22.ファミレスと大学生
22
高校時代から利になる用していたファミレスは、外観も内観も、窓の貼り紙のバイトの時給の値段もそのままだった。
入ってすぐにある傘立てや、レジカウンターに置いてある犬の置物、さらには店内に流れるBGMの一世代前の洋楽チョイスも。
何もかもが当時のままで、僕を席まで案内しようとこっちに向かってくる女性は、昔から見覚えがある女性だった。どうやらバイトを続けているらしい。
「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」
「いえ、2人です。後から1人来ます」
「かしこまりました。おタバコはお吸いになられますか?」
「え? あ、じゃあ、禁煙で」
「かしこまりました。それでは、お席までご案内します」
禁煙席を陣取ることにしたのは、翔がタバコを吸うのかまでは分からなかったので、僕は生涯、まだ一本もタバコを吸ったことがない。
「ご注文お決まりになりましたら、テーブルの横にあるボタンの方でお知らせ下さい」
案内された窓際の席からは、自転車置き場で談笑する大学生4人組の姿が丸見えだった。
ソファーに深く座り直してメニュー表を持ち上げた僕を見届けると、時期850円のポニーテールは、そそくさと会計レジに走っていった。
当初予定されていた時間よりも20分も早く着いた僕は、ひとまず翔にメールを送るとことにした。
実際には、早く着きすぎることは分かっていた。
翔に会う準備をする時間として、先に着いて、気を落ち着かせようとしていたからだ。
充電の残りが少ないという表示画面を流れ作業でスルーしてメール画面を開いた時だった。
「コン? やっぱりそうだ」
僕を覗き込むのは、2年前と同じ顔だった。
「翔?」
「何だよ、俺が1番だと思ってたのに。ってか、ここ座っていい?」
翔が指差したのは、向かい側の席置いてあった僕の手提げカバンだった。
ぼっちでいるのを誰かに見られるのが恥ずかしいので、その偽装工作として、カバンを家から持ち出していた。
「悪い。待って」
急いでカバンを引っ張り上げると、テーブルの上に置いたメニュー表が肘に当たり、床に散らばった。
「何? 動揺してる?」
「いや、そうじゃない。急に来たからびっくりして」
「驚いたらメニュー表落とす癖なんてあった? それとも今開眼した?」
ジョークを言うところも、昔と変わってない。
懐かしくて、少し気が緩んだ。
「その質問に答えるのは、この状況を片付けてからにするよ」
あからさまな動揺を悟られないように、床にへばりついているツヤっぽいメニュー表を剥ぎ取り、手提げカバンを手繰り寄せた。
「どうぞ」
「それじゃあ、遠慮なく」
向かい側のもたれ掛けソファーの座席は、手提げカバンの重みで、小さな窪みが出来ていた。
招かれた翔はその上にお尻をチョコンと乗せて、僕の目を覗き込んだ。
「それで? 話って?」
「うん。実は」
「あ、もしかして何か頼んだ?」
「いや、まだだけど」
「喉乾いたからさ、一緒にドリンクバー頼まない?俺、クーポン券持ってんだ」
「うん。そうしよう」
翔のペースで会話が進む。
テーブルの左脇に置かれたボタンを押すと、例によってポニーテールの女の子が注文を取りに来た。
「あちらにグラスがございますので、そちらをご利用ください」
この手の入り浸り野郎はさんざん見てきたかと言わんばかりに、彼女は適当な会釈をして、またレジに向かった。
「あの子、昔からいる気がするけど」
ドリンクコーナーに向かう途中で翔が呟いた。
「僕も、来た時思った」
「だよな、俺らと同い年か少し上ぐらいじゃね?」
「聞いてみたら?」
「いやいや、それは無理。コンなら聞けるだろ? 大学生なんだから、合コンとかコンパとか。そういうのに慣れてんだろ? あ! もしかして、すでに彼女がいるから無理とか? 今日はもしかしてそういう系の相談?」
ドリンクバー専用の透明なグラスに、ガボガボと氷を入れながら、翔は僕の腹を探ろうした。
「違うよ。って、何で俺が大学に通ってるって知ってんの?」
「おっ、今度は動揺しなかったな」
翔はニヤリと笑って、サーバーのたくさんあるボタンの中から、メロンソーダを押した。
「コンはアップルジュースだろ?」
「残念、違うよ」
実は正解。あと少し遅ければ、僕はリンゴ果汁をコップに注ぎ入れていた。
「いや。それは冷たい飲み物専用のグラスだから、コーヒーは飲めない。コーヒーと言ったのが、仇になったな」
僕の行動の全てを手に取るようにわかっている翔に、純粋に恐怖を覚えた。
論破された僕は、アップルジュースではなく、オレンジジュースのボタンを押すという小さな抵抗をとることにした。
「おっ、オレンジジュースか。そこまでは分からなかったな。俺の負けだ」
「十分翔の勝ちだよ」
ドリンクバーに向かってくる奥様方を交わしながら席に戻ると、窓の外にいたはずの大学生4人組はすでに解散していた。
「よし。じゃあ、乾杯といきますか」
「その前に、まず謝らせて欲しい…。ずっと後悔してたことがある…」
「何、急に?」
「高3の時の、文化祭のこと」
「ああー…」
翔は、少し声のトーンを下げた。
思い当たる節があるということは、翔も今、僕と同じ記憶を読み返しているのだろう。
翔は、フッと笑い、また僕の顔を見た。
「コン、もういいって。ほんと気にしてないから。それに、あの時辛い思いをしたのは、コンの方だろ。俺の方こそ、守ってやれなくてすまなかった」
「いや、僕が悪かったんだ。ほんとにごめん」
そして、僕は全てを謝罪した。
高3の文化祭前日に翔のカメラが盗難にあってしまったこと。
その原因は、僕が準備室の鍵を掛け忘れていたこと。
そのカメラには、展示する用の写真データが記録されていて、文化祭で、翔は何も発表できなかったこと。
僕は頭を下げ、もう一度、謝罪した。
「あのカメラ、翔が大事にしてたやつだったろ、それなのに」
「コンは気にしすぎなんだよ。学校に来なくなったのも、それが原因だろ?」
「何で知ってんの?」
「さすがに気づくよ。文化祭の次の日から学校来なくなったら」
「そっか…」
「そう落ち込むなよ。それに、クラスのみんなだって心配してたんだぞ」
「ほんとごめん」
僕はただ謝るしかできなかった。
「コンが大阪の美大に行くって話を、梅原先生から聞いた時は、スゲー嬉しかった。またコンが絵を描く日が来るなんて」
「大袈裟だな」
僕はリンゴジュースを飲み直した。
「今思えば、卒業式ぐらい行けば良かったと思ってるよ」
「ま、終わったことを後悔しても仕方ないさ」
「そうだな」
「今日からまた仲良くしような」
「ああ」
僕をずっと締め上げていた鎖が、ズシリと床に落ちた気がした。
翔には、感謝しきれない。
僕はいつも、誰かに甘えてしまう。
「よし。謝るのはもう終わり」
「そうだな」
「さっきから『そうだな』しか言ってないぞ」
翔は随所で僕を笑わせようとする。
その気遣いが、素直に嬉しい。
「悪い。俺も昔に戻った気分で話そう。翔はカメラマンやってんだろ?」
「何で知ってんの?」
「動揺したら、ストローで泡を吹く癖でもあるの?」
ドヤ顔を見せつける僕に、翔は少し不機嫌な顔をしてから、すぐにケラケラと笑った。
「ははっ。うるせぇ。いいから答えろよ」
「新聞の記事で読んだんだよ」
その時、ふと柊翼の顔を思い出した。
彼女の思惑どおりだと思うと気は進まないが、今はとりあえず、良しとしよう。




