第38話:月曜日
海の日。
祝日なのに月曜日。月曜日なのに祝日。
だが、今日の俺にとって、そんなことはどうでもいい。
ショッピングモールのフードコート。
騒がしい喧騒の中、向かいの席に座っているのは——彼女だ。
天草ひより。
昨日から俺の彼女になった人。
「……なんか、緊張しますね」
「そうですね……」
二人してストローをくわえたまま、視線を逸らし合う。
初デートだ。いや、正確には二回目か。一度目はあのおこげ散歩デートだったから。
でも、「付き合ってから」は初めてだ。
今日の天草さんは、白のブラウスにロングスカート。
会社で見せる雑誌のモデルさながらのオフィスコーデでもなく、部屋着のあの脱力感でもない。
少し垢抜けないというか、素朴な感じがする。
芋っぽい、と言えなくもない。
でも、筆文字Tシャツを着てこなかったことに安心した俺は、ハードルが下がりきっているのかもしれない。
普通に可愛い。とてもよく似合っている。
「大塚さん、顔赤いです」
「いや、ジュースが冷たくて」
「冷たいなら顔赤くならないじゃないですか」
天草さんがくすりと笑った。
昨日の今日で、まだ距離感がつかめない。
敬語も抜けないし、名前も呼べていない。
でも、このぎこちなさすら愛おしい。
◇
犬が出て来る映画を見て(二人とも途中でおこげのことを考えて集中できなかった)、服を見て(お互いに似合う服を選ぼうとして照れ死んだ)、雑貨屋で犬のおもちゃを買った。
午後三時。
外に出ると、真夏の日差しがアスファルトを焼いていた。
「暑いですね……」
「バーガー屋あるし、シェークでも飲みます?」
「賛成です」
駅前のハンバーガーショップに入った。
涼しい店内でバニラシェークを二つ買って、また外に出る。
冷たいカップが手のひらに心地いい。
並んで歩き始めたとき——
「おー、大塚じゃん。祝日に何やってんだ」
聞き覚えのある声。
ビクリとして顔を上げると、目の前にいかにも高そうな赤い高級車が止まっていた。
窓から顔を出しているのは——
早乙女さんだった。
「さ……早乙女さん……お疲れ様です」
反射的に頭を下げてしまった。休みなのに。
ニヤけた視線が、俺の隣に移っている。
シェークを持ったまま固まっている天草さん。
今日の服装は、いつもの完璧なコーディネートとは程遠い。メガネもかけている。
先輩は、天草さんだと気づいていないようだ。
「へぇ、彼女?」
ニヤニヤと笑っている。視線が物語っている。「お前みたいな地味な奴には、そういう地味な子が似合いだ」と。
「天草さんの気持ちも考えろとか偉そうに言ってたくせに、お前こそちゃっかりしてんじゃん。ていうか、その子も随分——なんというか、華がないっつーか」
先輩が鼻で笑った。
「ずいぶんとお似合いのカップルじゃねーか。地味同士、ぴったりだ」
熱が腹の底から込み上げてきた。
俺をバカにするのはいい。だが、天草さんを——
言い返そうとした瞬間。
「ありがとうございます」
隣から、凛とした声が響いた。
天草さんだった。
先輩の方を真っ直ぐに見ている。
メガネの奥の瞳が、静かに笑っている。だが、その笑みは——会社で見せるあの「隙のない笑顔」だった。
「お似合いだなんて、嬉しいです」
先輩の顔が凍った。
口が半開きで止まっている。
その声に聞き覚えがあったのだろう。
「あ——え……?」
天草さんは小さく会釈した。
「いつもお世話になってます。総務部の天草です」
丁寧な一礼。
完璧なビジネスマナー。
先輩の顔色が、青から赤へ、そして白へと変わっていく。
「あ、あま……くさ……?」
視線が天草さんの顔と、俺の顔を何度も往復する。
信じられないものを見た、という顔。
何か言おうとして、言葉が出てこない。
パクパクと口を開閉させた後、先輩は窓をガバッと閉めた。
車がキュルキュルと音を鳴らして急発進した。
逃げるように、あっという間に交差点を曲がって消えた。
残されたのは、真夏の午後の熱気と、二つのシェーク。
「……天草さん」
「地味、ですって」
天草さんが、俺の方を向いた。
さっきまでのキリッとした顔が崩れて、いつもの柔らかい笑みになる。
「でも、お似合い、って。——そこは、嬉しかったですよ?」
頬がほんのり赤い。
地味な服でも、メガネっ子でも、今の彼女は誰よりも輝いて見えた。
「俺もです」
自然と、手が伸びた。
天草さんの空いている手を握る。
シェークの冷たさと、手の温かさ。
「行こうか、ひよりさん」
「……はい、勝利さん」
初めて名前で呼び合った。
顔を見合わせて、吹き出した。
月曜日は、確かに憂鬱だ。
明日からもまた、仕事はあるし、先輩はいるし、面倒なこともたくさんあるだろう。
月曜日の呪いは、まだ解けないかもしれない。
でも。
隣にこの人がいれば——月曜日も、そう悪くない。
青空に入道雲が高く伸びている。
俺たちの夏は、まだ始まったばかりだ。




