27.番号と誕生日
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集合場所は前回と同じではなく.トールだのグランデだの注文がややこしい都会風の喫茶店だった。
田舎人の僕からすると、その聞きなれない英単語を発音してしまうことは、顔から火が出るほどに恥ずかしくて、首筋に言われようのないむず痒さを感じてしまうのだけど、そんな僕の心の中の葛藤を知ったこっちゃないという感じの翔は、その死の呪文のようなフレーズをごく当たり前のように発音し、いとも簡単に商品を受け取っていた。
ショーケースに並んだ色鮮やかなデザートを眺めていると、すぐ後ろに小さな女の子を抱いた若い女性が並んで来たので、急かされるように死の呪文を唱え、商品を受け取る。本当に顔から火が出た。
夜7時を回った店内には、逃げ場を失った午前中の暑さが取り残されていて、それでも体感的に不快な思いをしなくてすんだのは、冷房の吹き出し口から直接風が当たる席を翔が陣取ってくれていたからだ。
隣の席のおばさん2人が「ほんとよね」なんて言いながら、世間話に花を咲かせる。
「青森か。いいじゃん」
「翔はそれをどのテンションで言ってるの?」
「え? いいと思うよ」
「説明が足りなかったみたいだから言うけどさ、14時間。これが何を意味するか分かる?」
「まさか青森まで車で行くつもりじゃないよな?」
「行かないよ。調べたら最初に引っかかったのが車での所要時間ってだけさ」
ネットで「徳島から青森」と検索したのは、人生初めてのことで、これから先もう調べることもないかもしれない。
「まさか、東北地方とは思わなかったよ」
「まぁ、予想外ではあったな。だが一つだけ分かったことはある」
「なに?」
「昨日俺が寝ずに集めた資料は、何一つ役に立たなかったってこと」
「だよな。ごめん」
「謝ることじゃない。それに、小鳥のお願いでもあるんだろ?」
チラ見をしてくる隣のおばさん達は、恋バナを期待していたのか、面白味のない話しだと分かると、僕達の方を見ることはなかった。
僕は翔にずっと聞けなかったことを聞いてみた。
「翔も一緒に行かない?」
「え?」
コーヒーを飲む翔の手が止まった。
「旅、一緒にいこうよ」
「いやいや、行きたいけど、それは無理かな。俺も一応、社会人だからさ。仕事もあるし」
「そりゃそうだよな」
「でもコンと2人で旅をするなんて、面白そうだな」
「な! 一緒に行こうよ。2人なら、何が起きても大丈夫だよ」
「そのセリフ、できれば女の子から聞きたかったな」
翔はニヤリと笑うと、持ってきた黒いショルダーバックを漁り出した。
「俺は一緒に行けないけど、その代わりに一緒に連れて行って欲しいヤツがいるんだ」
「誰?」
「聞かない方がいい。番号で呼ばれるのは好きじゃないはずだから」
「囚人でも連れ出す気?」
「罪を犯したのは昔のことだから、安心して。仮出所中でさ、外の空気を吸わせてあげたくて」
翔が取り出したのは、一眼レフカメラだった。
そのカメラに見覚えがある。
「これって」
「NIKON D3400。それがこいつの名前だよ」
「これ、無くなったはずだよね?」
「そう、だから新しく買い直したんだ。あんなことがあったからさ、正直、買い直す気にはならなかった。でも、こいつで初めて写真を初めて撮った時の、ゴーストとフレアが綺麗でさ。どうしても欲しくなった」
カメラの頭を翔がゆっくりと撫でる。
カメラの丸いレンズに僕の顔が映っていて、思わず吸い込まれそうになる。
「絵を描くのは大変だと思うから、何枚かだけで構わない。写真、撮ってきてくれないか?」
「わかった」
僕はカメラを受け取った。
その後、翔に小鳥が書いた文章を見せた。
本当ならそれを参考にして目的地を決めるつもりだったが、柊翼の独断と偏見のおかげで探す手間が省けた。翔はそれを何度も読み返し、特に『さる』が書かれているページは特に入念に読み返していた。
翔の読む作業がひと段落して、僕はもうすぐ飲み終わるココアを流し込み、愛用の腕時計をみた。
20時20分。
すでに一時間以上が経過していた。
翔が「今日はもう解散しよう」と言うので、そそくさと店を出て、文字通り解散した。
等間隔に並んだ街灯の下、家路に向けて自転車を漕いだ。夏の夜風が頬を撫でる。
手渡されたカメラが、僕のカバン中で揺れていた。




