25.どこに行く?
25
「青森県です」
翔と会った次の日、大事な話だから場所を変えたいという柊翼の要望を聞き入れ、病院前の喫茶店に場所を移し、通された席にふわりと腰を据え、薄っぺらい、数字にして10ページほどのメニュー表から、彼女の顔を見た。
なんの前触れもなく、さも誰も答えられない難問の正解を言い当てたかのように、本州最北端の県を発した彼女が、目の前にいた。
「メニューを全て読破したわけではありませんが、そんなメニューは載ってないと思いますよ」
「そりゃ載ってないさ。裏メニューを表メニューに載せてたら、裏も表も関係なくなってしまうでしょ?」
後半は何言ってるか分からないので、昨日みたサッカー日本代表の華麗なスルーパスのように、会話に触れずに流した。
「その都道府県が、今回の旅とは別の話しであってくれたら幸いです」
「じゃあさ、ブルーフォレストってのはどう? 直訳すると…」
「青森。一応英語はできるんですね」
「カクテルとかでありそうじゃない? 作っちゃえばいいのにね」
「好きにしてください」
ポニーテールの女性店員に、2人ともいちごパフェを注文し、コップに浮かんだ氷を少し、水と一緒に流し込む。
窓際の席に座ったおかげで、11時の日差しが、窓を通して木製テーブルの上に薄く線を引いている。
自分の方が彼女よりも紫外線をより多く浴びる席に座ったことを後悔しながら、確信に迫る。
「単刀直入に聞きますけど、旅のスタート地点は、青森ですか?」
「そうだよ」
「小鳥がそう言ったんですか? 青森って」
「ブルーフォレストね」
「最初から全然、面白くないですよ」
「なんどとお!」
彼女が頬を風船のように膨らませる。
すると破裂するのに待ったをかけるような慌て方で僕たちの会話に入り込んできたのは、机に置いた彼女の携帯が振動機能だった。
「おっと失礼」
外に出る素ぶりを見せないので、視線をコップの水滴に移し、さも聞いてませんよ、というフリをしながら聞き耳をたてた。
相手の声は聞こえない。
「はい。分かってます。はい、はい。えぇ。はい。分かりました。大丈夫です。あー、そうですね。はい。すいません。はい。では」
「一応、敬語もできるんですね」
「聞いてたの? 最っ低。女の子の会話を盗み聞きするなんて、信じらんない」
タイミングよくいちごパフェが運ばれてきたので、会話が途切れた。
彼女はまだ腑に落ちないご様子で、高速に手を動かしながら、スプーンでパフェを乱暴に破壊していた。
「小鳥は何も言ってないよ」
「え? じゃぁ、誰が決めたんですか?」
「私!」
「は?」
「小鳥に、どこか行きたいところがあるかって聞いたら、『お母さんが行きたいところ』って言ったの」
「は?」
「ね、可愛いでしょ。『お母さんが行きたいところに小鳥も行きたい』って言うんだよ」
可愛いかどうかは今は重要ではなくて、大事なのは、どうして青森なのか、ということだ。
「どうして青森なんですか? まさか、リンゴが食べたいとか、そんな稚拙な理由じゃありませんよね?」
「まさかー! 子どもじゃないんだからさ」
「ですよね」
「あいうえお順だよ」
「は?」
虚をつかれた。
僕の予想の遥か上空の答えに、素直に負けを認めた、恐れ入った。
青森県がトップに来る事実に、悔しくも納得してしまった。ちょっと待て!
「愛知が先じゃなですか」
危ないところだ。
「あっほんとだ。なら、愛知。いやでも、青森」
「どっちですか」
「青森」
「今いる場所が四国の一部ではなく、東北地方の一部の県であれば、分かりましたと言いたいところですが、青森にたどり着けるほどの金銭的余裕は、ありません」
「それなら大丈夫!私たちもフォローするにゃ!」
「いや、そういうわけには。それに、香川とか愛媛とか、それかせめて近畿地方ぐらいにしませんか?」
「ダメ。それだとつまんないでしょ。最初は、北海道とも考えたけど、旅行とかで行ってたら面白くないなと思って」
「悔しいけど、当たりです」
「でしょ。だからブルーフォレストにしたの。とは言っても、決めるのはコンくんだからね。強制はしないよ」
「ここまで言われて、いまさら変更できないでしょ」
「いやできるよ。全然できる。結局、最後に決めるのは、コンくんだよ。自分の選択で決めないきゃ。でもさ、せっかくなら、今まで行ったことのない遠い場所で、今まで聞いたことのない方言を聞いて、見たことや感じたことのない自然の中で絵を描いてみるのはどう? いいと思わない? なんてね、ほんと、強制はしないから。コンくんが決めて」
柔らかな目で僕を見つめる彼女が、何やら嬉しそうに僕の顔を覗きこんだ。
僕は軽く深呼吸をして、イチゴパフェを一口放り込み、まだ冷たさが残る口内から自分の答えを外に出すことにした。




