24.方向性
24
混み合ったドリンクコーナーを抜け、席に着く。
山盛りポテトを残して他の食材を全て食べ終えた翔は今、僕が座るのをじっと目で追っている。
「わり。待たせた」
「いや全然。それより、カルボナーラを気にしてやれよ。一口も食べてもらえずに冷めきってるからさ」
「そうだな。よし、食べよう」
「ちなみに聞いてみていい? 長い電話だったけど、電話の相手はやはり、意中の彼女で間違いない?」
「だから違うって」
「そのトーンで頼むよ」
「うるさいなぁ。翔、これ食い終わまで待って。その後ゆっくり話すよ」
「気にするな。味わって食べろよ。カルボナーラには1番の供養だ」
ソースの一滴まで食べ終えた僕は、リンゴジュースで口の中を一掃させてから、全てを話した。
翔は僕の目をじっと見つめたまま、適度に頷いて話しを理解しようとしていた。
「それじゃあコンはまだ、小鳥に一度も会ってないってこと?」
「うん。会ってみたいけどね。でも仕方ないよ。小鳥の病気がひどくなったりしたら、それこそ取り返しがつかない」
「そうだな。っで、さっきの電話の相手が」
「小鳥のお母さん。柊翼。翔も覚えてるだろ?」
「もちろん。あの人には昔のままでいて欲しいな」
「良くも悪くもあの人は昔から何一つ変わっていないよ。天真爛漫というか」
「最高じゃん。俺もあんな風になりたいよ」
「やめた方がいい」
「何でだよ?」
「アメリカザリガニに鯖を食べさせたら、体が青くなるって知ってた?」
「は?」
「だろ? 結局、翔も僕と同じさ。電話の一発目にこんなこと言われたら、そうなるだろ? それでも翔は、彼女みたいになりたいって思うの?」
「考える時間と、メロンソーダを一杯頂こうと思うのだけどコンも一緒にどう?」
翔はニヤッと笑いながらグラスを持ち上げると、湿気たポテトを2個掴んで口に入れた。
それをマネて、僕もポテトを2個口に忍ばせ、グラスを手にドリンクコーナーに向かって歩いた。
店内に流れるBGMは、最近CMでよく耳にするビジュアル系アーティストのものだった。
丸いボタンの並んだ機械の前で、翔が口を開いた。
「なぁ、コン。覚えてるか? 小鳥って、いつもカフェオレばっか飲んでただろ?」
「紙パックのやつな。ストローが無いとか言って、パック開いて飲もうとして、全部服にかかって、泣きまくって、帰るってキレだして」
「そうそう。そしたら、チャリカゴの中にストローが入ってたんだよな。あれ、ほんと笑えたわ」
やる気なく流れ落ちるメロンソーダを嬉しそうに見ながら翔が続けた。
「こういう話しってさ、自分はすごく印象的に残ってる話でも、聞く方は何の事か分からなくて、話しが盛り上がらないことあるじゃん?」
「よく分からないな。そもそも、そんな昔話をする相手がいないから」
「そうだな」
「おい!」
「ははっ。わりぃ。いやそうじゃなくってさ。俺が言いたいのは、コンと小鳥と遊んだ記憶が1番印象深いってこと。10年経っても覚えてるんだぞ。中学の修学旅行なんて、ディズニーランドに行ったことしか覚えてないのに」
「USJだよ」
「大して変わらないだろ」
「一文字も合ってないことを除けばね」
「ははっ。やっぱりコンと話してる時が1番楽しいよ。同じ思い出を共有できるのって、すごく大切なことだからさ。そう考えると、あの頃が1番充実してた気がするな」
お目当てのオレンジジュースを手に入れた僕は、お会計に向かう4人組の家族の間をすり抜け、席に着く。
翔はドサッと席に腰をすえると、僕の目の奥を覗き見た。
「それで? まだ何かあるんだろ?」
「よく分かったな。そう、ここからが本題。小鳥の絵を手伝ってるんだけどさ、その物語の登場人物に『きつね』がいるんだよ」
「きつね?」
「そう。っでさ、そのきつねが、どうやら『旅』をするみたいなんだ」
「旅?」
「そう。だから僕も、旅に出ようと思ってる」
「え? 絵本通りに行動しなければいけないの?」
「いや、そうじゃなくて、小鳥頼まれた? というか、何というか…」
「へぇ…。スケールの大きい話しだな。まぁ、旅のことなら任せとけ。北は北海道から南は沖縄まで。どんとこいっ」
「頼もしいよ」
「どこに行きたいとか決まってるの?」
自分の得意科目のテストを目の前にして得意気な翔は、おちょぼ口で甘ったるいメロンソーダをチューとすすっていた。
「いや、全然。それも含めて翔に相談しようと思ってたから」
「そっか。具体的に◯◯県。とか決まってれば、対応しやすいんだけどな」
「同じこと思ったよ。おすすめの場所とかない?」
「そう言われてもなぁ。コンは、その絵に合う風景の場所を探すんだろ? 絵本、見せてもらえない?」
「悪いけど、僕は持ってないんだ。明日、小鳥のお母さんと病院で会う約束してるから、貸してもらえるか確認しとくよ。ちなみに、翔は明日予定ある?」
「夕方以降なら大丈夫かな。俺も一応、社会人なんで。あーあ、俺も夏休み欲しいってマジ」
「ははっ、おつかれ」
「んだよ、全く。それじゃ、明日また会おうぜ。その時に文章とか見せてくれたら嬉しいかな。行き先は、その時決めよう」
「わかった。今日はこれで解散しようか?」
「だな。店員がずっとこっち見てるし」
2時間近く入り浸る僕達を細長い目で警告していた遠藤さんがレジに入り、お会計を済ませる。
ここで翔は、僕には絶対に真似できない「一緒で」という大人な対応で、僕の分の代金まで支払った。
僕は財布を開けて出そうとしたが、遠藤さんが翔の言葉を合図にすぐにレジを打ち始め、翔の野口英世2枚をさらっと回収したので、出すタイミングを失ってしまった。
僕の飲食店のバイト先のレジでも、「いや、今日は私が」ともたつく主婦たちを何回も目にしていたので、今回の翔の対応は、スムーズで完ぺきで非の打ち所がないよ、と絶賛したくなるほどだった。
「翔、ありがとう」
ファミレスの扉を出てすぐに、前を向いて歩く翔に投げかけた。
「いいよ。コンが出世したら返してくれたらいいからさ」
「それはいつになるか分からないな」
「期待せずに待っとくよ。旅に参考になりそうな資料集めとくから」
「すげー助かる」
「じゃあ。またな」
そう言って、僕達は別れた。




