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確信した、狐娘は大体終わってる。

 初めての拷問を終えたその夜、俺は牢屋の中で一人うずくまり、昼間のことを考えていた。あの狐娘には必ず裏がある。少なくとも、ただ可愛いだけじゃないことだけはわかった。あのふわふわした雰囲気の裏に人格を塗りつぶすような闇が隠れていることを考えた時、俺は本当にこの世界を生き抜くことができるのだろうかと不安になってくる……


 それと意外なことに、昼間の件についてティルは特に何も言わなかった。ただ、「そうですか」とだけ言って、そのまま自室に戻っていった。結局俺は、本当に誰からも必要とされていないのかもしれない……


 淡い狐色の光が天窓から差し込んでくる……穏やかな一日の始まりを告げる朝日とは対照的に、結局一睡もできなかった俺はどんよりとした気分でベッドにうつ伏せになる。


 「うざい……鳥が俺を煽ってくる……」


 チュンとかピヨとか、鳥の鳴き声が聞こえてくるけど今は煽りにしか聞こえてこない。俺はなんとなく目を擦りながら無理やり布団の中に潜り込んだ。あろうがなかろうが大して変わらない薄い布団だが、とにかく今は外界と自分を遮断したかった。しかし俺が布団の中に潜った直後、足元の方で何かがガサっと動いた気がした。


 「気のせいか……?」


 いや、気のせいじゃない……なんかもふもふしてる変なのが足元でサワサワと動いている。


 「ご主人様ー……おはよーございまーす」


 足元を確認した瞬間、俺の足の間から突然ひょこっと、もふもふした耳を生やした少女が顔を出した。小声で挨拶しながら微笑んでくるが、なんかこれはもはやホラーとかそういう類のものだ……


 「うわぁ!?お前……なんでここにっ……てかご主人様ってなに……!?」


 「えへへ、ご主人様がぼーっとしてる間にこっそり忍び込んじゃいました!ずっと起きてたのに私の存在に気が付かないなんて、ご主人様も飛んだお間抜けさんですねー?」


 そう言って狐娘は尻尾を揺らしながら馬鹿にしたような表情で俺を見つめる。


 「ずっと起きてたの知ってたのか……じゃなくて、ご主人様ってなに!?」


 その時、遠くから軽快な足音がこちらに近づいてくるのが聞こえた。まあこのタイミングでこんな足音を鳴らすのはあいつしかいないだろうが。


 「おはようございますユウガさん。それからクソ狐。ユウガさんには眠気覚ましのティーを」


 ティルが満面の笑みで俺に紅茶を差し出すと、横から狐娘がチンアナゴのように顔を出して、キラキラした目で紅茶を見つめてきた。涎を垂らしながら尻尾を振り、なんともだらしない。


 「監視官さん……それ、私も飲みたいのですっ!」


 「はい?あなたも眠気覚ましが欲しいということですか?ならばこれで十分でしょう」


 ティルは狐娘の腹を思い切り殴った。しかし、狐娘は悶絶しつつもなぜか笑いながらヘラヘラとしている。なんだかここまでくると狂気を感じてくる。


 「えっと……とりあえずこのティーはもらうね?」


 俺は静かにティーカップから紅茶を持ち上げた。


 「ティーで……って、あら?ユウガさん、今ちゃんとティーと……どこか具合でも悪いのですか?」


 「お前に合わせてやったんだよ!……んまあでも、正直今日一睡もできてないっていうか……」


 「はい?それはまた……ああ、もしかして昨日のことですか?初めてならあんなものでしょう」


 励ますような嘲笑うような、まあどちらにせよ期待はしていなかったといった感じの様子で、ティルは自分の分の紅茶を一口飲む。


 「んでさ、あの狐ちゃん、いつの間にか俺の牢屋に忍び込んでたと思ったら、開口一番俺のことをご主人様とか呼んできたんだけど、これお前の計らいか?」


 ティルは一瞬困惑したような様子を見せたが、すぐに何かを思い出してくすくすと笑い始めた。


 「ああ、はいはい。確かに私が手を回しましたよ?実は昨日の夜ですね、あのクソ狐が隠密スキルを使って私の執務室に忍び込んできてですね……」


*******


 前日の深夜、孤児院で唯一暖かい場所にて


 「……これで全部ですか……やっと眠りにつけますね……」


 ティルは自身の仕事を終え、自室へと戻ろうとしていた。柔らかな絨毯の上を、コツコツと靴を鳴らせて歩いていると、どこからか何かの強い気配を感じた。ティルの魔力探知が反応する……強大な魔力を持つ何者かが、この執務室に侵入していると。


 しかし、ティルはいたって冷静であった。この魔力には何度も覚えがあったからだ。ティルが小さくため息をつくと同時に、大きな扉の前の床から、黄色いもふもふとしたものがゆっくりと生えてきた。だんだんと上昇してくるとともにあらわになったのは、白い肌に黄色い狐の耳と尻尾の生えた少女の姿であった。顔を赤らめ、体を小刻みに震えさせながら口から少し涎を垂らしている。


 「……またあなたですか……こんなことがあるから、決められた時間に所定の位置にいないと高圧電流エレクトランサーが流れる首輪をつけているというのに、なんであなたという獣は」


 「何度も言いましたよぉ院長さん。私にとって痛覚はご褒美。首輪に高圧電流エレクトランサーを仕掛けようとぉ、ナンバープレートに爆弾ノヴァ・アーティファクトを仕組もうとぉ、私にとってはなんてこと、ないんですぅ」 


 「今もエレクトランサーを受け続けているというのに、むしろあなたはそれに快感を感じている……チッ、化け物とか通り越してもはやキモいです」


 狐娘はゆっくりとティルに近づいていく。震える足で一歩ずつ……ふらつきながらも、それすら彼女にとっては快感の一部のように感じる。


 「院長さん……あのですねぇ?あの拷問官さんのことなんですけど、しばらく、私のそばに居させてくれませんかぁ?私、あのへなちょこ拷問官さんがあまりに哀れで哀れで……なんの力もないスライムみたいでとっても可愛いんですよぉ!」


 「ふざけるな。彼はまだあなたの危険性についてなにも理解していない。ましてやなんの力もない弱者の元に、無尽蔵の魔力を持ち、感受性で最も重要なものが欠けているような魔物を置いておけるわけがありません」


 ティルは腰の剣を抜こうとしたが、それよりも遥かに速く、狐娘はティルの目の前に接近していた。


 「……!その速さ、あなた、なぜ!?」


 「そんなのはどうでもいいです。それよりも……院長さーん、私と取引しませんかぁ?私はメイドとして拷問官さん……いえ、ご主人様と末長く幸せに暮らし、彼の目標達成の手助けをする。もしも破れば、『制約の魔紋』の効果により、私の弱点、このふさふさのしっぽが根元から弾け飛んで、瞬時に死ぬ。まぁ、信じるも信じないも院長さんの自由ですけどぉ、少なくとも、《《王国最強戦力》》であるあなたが総魔力量の約半分を失った今、私に対抗できる人間がこの国にいるんですかねぇ……?」


 *******


 「みたいなことがありまして」


 しかし、ティルは重要そうなところをなにも話してくれなかった。俺に話してくれたのは、狐娘とティルが昨晩なんらかの契約を交わしたということだけ……だが今の俺には、伏せられた情報をそのまま飲み込むことしか許されていなかった。どちらが主導権を握っていた契約なのかもわからないようなこの空白だらけの情報を、詳細情報として無理やりインプットするしかなかった。


 兎にも角にも、こうして俺は訳もわからないまま狐娘のご主人様?になってしまった訳だが、つまりこの狐娘は俺にどうして欲しいのだろうか……拷問か?拷問なのか……?


 「ということでご主人様、私思ったんです。私は拷問して欲しいのに、ご主人様は雑魚すぎて拷問もまともにできないろくでなし……なら、ご主人様が自分で成長していくより、私が拷問できるようにご主人様を育ててあげた方が効率的では!と。つまりこの物語は、ご主人様が拷問する物語ではなく、私がっ!ご主人様を拷問させる物語な訳ですよぉ!」


 「待て、勝手に物語の筋を決めないでくれるか!?まあ確かに振り回されてばかりの今日この頃ですけども?……はぁ、もういいよ。どうにでもなれ」


 「それではぁ、早速訓練といきますよ?ついてきてください!」


 狐娘は俺の手を引いて孤児院の外へ駆け出していった。ティルが何か文句を言うのではないかと思ったが、意外にもティルはなにも言わずにただ呆然とこの様子を眺めているだけだった。


 そうして俺が連れて行かれた先は、なぜか小さなカフェだった。てっきりまた不衛生なよくわからない変な場所に連れて行かれるのではないかと思っていたから少し困惑している。


 「ええと……一応聞くけど、ここは?」


 「ここですかぁ?見ての通りカフェですよ?よくならず者たちが立ち寄る場所ですけど、味は保証します!……あ、すみません!いちごパフェ二つくださーい!」


 この後、いちごパフェを注文した俺たちは、怖いくらい何事もなくいちごパフェを食べ進めていった。目の前では満面の笑みでパフェを食べ進める狐娘の顔だけがある。拷問の《《ご》》の字もない。


 それにしてもかなり大きなパフェだ。男の俺でも腹がはち切れそうになるくらいなのに、狐娘は大丈夫だろうか……


 「うぷっ……すみませんご主人様……私、もう入らないかも……」


 言わんこっちゃない。やっぱり流石にこのサイズは大きすぎたんだ。


 「えっと、無理しないでいいからね。あれだったら、俺が食べるとか、お持ち帰りにしてもらうとか……」


 俺はそうやって気を遣おうとしたが、その時だった。狐娘は突然飛び上がると、彼女の大きな尻尾で俺の顔面を引っ叩いた。


 「アベシッ!……なにすんだよ!?」


 「拷問ちゃーんす!なのです!」


 狐娘は人差し指をピンと立てて俺の顔の前に構える。


 「はっ、はぁ?」


 「ここ!せっかく与えた食事を奴隷がお残しした場合、大激怒して怒鳴り散らかしたのち、できる限り奴隷を辱めるべし!……見ててくださいね、もうすぐ私たちと同じ関係の人たちが現れるはずですから」


 そう言うと狐娘は店内の別の席に視線を移した。そこには見窄らしい服装をした、狐娘よりも少し歳が上のように見える少女と、体格のいい男性が二人で食事をしていた。


「あれは快楽型の主従関係です。通常奴隷は、牢屋に閉じ込めたり強制労働させたりというのが一般的ですが、あれは違います。拷問するためだけに飼われている奴隷です。もちろん法律違反ですが」


 次の瞬間、店内にバシンッという凄まじい轟音が響き渡った。さっきの二人を見てみると、少女は床に倒れ込み、男性はその上からのしかかって顔を何度も殴っている。


 「やっ……やめてください……」


 「あ!?なんだってぇー!?聞こえねぇなぁ!おーいみんな!これ見ろよ、こいつ、たったこんだけの飯を、残してんだぜ?残していいでしゅかー、だってよぉ!ハハハッ!」


 ひどい……これだけ殴った挙句、全員の前で辱めて……なんの罪もない女の子をあんなふうにして……俺はつい体が動いてしまいそうになった。俺に残された僅かな善性が、この状況を見過ごせはしなかった。


 しかし俺が椅子から立ちあがろうとした時、狐娘がそれを静かに止めた。そしてテーブルに代金を置いてから、俺の手を引いてなにも言わずに店を去った。


 「……おい狐!お前はあの状況を異常だと思わねえのかよ!法律違反だって言ってたじゃないか!それならお前はあそこで……」


 「これが現実、なのです。今、王国は情勢が悪化しています。王政の権力が届かないここらへんみたいな地域では、平気でこんな犯罪は繰り返されるのです。……いい訳がない……ま、でも!私はあれがして欲しいので、ご主人様はあれから学んでください、なのです!」


 ……ああ、もうだめだ。俺は過去一番あの終わってる神を恨んだ。



 


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