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たとえ概念でもそんなに見つめられると困るんだが?

ふかふかとした絶妙に気持ち悪い畑をひたすらに歩き続けて体感十五分ほど経っただろうか。ようやく目の前に目標としていた大きな建物が見えてきた。近づくと壮観だ……西洋の城を彷彿とさせるレンガ造りの建物が一棟と、天にも届きそうなほどの高い塔が四棟、まだ何も植っていない茶色い畑の中にどっしりと構えている。前にテレビで見た、田んぼの真ん中にあるタワマンみたいな、なかなか見ない変な立地だ。


 俺は恐る恐る近づいていき、建物の窓から中をコソ泥のように覗いてみた。……誰もいない……なんの部屋かよくわからないが、灯りもなくただ暗くて広い空間が続いている。


 建物の裏側も覗いてみようか……俺は建物の壁を伝って裏手に回る。静かな田畑の中心を、地面の草を踏み締める俺の足音だけが響く……一歩、一歩と、慎重に歩みを進めていたその時、パシンッと、メンコでも打ち付けるかのような音が聞こえてきた。同時に重い荷物を落とした時みたいな鈍い音も聞こえる。ちょうど建物の裏側だろうか。


 「院長……すみません、私……!」


 ドコッ


 少し幼なげな声の後から、またさっきの鈍い音が聞こえてきた。院長……どうやら少なくとも二人以上がそこにいるらしい……俺は物陰からこっそり覗いてみることにした。


 「またハーピーを取り逃がしたと言いましたね、あれを野放しにしておくことが危険であることは知っているはずです」


 建物の裏には小さな庭があり、そこで若い男性が穏やかなように見えてとても高圧的な態度で少女を叱責している。何度も頬をぶったり、腹を殴ったりを繰り返しているようだ。


 「ごめんなさい……次は必ず……」


 震える声で少女は男性に許しを請っている。どんな少女なのだろうかとよく見てみると、それは見窄らしい服装をした幼い少女だった。さっき会った狐娘だったらまだ良かったのだが、そう上手い話はないらしい……


 そんなことより、今はこの少女を助けるべきだろう。しかし俺にあの男性を倒せるだろうか。ここは異世界だ。物理的な喧嘩や理屈責めなんかが通用するとは限らない。


 「No.2168、このような問題をあなたが過去に何回起こしたか知っていますか?今回を除いて二十三回です。これはあなたが国王陛下の手足を担うに相応しくないことを十分に証明するものでしょう……」


 なんだかまずい状況になってきている気がする……このままじゃもしかすると本当に命の危険があるかもしれない……どうする、どうするよ、俺。一か八か俺が出ていって……いやいや、流石にどうしようもないだろ!ここはひとまず冷静に、誰か他の人間に助けを求めて……


 「ところで、先ほどから虫が入ってきているようなのですが……」


 ……!まずい、気付かれた……しかし、俺がそう思った時にはもう遅かった。気が付けば俺は、男性がその場から消えていることに気付く隙もないうちに男性に死角を取られていた。そしてそのまま庭に吹き飛ばされ、硬い地面と一体化するが如く強く打ち付けられた。今この瞬間、俺は異世界の洗礼を受けたことを実感した。


 「どなたでしょうか……気配をまるで消せていない。魔力の扱いが慣れていないどころか、使ったことさえないような気までしますね」


 男性はゆっくりと俺に歩み寄り、腰に刺していた剣を抜く。


 「くそっ……待て、質問に答えろ。あんたは誰だ……それからここはどこだ」


 「それは……私に答える義務があるのでしょうか。知らないなら無理に知る必要はありません。……早急にここから立ち去りなさい。そうすれば命は見逃しましょう」


 「……俺がここを立ち去ったとして、その子はどうなる……」


 「廃棄でしょうね。おそらくは」


 男性は冷酷な目でそう答えた。一片の迷いも感じられない……本当にイカれている人間だ。


 「人を物みたいに扱って……そんなのが許されるのかよ」


 俺は痛みと恐怖で震える体をなんとか起こし、男性の前に立った。こうして立ち向かうことになんの意味があるのだろうか。何か能力を授かっているわけでもない俺が、明らかに格上であることがわかる異世界人に喧嘩を売って、勝つことなどできるわけがないだろう。でも俺が逃げたらこの子は死ぬ……人が人に蔑ろにされる世の中は、もう見たくないんだ。


 「その目は……なんですか?……何なのだと聞いているのです!」


 魔力だのなんだの、そんなものは俺にはわからない。でも相手が人間である以上、こうすれば多少はダメージが入るはずだ……


 「どりゃぁ!!!」


 俺はありったけの力を込めて、渾身のパンチを放った。しかし、その後の記憶はない。世界が反転したような感覚があった後、俺の意識はテレビを元電源から引っこ抜いた時みたいにプツンと途絶えた。


********


 星が降る夢を見た気がする。もしくは幻覚だったのだろうか。でも確かなのは、それが意味を持つということ……現実世界じゃ見たこともないような数の流星群の向こう側に微かに見える「それ」は、言葉にできない不思議な言語で俺に語りかけてきた。しかしどういうわけか意味はわかる……


 《搾取を凌駕するのは搾取のみ……運命を世界の目に捧げ、恒久なる加護を授けん》


 それは一瞬だった。俺の脳内にこれまでに感じたことのない何かが入り込んできた。


 「……世界の……目……」


 ********


 「はっ……!?」


 本当にそんな感じの声が出て目覚めた。何か不思議な夢を見ていた気がするが、よく思い出せない。てっきり殺されてしまったものかと思っていたが、どういうわけかまだ生きているようだ。それにしても周りが暗い……鉄格子に、冷たい石の床……牢屋にぶち込まれてしまったようだ。


 「お目覚めですか」


 突然誰かに声をかけられた。虚空に近いような空間から突然声が牢の中に反響し、鉄格子が喋り出したのかと思ったが、よく見たらさっきの男性だ。全く気配がしなかった……


 「あんた……」


 「これが気配を消すということです。隠密行動をしたいならば、このくらいは心得ておくといいでしょう」


 男性はさっき会った時とは打って変わって、とても穏やかな声色で話しかけてくる。相手にならないと判断されて警戒する必要がなくなったのか、それとも別の目的があるのか……鉄格子を挟んだ向こう側でなぜかティーセットを傍に、椅子に淑やかに座っている。


 「あんた……何呑気に紅茶なんか飲んでるんだよ」


 「悪いですか?それから、これは紅茶ではなく『ティー』です。赤いのがノーマルですので」


 そうして男性はまたティーカップに口をつける。こだわりの強いイギリスの紳士かとツッコミを入れたくなる……


 「そうだ、これを渡しておきたかったんだけど」

 

 俺はずっとポケットにしまっておいた例の狐娘が落としたプレートを男性に渡した。男性は少し驚いたような反応を示した後、すぐに格納魔法か何かでどこかにしまい込んだ。


 「届けてくださり感謝します。あれは……まぁ、あまり触れすぎると良くないかもしれませんから私が厳重に保管させていただきますね。私の名前はティル・アルガーラ。孤児院の院長兼監視官を務めております」


 「ティル・アルガーラ……なんだあんた、紳士ぶってる割に孤児院の院長だったのか。俺は天飛遊果あまとびゆうが。別によろしくする気はないからな、こんな目に遭ってるんだ」


 そう言う俺をティルは鼻で笑った。若干冷たくあしらってやったつもりだったんだが、この男はどこかこういうのに慣れているような雰囲気を纏っている。


 「……で、なんで俺を生かしたんだ?別に殺したって問題はなかっただろうに……それから、あの少女はどうなった」


 「そのことですか……まぁ、そうですね、主にあなたについて、少々《《想定外の事態》》が発生したと言いますか……そちらで手一杯ですので、あの子もまだ無事です」


 ティルはそう言って立ち上がり、手にずっと持っていたであろう鍵で牢屋を開けた。


 「詳しいことは《《あちら》》についてから聞くことになるでしょう。……出てください、国王陛下がお呼びです」


 俺はそのあと牢屋があった地下の階段から地上に出て、外で待っていた馬車に雑に乗せられた。道中、ティルは丸い板のようなものに向かってずっと小声で何かを話していた。おそらく俺の世界で言うところの携帯電話のようなものだろう。 


 しかし……横でずっと張り詰めた空気を漂わされていると、これから起きることについての不安がますます高まってくる……出発前にティルが言っていたことを聞くに、俺がティルと戦ってからこれまでの間に、俺の体に何かあったと言うことだろうか……


 果てしなく続く草原をしばらく走ると、目の前に立派な城壁が見えてきた。城の外に何人か鎧を着た兵士がいるのも見える。馬車はちょうど城門前に到着したところで足を止めた。


 「失礼。只今入城制限を行っております。身分を提示できる物をお持ちですか?」


 一人の兵士が馬車に近づいてきてそう言った。するとティルは馬車の窓を開け、兵士に向けて自分の顔を見せた。兵士の顔は俺から見えなかったが、その後の緊張気味な声を聞くに、ティルの顔と身分を詳しく知っているのだと理解した。


 「……あんた、本当に孤児院の院長か?あの兵士の様子、ただの院長に向けられるもんじゃなかったがな」


 「あはは、あなたが知るほどのことではありませんよ。まあ少し、顔馴染みでしたので」


 城門を無事通過した馬車はその後も歩みを進め、おそらく城内で一番大きな建物の前で足を止めた。


 「降りてください。着きました、ここが王宮です」


 俺はティルに促され馬車から降りた。眩しい太陽の光に照らされて、王宮の黄金の装飾がより一層輝きを放っている。


 「壮観だな……」


 「では、行きましょう。無駄話をしている場合ではありませんので」


 ティルは俺に王宮の中へと進むように急かす。巨大な扉が轟音と共に開くと、広い部屋に列を作って椅子に座っている大勢の人々が一斉にこちらに注目した。息を呑むほどの威圧感に思わず足がすくんでしまいそうになりつつも、俺はゆっくりと前に進んだ。


 「ティル……これは……」


 「国王裁判。あなたのような特異な存在の処遇を決める場ですよ」


 俺は部屋の突き当たりにある高い階段の前で足を止めさせられた。階段の上には一際豪華な椅子が構えてある。


 「国王様が参られるぞー!」


 突然俺のすぐ側の席にいた人がそう叫んだ。その瞬間、他の人々はもちろん、ティルでさえもがその場に跪いた。それに合わせて俺も跪いてみる。直後、部屋の脇にある扉が開き、ジャラジャラと言う音と共に、白い髭を伸ばした老年の男性が姿を現した。男性は階段の上の椅子に座ると、魔法か何かで空中から召喚した長い杖を足元の地面に突き立てる。


 コーンッ——


 「面を上げよ。我の名はフォガレア王国国王、デグル・ゲルウッドである。これより、臨時の国王裁判を開廷する」


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