「え、俺何かやっちゃいました?」が多分本当に何かやっちゃってるやつ
王宮内に威厳のある低い声が響いた。さっきまでも当然ながら重い空気が張り詰めていたが、今は段違いと言っていい。そして国王の視線は俺一点に注がれる。
「名を名乗れ」
「……天飛遊果……です。えっと、俺、何が何だか……」
俺はそう答えたが、国王は俺の返答には対して関心を示してない様子で、俺の周りを見渡してから哀れむように俺を見つめた。
「……ふむ、貴様、相当舐められているのだな」
「それは、どういう……」
「手錠もなければ大して警備もついておらん……おるのは《《間抜けなボロ剣》》だけとはな。世界の目に魂を売ってまでして力を得た者の扱いとは到底思えぬ」
世界の目に魂を売った……落ち着いたトーンでそう称するのは、俺のことか?俺は自分の身辺を改めて見渡してみた。確かに、国王がそういうのも納得なほどに、俺の体の自由は効く。どう考えても重罪人のような扱いにも関わらず、中身はただの国王への謁見とは、実に気味が悪い。
「あの、俺って、何かやっちゃいました?」
なんて、チート能力者の特権みたいなセリフを吐いてみると、国王はティルに目配せをして何かを指示した。ティルは小さくお辞儀をすると、水晶玉のようなものを取り出した。そして水晶玉は青白い光を放った後、上空に何かの数値が書かれた画像が映し出した。不思議なことに、この世界に転移した直後に例の少女が落としたプレートの文字は読めなかったのに、ここに映る文字は全て読める。
「ここに映し出されているものは、私のステータスです。一番上にある数値は見えますか?『380,000』、この数値は、私の魔力の総量ですが、あなたと出会う前、この数値は五十万以上でした。これが何を意味するかわかりますか?」
「えっと……俺があんたの魔力を減らしたって言いたいのか?」
「より正確に言えば、あなたが私の魔力を吸収して自分のものにしてしまったということです。これが、あなたがあの一瞬の間に世界の目から授かった力……私の解析スキルによる解析では、『負の感情を媒介とする魔力抽出』だそうです。どうやら奪った魔力を他人に付与することもできるようですが……いずれにせよ、見たことも聞いたこともないスキルですね」
そうしてティルは少し苛立ちの混じったようなため息を吐きながら水晶玉を虚空に消した。ティルの魔力の半分近くが俺にか……その多分莫大と思われる魔力を吸い取るような力の源はどこから来たのか……
「……世界の目ってなんなんだ?」
「それを説明するには時間が足りませんよ。……そうですね、簡単に言えば、我々の世界をどこかから見つめている何者か、です。これまでにも何人かあなたのように特別な力を授かった者がいたと記録に残っていますが、結局人間側にもスキル側にも規則性は見当たりませんでした」
この力には、俺が転生者だからというのも関係があるのだろうか。だとすれば異世界転移とかそれ系じゃ定番のチート能力開花タイムがやってきたということでいいか?やっぱり異世界はそうでなくっちゃなぁ、うん!
「まぁ、あなたの場合、この力はハリボテに過ぎないのですが」
へ?
「……ん?どういうこと?チート無双は?ダンジョン攻略とかは?……俺勇者じゃないの?」
「あははっ、なかなか愉快な妄想をしますね。私の息子もそんな妄想をしてますよ……君には魔力を蓄える力はあっても、それを使う能力がないじゃないですか。あなた、どうも我々と体の作りが根本的に異なるようなんですよね……スキルを使用する能力が根本的に欠如しているので、それを使うことは無理です」
あぁ、そういうこと……どうりで俺に警備がついてないわけだ。本当にチート無双ができるんならこんな野放しにはしてないだろう……くそっ、チート無双の夢が……
「もう茶番は済んだかね、アルガーラ卿」
この辺な空気を掻き分けるようにして、国王の低い声が響いた。裁判開始時と同じく杖を足元に強く突き立てた後、国王はゆっくりとその場で立ち上がった。
「国王陛下、その呼び方はもうよしてくださいと言ったはずですよ。……まぁ構いません。しばらくの茶番、お楽しみいただけたのなら幸いです。では国王陛下、あとは譲りましょう」
ティルはそう言って一歩下がる。それと同時に国王は俺の方へと向き直り、低い声でこう告げる。
「アマトビユウガ……貴様を、ファナス奴隷孤児院・拷問官に任命する。貴様の使命は二つ、奴隷への拷問にて生まれる上質な負の感情から魔力を吸収すること、そしてそれを我に献上することだ。これ以上ここで話す内容も、裁く罪もない。以上、閉廷」
そうして国王裁判は退屈なくらい何事もなく閉廷した。それにしても、裁判とかいうから身構えていたけど結局全て国王の独断だったじゃないか……だからこその国王裁判なのかもしれないが。
そしてそのあと俺は「ファナス奴隷孤児院」、つまりさっきまで俺がいた、ティルが院長を務める孤児院に移動させられ、ティルの監視下で生活を送ることになった。ここでの俺の仕事は、国王の言っていたように、奴隷への拷問。孤児院ということは子供にもしなくてはならないのだろうか。だとしたらかなり心が痛む……
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国王裁判から一日が経過し、俺は孤児院のとある牢屋で目を覚ました。最初にティルに閉じ込められたような場所よりかは快適だったが、まぁ牢屋に違いはないので寒いし閉鎖的で、とてもじゃないが一介の職員への待遇とは思えない。
「ユウガさん、おはようございます。よく眠れましたでしょうか」
コツコツという軽快な足音と共に、爽やかな朝という言葉を体現したような顔でティルが俺の元を訪ねてきた。
「よく……は眠れなかったかな」
「そうですか、では朝のティーを。少しでも眠気を覚ませたら幸いです」
「紅茶か?ありがとう……」
「『ティー』です!」
こうして俺の新しい一日が始まった……冷たい石壁、鉄格子、小さな天窓から差し込んでくる優しい朝日に、紅……ティー。周りのもの全てが新鮮で残酷だが、これこそ俺なりの異世界ライフ……誰にも必要とされずに笑いものにされる人生とはおさらばだ。
「さて、早速業務に取り掛かりたいところですが、あなたには少し特別な仕事を任せます。昨晩上から追加で指令が来ましてね……ついてきてください」
ティルは少し面倒くさそうな顔をしながら俺をどこかへ案内した。冷たい空気が吹き抜けるくらい廊下をしばらく歩いた後、一つのボロボロの牢屋の前で足を止めた。
「……!この子って……」
「ああなるほど、やはり見覚えのある顔でしたか……この獣は妖狐。稀に人の姿に化ける特性を持った個体も生まれるような、高い魔力量を持つ種族です。最近生け捕りにされてここに来たのですが、まぁなんというか無能すぎて拷問をすることすら面倒くさくなってくるやつですよ」
その少女には大きな耳と尻尾が生えていた。黄色くて大きな狐の耳と尻尾が。衣服はボロボロで身体中傷だらけではあるが……間違いない、今度こそ出会えた……俺が転移してきた直後に出会った狐娘だ。
「No.4100、いつまで寝ているのですか?早く起きてください」
そう言いながらティルは狐娘を蹴飛ばす。狐娘は特に反応がないので意識がないのかと思いきや、目をぱっちりと開けて何食わぬ顔で床に寝そべっている。
ティルの呼びかけに狐娘はようやく体を起こし、ティルの顔をチラリと見た後、俺の方に目線を移してじっと見つめた。そして無表情だった彼女の顔は途端に明るくなり、甲高い声ではしゃぎ始めた。
「人間さん!お久しぶりなのです!」
「お、おう。あの時ぶりだな……やっぱりここの奴隷だったのか」
「あははは、人間さんなのですー!地面に埋まってた面白い人!」
狐娘はそんな感じで興奮している。
「……えっと?」
「意思疎通は諦めてください。いつもこんな感じです。見た目は人間でも、知能は狐のそれとほぼ変わりませんから」
確かに、見れば見るほど獣にしか見えなくなってきたかもしれない……見た目は人間でも中身は狐、か……
「それでユウガさん、あなたのここでの『メインミッション』は、この妖狐に恐怖の感情を植え付けるという作業です。昨日あなたも聞いた通り、あなたの力は負の感情から魔力を抽出すること。ですが、コレはあまりにも能天気すぎて、《《負の感情を一切抱かない》》のですよ……妖狐という種族は魔力の濃度が濃く、推定では一回の魔力抽出で凡人のそれの数万回分に相当するそうなため、絶対に魔力を抽出したいと国王陛下が申しているようですから……まぁあれですよ、どうにかこうにか拷問して恐怖を抱かせてほしい……というわけです」
「拷問!?いや確かに俺の役目ですけれど!?このニッコニコ狐ちゃんに拷問しろってのかよお前は!」
「私ではなく、国王陛下が申しています。逆らえばどうなるかわかりませんよ?」
ティルの重圧的な声が、冷たい冷気のように俺を襲った。今更だが、この世界は俺が想像していた異世界とはあまりにかけ離れているというか……なんだかんだ言って今のティルだって国王が言っているという建前を使って責任から逃げている気さえするし、結局どこに行っても人間はこんなものだ。
その時、軽く裾を引っ張られる感覚がした。膝下を見ると、膝立ちの狐娘が指先で俺の服の裾を引っ張っている。
「人間さん、私、どうなるんですぅ?」
「え?それはぁ……ティル?つまり俺はこれからどうすれば……」
「やることなんて簡単です。徹底的に痛めつけてしまいなさい」
と、まあさぞ当然かのようにティルは言うが、恵まれた現代人の俺にとってそれはあまりにも非人道的なことで……拷問しろなんて言われてもできるはずがない。しかもその後ティルはそそくさと牢屋を出て行ってしまったし、俺と狐娘は二人きりになってしまい、いよいよ本当に逃れようがなくなってしまった。
「……えっと、狐ちゃん。それじゃあ……」
「拷問、ですよね?」
……なんだ?雰囲気が変わった……今までのふわふわとした様子が一変し、狐娘は落ち着きつつも淡々とした声色で話しだした。とても冷静に、しかし残酷な目で俺をまっすぐに見つめている。その目が全てを物語っている……やはりこの世界は間違っていると。
「そうだよ……怖くないの?」
「なんでそんなこと聞くんです?これも新手の拷問のつもりですか?」
「いや、えっと、俺は何をすれば……」
「そんなこともわからないんですか……?拷問官さんって意気地無しなんですねぇ」
狐娘は不思議そうに、しかし同時に馬鹿にしているかのような目で俺を見る。こんなことがさぞ当然のことかのように。
「そんなこと……」
「だってそうじゃないですか。あなたは立派な使命をもらってるのに、こんなか弱いキツネちゃん一人にビビっちゃってる……」
「それは……だって……」
「だって、何です?そんなの言い訳。なんの罪もない私たちは、自由なんてなくたってこうやって必死に生きてるのに、ある程度自由もあって役職もあるあなたは、何もしないで怖気付いてるだけ。そんなヘタレだから、誰からも必要とされないんじゃないですか?」
「……!?」
その瞬間、俺の中で何かがプツンと音を立てて切れた。どうなのだろう、この少女が根拠を持ってそれを言ったのか、それともただ適当に煽り文句として言ったのか……いや、どうでもいい。「誰からも必要とされない」……そんなセリフ、もう二度と聞きたくなかった。
俺だって、俺だって必死なんだ……俺の頑張りを、誰かに認めてもらいたくて……
気づけば俺は、無心で拳を振り上げて少女に殴りかかっていた。
「……どうしたんです?殴らないんですか?」
……寸前だ。危うく本当に殴ってしまうところだったが、寸前でなんとか思いとどまった。これは罠だったのだ。俺を怒らせ、自分を殴らせるための罠……そうだ、ただの奴隷で、生死さえも保証されておらず、本当に誰からも必要とされていない彼女たちのような存在が、その怖さ、虚しさを知らないはずがないのだ。俺はそのまま床にへたり込み、その場で大号泣してしまった。床は汚いのに、そんなのお構い無しに手をついて……
「……やっぱり、ヘタレじゃないですか……拷問官さんのざーこ」
優しい声をした罵声が飛んでくる。暗い密室の牢屋の中で、雨でも降ってるかのように……




