終わってるもふもふの神隠し
今でも覚えてる。「安物の脳みそ」って、小学生の時人生唯一の友達に言われた言葉だ。純粋な子供だからこそ出た、あまりに的確で残酷な言葉。返す言葉もない……上位互換に溢れたこの世の中において、なんの取り柄もない俺は馬鹿にされて当然だろうから。
俺は天飛遊果十八歳、この間地方の底辺高校を卒業して一応社会人になったしがない一般ピープルだ。天は二物を与えずというが、二物どころか一物も与えられなかった俺のこれまでの人生なんて碌なものじゃなかった。
小中学校の時、勉強も運動も大してできない俺を同級生は小馬鹿にしたし、担任からはちょっと周りと違ったことをしただけでお前は異常者だと罵倒されたし、高校でも友達が一人もできずにずっとぼっち。挙句社会に出てからもパワハラ上司から毎日のように暴言や暴力を浴びせられ、誰からも必要とされない日々……まだ理性を保てているだけ褒めて欲しい。
そんな俺だが、実は密かな楽しみがある。近所の神社に行って静かな空気を感じること。子供の頃からの習慣だ。こういう静かなところは、俺みたいな人間にとって楽園みたいな場所だ……古い神社だし、うざったらい人間どもなんて一人もいやしない。ただお稲荷様がそばで見守ってくれてるだけ……
そして今日だって俺は神社に来ている。昨日もその前も来たが、ここに来ないと俺は良くないことをしてしまう気がするのだ。
「……俺の価値ってなんだろ……いつになったら、俺を必要としてくれる人に会えるんだろ」
ちょっとだけ風が吹いた。俺を励ましているようでもあり、背中を押しているようでもある。ふと神社の賽銭箱が目に入った。そういえばお賽銭を投げたことってあまりなかったな……そう思い俺は財布からなけなしの五円玉を取り出した。
小さく振りかぶってアンダースロー
小銭が木に当たる鈍い音が響くと同時に、俺は祠に手を合わせた。まぶたの裏に、これまで俺を散々コケにしてきた奴らの顔が浮かんでくる。そうだ、人間なんてこんな奴らばかりなんだ……
「人間なんて滅んで仕舞えばいいのに……」
そうして俺は少し考え込んだ後、カバンから軽い財布を取り出して、そのまま賽銭箱の中に投げ込んだ。俺の全財産を神に捧げる……だから人間を駆逐してくれと、そんなクソみたいな願いから来た愚行だった。
祈り終わってから思い返してみて、とんでもなくバカなことをしたことに気がついた。だってあれでも全財産だぞ?あれでもな。叶いもしない願いにやけになって全財産を投げてしまった……ちくしょう馬鹿タレが。
「なんかもうどうでも良くなった……帰って死のう」
俺は深くため息をついて鳥居を潜ろうとする。しかしその時、祠の方から妙な気配を感じた。人の気配というわけでもないが、動物かと言われるとそれも違う。恐る恐る振り返ると、思っていたよりもずっと近い距離にそれはいた。
「ばあ」
「うひゃん!?」
思わず変な声が出てしまった。目の前、本当に目の前、息がかかってしまうような距離にイタズラに微笑む少女が立っていた。少し後ずさってからよくよく見ると少女は巫女服と思わしき服を着ている。この神社に巫女がいるなど聞いたことがないが……
しかしそれ以上に俺の目を引いたのは、ふさふさと風に揺れる黄色い狐の耳と尻尾だ。そういう感じのコスプレ娘が死にかけのサラリーマンにちょっかいをかけに来たのだろうかとも思ったが、その「もふもふ」はあまりにも自然なものだった。
「なっ……なんなんだ、君は……」
「単刀直入にいえば、ワシはこの神社に住む神様じゃ。イナコと呼ばれておる」
少女は割とあっさりと正体を明かした。通常ならばそんなことは信じられるはずもなく、無視してこのまま立ち去るが、状況的に見て信じざるを得ない気がする。
「でもなんで神様が巫女服……?」
「うっ、うるさいのじゃ!こんなもん現代のなんか妙に薄い書物に出てくる神なら誰でも着ておろうが!……これはー、その、あれじゃ、ワシの眷属から借りておるものじゃ。別に本の中の神に影響されたとかではないからな」
あたふたとしながら尻尾を揺らす自称神……てかなんで巫女服着てる神様で出てくる例が薄い本なのさ!この神社のお供物どうなってんの?……なんか雲行きが怪しくなってきたぞ、大丈夫なんだろうな……
「まあ……愉快な神様だってことはわかったかな……んで?なんで俺の前に出てきたのさ、もしかして本当に人類滅亡を?」
「そんなわけ無いじゃろ!ワシはただ、お前があまりに滑稽だと思ったから出てきてやったというだけじゃ。お前はワシを愉快だと言うが、ワシからすればお前の方がよっぽど愉快じゃがのう……」
イナコは小馬鹿にしたような表情で俺を見たかと思うと、突然腹を抱えて笑い始めた。
「ぷっ、あははははっ!だって……あんな激ヤバな望みを、あんなはした金で……しかもあれが全財産って……あんだけしか無いなら余計取っておくべきじゃろうに……つーか人類滅亡したらお前を死ぬじゃんって……バカおもろっ……!」
俺を指差しながら膝を叩いて笑っている……なんか急に殺意が湧いてきた。どうもこの世界は根本から腐っているらしい。神様がこれじゃあ人間どもはとことん腐っていて当然だ。
「人の気も知らないで……俺の願いを聞き入れる気がないのならさっさと帰ってくれるか?」
馬鹿でもわかるようにわかりやすく嫌な顔をして言ってみた。しかしこの終わってる神がこれで帰るはずもなく、さらに俺を挑発してくるような態度を見せてきた。大きな尻尾をブンブン振りながら、人を舐め腐ったような表情で何も言わずにこちらをじっと見つめてくる。
「……なんだよ」
「うぬ?なんでもないぞ?……はは、やっぱりお前は愉快じゃのう。仮にも神であるこのワシが、萎れた小僧を煽り散らかすためだけに現れる訳ないであろう。人類滅亡は流石にできんが、代わりにもっといい事をしてやろう」
イナコはどこか誇らしげな顔でこちらを見てくるが、もうすでに嫌な予感しかしない。俺は本能的に服とズボンを手でしっかりと掴んでしまった。
「何を勘違いしておる。心配せんでも乳繰り合ったりはせんぞ」
「いやわかってるけども!?ただその……なんとなく?」
「ワシがお前にしてやれることは一つだけ。『異世界転移』というやつじゃ。結論から言うが、人として生きる以上人と関わらぬなど絶対に不可能……ならばもういっそ異世界にでも行って俗世から逃げれば良い」
その時、突然濃い霧が周囲に立ち込めたかと思うと、霧を裂くように真紅の炎が俺の周りを囲んだ。イナコのコロコロと笑う声が遠くから聞こえてくる。
「おい、ふざけんな!誰が異世界に行きたいなんて……そこに人がいるんだったら……」
俺がそう言うと、イナコは少し柔らかい声色で俺に語りかけた。
「死んだ方がマシ、か?そんなものはお前の独りよがりにすぎぬ。勝手にこの地で死なれるのも困るのじゃ……」
……そうか、もしかすると、今までも心の中を全て見透かされていたのかもしれない……こいつがいくら終わってるとはいえ、人が人を憎み、挙句そのせいで誰かが傷つくようなことは見過ごせなかったのだ。俺がこの神社で安心感を感じていたのも、俺が今まで精神を正常に保てていたのも、神であるこいつがいつも見守ってくれていたおかげなのかもしれない。俺はパチパチと弾ける火の粉の向こうに微かに見えるイナコの顔をまっすぐに見つめた。
「……いってきます!」
「……ふふ、うむ、さらばじゃ。死ぬならよその土地で死んでくれー」
「え、ちょ待って?死んでほしくないから異世界でウハウハさせてくれるんじゃないの!?じゃあ俺今からどんなとこに飛ばされるわけ!?チート無双は?異世界ハーレムは?」
炎に包まれながら俺は延々と落ちていく……異世界というより地獄に行くような気分だ。色々言いたいことは山のようにあるが、少なくとも神はクソであるということが確定した。こうして俺は、あいつに文句をぶつける間も無く、どんな場所かもわからない異世界に転移させられることとなった。
しばらくしてから、俺の視界は赤から青へと変わった。光が眩しく俺を照らし、風が握りしめるように俺を包む……ん、握りしめるようにってなんだ……?優しく包み込んでいる想定だったが?ふと周囲を見渡して気がついた。今俺は空の上にいるらしい。突風に顔を抉られながら俺は地面に真っ逆さまに落ちていく……まさか本当に異世界で死ぬ羽目になるのか……?
「ぬわぁー!!!誰かたすけっ」
ドガァァァン!!!
俺は無様にも頭から地面に突き刺さった。農家の人が通りかかったら人参かと思って引っこ抜いてくれそうな体勢だ。なぜか不思議と痛みはないが、頭に血が昇って別の死に方をしそう……しかしその時、遠くから誰かの足音が聞こえてきた。軽快な足取りで真っ直ぐこちらに向かってくる。俺は今出せる最大の声で助けを呼んだ。
「誰か来る……?おーい!助けてくれー!」
「……ん?何か動いてるような?……これって」
よかった、俺の存在に気がついて足を止めてくれたようだ。足が引っ張られる感覚がする。ここで死ぬことはないみたいでホッとした。
「人参さん……!」
「え?」
「どりゃぁー!!!」
凄まじい勢いで引っこ抜かれたかと思うと、そのまま綺麗な半円を描いて地面に叩きつけられてしまった。
「うブつッ!」
「あれぇ!?人参さんじゃなくて、人間さんだったんですか!?すみません!」
今にもぶっ飛びそうな頭を押さえながらなんとか起き上がってみると、そこにはどこかで見たような姿の少女が立っていた。狐の耳と尻尾の生えた、ちょうどどこかの「終わった神」そっくりな見た目をしている。
「イナコ……じゃないよな……?」
「誰ですかぁ、その人……そんなことより、とうとうこの畑には人間さんまでできるようになっちゃったんですか?あなたは食べられますか?」
なるほど、こいつ、俺とは別の意味で頭がぶっ飛んでいるみたいだ。本当に人参に間違われるとは思わなかったぞ……狐はみんなこんな感じなのか?だとすれば稲荷信仰に亀裂が生じるぞ、おい。
「食べられないよ……まあいいや、助けてくれてありがとう」
「はい!……痛っ……あ、もうこんな時間……私もう行きますね」
少女は首元を気にする素振りを見せながらも、生き物とは思えない速さで走り去っていった。首元を痛がっていたが大丈夫だろうか。俺も早くこの世界のことを知らなくてはと思い立ちあがろうとした時、目の前に一枚のプレートのようなものが落ちているのを見つけた。見たことのない文字で何かが書かれているが、数字だろうか……
「あの子が落としたのかな……今度あったら返しておこう」
俺は改めて周囲を見渡してみた。辺り一面果てしない畑が広がっている。耕されてはいるみたいだが、まだ何も植っていない休耕地のようだ。そんな畑の真ん中に、一つだけ大きな建物が見える。あそこにさっきの子がいればこのプレートを返せるかもしれない……俺は足を引きずるようにしながら進み出した。




