23.言っていいのか?
23
「コン、さっきからずっと気になってたんだけど、俺の腹の虫が泣き止まないのは、なぜだろう?」
「きっと、虫達のお口にメロンソーダが合わなかったんじゃないかな?」
「ははっ、うっせぇ。はぁ、やっと昔らしくなってきたな。コン、何か注文しようぜ」
翔は白い歯を見せながら、窓枠に置いてあったメニュー表を取り上げると、適当にパラパラとページをめくり、「俺、これ」と言って、ハンバーグセットを指差した。
僕はメニュー表など見づとも食べるものが決まっていたので、すかさず呼び出しボタンを押した。
たちまちドリンクコーナー上にある23番の表示ランプが点灯し、現場に駆け足で滑り込んできたのは、例によって、あの彼女だった。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「チーズインハンバーグセットのライス。あと、山盛りポテト、はいコンの番」
「僕は、カルボナーラで。以上です」
「かしこまりました。以上でよろしいでしょうか?」
注文を復唱し終えた彼女は、会計に並ぶレジへと走り去っていった。
「学生さん、もしかして晩御飯食べて来たとかじゃないよな? それとも、減量中?」
「いや、さっき財布に相談したら『そんな余裕はどこにもない』って跳ね返されて。1人暮らしの大学生なんて、所詮こんなもんさ。まあ、向かいの社会人さんが、大学生にポテトを恵んでくれるのを期待するよ」
「大学生のお口には、合わないと思うな」
「ははっ。うるせぇよ」
まるで凍った氷が溶けてくようだった。
長年ずっと止まっていた時間が、ゆっくりと進み始め、ファミレスの窓に、僕達の笑った顔だけが映っていた。
それから僕は、翔とたくさんの話しをした。
僕がバイクで事故った話、智也がお笑いの学校に入った話、光輝が逆バレンタインで渚に告って振られた話。
人の不幸話は大いに盛り上がった。
とっくに翔との距離はなくなっていた。
もっと早くに行動すればよかった。
ほんと、今更だが。
「山盛りポテトはシェアするとして、光輝も徳島に帰ってきてるみたいだから、今から呼ぶか?」
翔はニコニコと笑いながら、携帯をつ突き出した。
「翔、今日翔を呼んだのは、謝っておきたかったのと、それとは別に、ある相談があってのことなんだ。悪いけど、光輝はまた次の機会に」
「そう言えば本題がまだだったな。よし」
「お待たせ致しました。チーズインハンバーグのセットと山盛りポテトフライでお待ちの方」
会話を遮ったのは、例の彼女ではない、40代後半ぐらいの女性店員だった。
「あ、はい。コン、とりあえず、食べながら話すか」
「だな」
翔の提案に乗ることにした。
「それでは、ごゆっくり」
丸まった伝票を透明なカップに差し込むと、彼女はノソノソと配膳口に消えて行った。
「よし、コン。話、聞かせて」
「うん…。まず、」
「やっぱ、ちょっと待って。その話、長くなる? だったら俺の質問を先にしてもいいかな?」
「長いか短いかの基準がよく分からないから、とりあえず譲ることにするよ」
「オッケ。コンはさ、小鳥のこと、覚えてる?」
翔の発音を正確に聞き取れたのは、僕の両耳が正常に発達したおかげかもしれない。
まだ空腹のまま捨て置かれた僕の体内に何か冷たいものが逆流し、走り抜けた。
「えっと…」
言葉が見つからない。
いきなり確信を突いてくるところは、翔がメンタリストとしての才能を感じるほどだった。
「勝手な推測だけど、その顔は、覚えてるってことでいいんだよな? コン」
僕がジョーカーを持っているのが分かっているかのように、翔は僕の心臓の手札を覗き見た。
動揺を気取られないため、ストローを抜き差しして小さな氷をいじめていたが、それは返って逆効果だったようだ。
翔はフッと笑い、ゆっくりジュースを飲み始めた。
「この黙りの状況は、ファミレスの雰囲気に似つかわしくないぞ、コン」
「わかったよ。覚えてる…」
「その割には、今の間が、何か意味ありげな気がするのは、気のせいだろうか?」
「さあ、どうだろう。ってか、その質問口調、誰に教わったんだよ。僕の知ってるかぎりの翔は、少なからずそんな嫌味ったらしい喋り方ではなかったと思うんだけど」
「最近、人間観察にハマってね。その一環さ、悪気はないよ」
「悪気しか感じられないよ」
「とにかく、小鳥の話に戻そう。覚えてるよな」
「当然だろ。よく、かくれんぼで遊んでた」
「ああ、そうだな。でも途中で転校した。それから連絡もなくって。今はどこで何してるかも分からない。コンが一番仲良かっただろ? その後どうなったか知らないかなと思ってさ」
「悪いけど、何も知らない」
「そうか。まあそうだよな。わりぃ。質問は以上」
嘘に感づく様子はなく、翔はハンバーグを切り分け始めた。
ただ誤解しないで欲しい。
最初から嘘をつくつもりはなかった。
小鳥のことを僕が話してしまうのは、完全に筋違いだと思った。
人のことをペラペラ話すのは趣味じゃない。
「して、大学生。さっきからずっと君の携帯が鳴っているのは、僕の勘違いかな?」
「え?」
翔の視線が下に落ちた。
テーブルの上で振動しながら微妙にズレていく携帯は、紛れもなく僕のもので、表示画面には、『柊翼』と書かれていた。
ここで動揺してはいけない。
さりげなく、さりげなく。
「あ、ほんとだ」
「気にしなくていいから、出たら?」
僕が気にするんだよ、と言いたかったが、外には出さず飲み込んだ。
このまま電話に出ないのは返って怪しいし、外で電話してくるか?
それも変だし、戻ってきた時に質問攻めにあうに決まってる。
ここは適当に「はい」で押し切って、早く電話をすませよう。
柊翼の声が、携帯から漏れないことを願いながら、通話ボタンをスライドする。
「もしもし」
「アメリカザリガニに鯖を食べさせたら、体が青色になるって知ってた?」
「は?」
思わず声がうわずる。
「あとねー、フラミンゴも赤い食べ物を与えてるから羽がピンクなんだってー」
「何を言ってるんですか?」
最悪だ。
ほら見ろ。
翔が完全に怪しんでる目でずっと見てるじゃないか。
「明日使える豆知識、トーリービーアー」
「はい」
「なんだよコンくん。えらく冷たいじゃないか。もう、翼ちゃん、スネちゃうんだから」
ストローを抜き差しする翔が、ニヤニヤと口パクで「彼女?」と聞いてくる。鬱陶しい。
「何の用ですか?」
「あっそ。まあ、いいよ。明日なんだけど、また病院の待合室に来てくれるかな。時間は11時で」
「分かりました。では」
「ちょっと! 話しはまだ終わってないよ」
「ちょっと待ってて下さい」
携帯の通話口を手で押さえて、翔を見た。
「ちょっと外で話してくるよ」
「彼女だろ?」
「だから違うって!」
ここ3年ぐらいで1番大きな声だったと思う。
後ろのテーブルに座るカップルはともかく、3つ分離れた席でラジオを聴いていたおじいちゃんでさえ、興奮した僕の声に驚いて、こっちを見ている。
「わかったから、いいから行ってこいよ」
「わるい。すぐ戻るから」
女性店員をかわし、レジに並ぶ女性3人組の間をすり抜けて外に出た。
「もしもし」
「さっきからなに? 隣に誰かいるの? あ! もしかして、彼女? いやー、コンくんもなかなかやり手ですなぁ、あっはははは」
発狂を押し殺し、鼻から息を吸い、深呼吸した。
「それで?」
「え? 何? スルーなの? もしかしてほんとに、彼女だった?」
「切りますよ」
「うそうそ。ごめん、待って。旅のことでね。翔君には電話した?」
「どこかで見てるんですか? 翔とご飯を食べに来てるところですよ」
「そうなの? なんだよ、コンくん。それを早く言ってくれよ。それにしても、私の言ったことにすぐ答えてくれるなんて。コンくん、やっぱり私のことが好き? きゃー!! でもダメよ、コンくん。私、人妻なの。ごめんね」
「翔を待たせてるので、では」
「ごめん、待って。翔君には小鳥のこと、話した?」
その言葉で、翔についた嘘のことを思い出した僕は、彼女に質問してみることにした。
「そのことなんですが、まだ話してないんです。僕の口から話すのはお門違いな気がして」
「なるほどね」
「ただ今は、翔にも知ってて欲しいと思ってます。小鳥のことを隠したまま旅をするのは、翔を騙してるような気がして。後ろめたくないというか、正直でいたいというか。だから、小鳥のこと、翔に話していいですか?」
「私がいつ話しちゃダメなんて言った? 私は翔君に伝えないつもりなんて、これっぽちもないよ。それに、 翔くんだけ知らないなんて可哀想じゃん。翔君にも話してあげて」
「ありがとうございます」
「コン君、君はいつも小鳥のこと心配してくれるね。でも、もう少し肩の力を抜いてもいいんだからね。考えすぎると、いつかパンクしちゃうよ」
「はい、気をつけます」
「うん。じゃあ、戻ってあげて」
「はい。ではまた」
通話時間は5′23″。
長く声帯を使いすぎた。




