったの」


「え?」


「何? 嬉しくないの?」


「いや、そうじゃなくて。どうしてこれを、僕に?」


「今朝、小鳥に頼まれたの。『作者さんに渡して』って」


すると再び彼女の卑猥な携帯が鳴った。


「げ、浜ちゃんだ。もっしもし。分かってる。すぐ戻るから。え? 違う違う。いや、彼氏がね『どうしても一緒にいてくれ』ってうるさくて」


彼女がまたニヤニヤしながらウインクを飛ばしてきたのだが、今の僕には、それを掴むことさえできなかった。


完全にミサンガに心を奪われていた。


「今すぐ戻るから。うん。じゃね」


電話を切り終えた彼女は、ミサンガを見つめたままの僕を見つけると、ニヤリと笑い、僕を揶揄からかった。


「どうですか?」


「え? あ…」


「なにぼーっとしてんの。私、先に帰るよ」


「あ、待って下さい。あの、小鳥は僕が旅に出ること、知らないんですよね?」


「もちろん知らないよ。言った方がいい?」


「いえ、そうじゃなくて。なぜ、このタイミングなのかなって。まるで、明日僕が旅することを分かってたみたいに」


「それは本当に偶然だよ。だってそれ、昨日の夜に完成したんだから。それにもし完成が間に合わなかったら、後から郵送で送るつもりだったし」


「そうなんですか…」


「もういい? 私も病院に呼び戻されちゃったから、急がないと」


「なら最後に、小鳥に伝えて貰ってもいいですか?『ありがとう』って」


「ありがとうだけの男って、私、好きじゃない」


「あなたに嫌われるなら本望です」


「あとファスナー全開の大学生もね」


「はやく行ってください」


「あっはは。りょーかぃっ。じゃぁ、コンくん、本当に気をつけて行くんだよ。何かあったら、いつでも電話しておいで」


「はい、ありがとうございます」

「うん。じゃあね」


彼女が病院前の信号を渡り終えるまで、僕はずっと手を振り続けた。


そして、病院へ急ぐ人混みの中に、彼女は消えて行った。


「まだいたの?」


箒とチリトリを手にしたマスターが、喫茶店から出てきてた。


「彼女に捕まってしまって…」


「お熱いのもいいけど、明日早いんだろ? 今日は早く帰って寝なさい。未来の旦那さん」


「ほんと、タチが悪いですね」


「そうでもないさ」


僕はようやく家に向かって歩き出した。

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