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第三話


     間・3(ジョーカー視点)


 2011/5/17──三年前


 夜のドライブは、気持ちがいい。

 薄暗い電灯に照らされながらノロノロと走るのが、最高に時間を無駄にしている気がして、痛快なのだ。こんな静かな夜は、特に。

 胸ポケットから取り出した三本目のタバコに火をつける。

 車内は、すでに煙で充満していた。

 そのまま、ニコチンを頭の芯まで巡らせていると、道路脇で手をあげる青年の姿が目に入った。料金メーターに手をかけながら、彼の近くに車体を寄せる。

 近づいて気づく、その男は、見知った顔──クロの所のハクだった。

「ん、ジョーカーさん。こんちはっす」

「……どこまで?」

「地平線の先までで」

 その軽口には何も返さず、アクセルを踏む。

 車はゆっくりと道路を進む。

 頭の中では、ドビュッシーの『亜麻色の髪の少女』が爆音で流れていた。クラシック音楽が爆音で、だなんて皮肉が効いていて笑える。

 だが、案外大音量も悪くはなかった。

「相変わらず、煙いっすね。ジョーカーさんの車は」

「ハクは嫌煙家のクチかい?」

「嫌煙家でなくても、この量は嫌がりますって」

 顔をしかめて言うハク。

 はぁっと煙を吐いてから、仕方なしに窓を開けた。タバコの煙が車窓からたなびく。

「それより、ジョーカーさん。セツって知ってます?」

「……誰だっけ?」

「うちの新人ですよ。ってったって、入ってからもう二年ぐらい経ちますけど。ジョーカーさんとも会ったこと、ありますよ?」

「それで?」

「あいつ、なぁーんか要領が良いんすよね。オレたちの職種って、アレでしょ? それなのにセツのやつ、卒なくこなすから、なんかなぁって思うんすよ」

 料金メーターは、そろそろ九百円に差し掛かろうとしていた。

 後部座席から、湿っぽい空気が漂ってくる。四本目のタバコを取り出して、そんな空気を乾かすことにした。

「オレだって中学の途中から、こっちの世界っすけど、あいつは小学生の終わりからなんすよね。まだ、十四っすよ? 前々から思ってましたけど、この世界って狂ってますよ。きっと」

「そうかな?」

「そうっすよ! だってあいつ、文化祭も体育祭も知らないんすよ? 多分セツに必要なのは、気配を消す身体づかいなんかじゃなくて、クラスでやる演劇とか、ギターの弾き方とか、三平方の定理とか、そういうことなんすよ」

 青年は、随分必死にそう言い切った。

 熱くなる彼とは対照的に、外はひどく冷え込んでいるようだった。

 開けた窓から、五月のものとは思えないような寒気が入り込んでくる。そろそろ窓を閉めたくなってきて、急いで地平線の先を探す。

 そして、目についた背の高いビルの横に、車を停めた。

「着いたよ、ハク」

「……ここが、地平線の先、っすか?」

「さぁ? それは自分で確かめてきたら?」

 そう言って、料金メーターを止める。

 お金を受け取って、ハクを下ろす。それからまた、走り始めた。

 タクシードライバーほど、僕に似合った職業はない。好きなだけドライブできるし、気が向けば客を乗せてお金を稼げる。

 やらなければいけないことも、やった方がいいこともないのだ。

 面倒ごとから逃げ続け、聞きたくないことに耳を塞ぐなんて、造作もない職業だ。殺し屋なんて職業に比べたら、よっぽど。

 少し進むと、また、手を挙げて道路脇に佇む人がいた。

 そして同様に、彼女は見知った顔だった。

「ジョーカー、久しぶり。ちょっと、適当に走らせてよ」

「……久しぶりだね、灰田」

 それは、訳あって随分ご無沙汰な旧友だった。

「本当に久しぶりだね。会えて嬉しいよ」

「僕は、うんざりだよ」

「まぁ、そう言わないでさ」灰田は、そう言って笑った。

 街灯が照らす夜の道を、車は進む。旧友を後部席に乗せて。

 唐突だけれど、その間僕は、考えることと話すことの関係性について考えていた。

 一般的に、話すには、まず思考が挟まれる。何を話すか考えて、それから会話が始まる。考えることがあっての話すことだ。

 だとすれば──思考の先に会話があるのだとすれば、会話は全て、思考に基づくのだろうか。

 灰田波依は、そういう人間だった。

 彼女の口から発せられた言葉は、全て深い思慮に包まれているし、彼女の思考は、全て音声を伴った言語に変わる。だから、信頼できる。

 けれど思考は、時や場合、人によって、言葉に裏切られることもある。

 僕が、そういう人間だった。

 僕の話す内容は、思ってもないことに溢れていることもあるし、現実にそぐわないことだってある。ここまでのモノローグだって、本当は真っ赤な嘘かもしれない。だから、信頼できない。

「僕は、うんざりだよ」

 繰り返すと、灰田は苦笑いを浮かべた。

「そんなこと言わずにさ。……聞いたよ。タクシードライバーをやって、人の愚痴なんか聞いてるんだって。私の愚痴も聞いてよ」

「愚痴?」

「うん。君、今の『タイターン』を知ってる? 君が抜けてからの『タイターン』」

「いや」

「でも、不良グループって言われてることくらいは?」

「知らないな」

「……君が抜けてから、良治がおかしくなったんだよ。君が抜けた穴を埋めようと息巻いてるのか、『タイターン』を大きくしようと頑張ってるのか、おかしな方向にがむしゃらなんだ」

 と、言うと──

「無闇に人を入れ過ぎたせいで、『タイターン』の名をいいことに悪する奴らも入れば、資金繰りのために、売人まがいのことにまで手を出す奴らもいて、本当に不良グループに成り下がっちゃったんだ」

 そして、その中心に良治がいるんだよ、と彼女は続けた。

 灰田の言う通り、今でこそ『タイターン』は不良グループとして通っているが、初めからそうだったわけではない。

 僕の知っている『タイターン』は、家庭みたいな場所だった。

 灰田が連れてきた身寄りのない子供の集まりで、小さな幸せばかり探しているような連中だった。良治──朱良治も、周りの連中と変わらず、灰田に懐く普通の青年だったはずだ。

 あの良治がそんな風になるとは。

「君が、また『タイターン』に帰ってきてくれたら、どんなにいいことか……」

 彼女は、か細くそう呟いた。それがきっと、彼女の愚痴だったのだろう。

 その独り言のような嘆きが、実は返事を想定されていることに気付きながら、僕は車のハンドルに意識を向けたままにしていた。

 さらに道なりに進んで、メーターに映し出される料金が、二回ばかり変わったところで、彼女はまた呟いた。

「……何か、言ってよ……」

 卑怯なほどに、か細い声だった。

 彼女がもう一度口を開く前に、僕は渋々答えることにした。

「何も言わない、それだけだよ」と。

 一貫して、僕の主張は変わらない。変わらず、空っぽなままだ。

 『タイターン』から逃げ出したのも、タクシードライバーになったのも、ハクを急いでおろしたのも、灰田の独り言を無視したのも、みんな責任から逃げ出した結果だった。

 意見を口にして、影響を与えてしまうのが嫌だった。

 そうして責任を持つくらいなら、適当にごまかしてしまえばいい。僕は、クズだから。

 車を停めるスペースを探して、後部座席の灰田に言った。

「もうドライブはおしまい。料金は、1460円だね」

 彼女は目を細めてから、ため息をつく。

「そういえば、君はそういう奴だったな」

 それから、灰田が降車し、僕はついに五本目のタバコに火をつけた。

 タバコをふかす。

 その煙が空高く舞い上がるのを、ただ一人、見つめていた。


     3(三上龍一視点)


 2014/3/2──現在


────数日前からの異常に気づいているのは、どうやら俺だけのようだった。


 六時間目の数学で、授業は全て終わる。手癖で描いていた落書きを消して、帰り支度を整える。チャイムに遅れてやってきた担任教師は、『由良聡』と『井上奈々』を除いた生徒の出欠を確認して出ていった。

 数日前に奈々が学校を休み始め、後を追うように聡も顔を見せなくなっていた。

 担任もクラスメートも、二人の欠席をただの風邪か何かだと思い込んでいるらしい。けれど、それだけではないはずだ。奈々が休み始めてからずっと、あらゆる連絡がつながらなくなっている。

 何かが、二人の身に起こっている、そんな気がしてならなかった。




 とは言え、俺にできることなんてあるのだろうか。

 二人の家に行ってはみたものの、どちらも居なかったのは確認済みだ。他に、どこをさがせばいいのだろう? 思い当たる場所なんて、もうない。

 それに、そろそろ学年末試験が始まるせいで、割ける時間も多くはない。

 思考はそうやって、『二人が消えた先の非日常』と『今過ごす現実』の間を行ったり来たりしていた。どこかふわふわした気分で、石ころを蹴り飛ばしながら帰路を進む。

 聡は正義感の強い奴だ。重い荷物を持つお婆さんを助けたり、迷子の子供の手を引いたりする姿を、幾度となく見てきた。

 そしてそれ故、よく厄介ごとに巻き込まれていた。

 いじめっ子を救って不良と喧嘩したり、虐待に遭うクラスメートを助けようとして問題になったり。だから今回も、同じように巻き込まれたのではないか、と思う。あるいは、奈々を助けようとして、厄介ごとに巻き込まれているのかもしれない。

 だとしたら、俺はどうすればいいのだろう。

 聡と違って、俺は正義漢ではない。聡と一緒にいた結果、人助けした形になったことはあっても、自発的に人を救ったことはないのだ。

 今、二人が厄介ごとに巻き込まれているとして、俺は二人を助けることができるのだろうか? 今まで一度も人を救おうとしたことのない俺が。

 俺──三上龍一は、特殊な交友関係以外において、あらゆる面で普通の域を出ない人間だった。

 なんだかやるせない気持ちになって、感傷的に石ころを蹴飛ばす。すると、それは綺麗な軌道を描いて立て看板にぶつかった。

 『この先、工事中』という看板と、縞模様の柵。

 水道工事でもやっているらしい。

 迂回ルートで自宅を目指すことにするか、と気楽に考え直す。


……しかし、数分後。

 迂回した先で俺は、やはり立て看板と柵に行き当たっていた。

『この先、工事中』

 呪いのような文字。

 思わず、眉根が寄っていく。空前の工事ブームによって、迂回ルートの迂回ルートを考えなくてはいけなくなったらしい。……こんなこと、あるのか?

 狙ったかのような工事現場に違和感を覚える。けれど、そうしてばかりでも仕方がないので、すぐ近くの路地裏をさらなる迂回ルートに定めた。

 ゆっくりと、そこへ入っていく。

 その先は、随分と路地裏らしい路地裏だった。

 背の高いビル郡に挟まれて出来たらしい道には、隙間風が吹きすさぶ。そこら中の壁から排気口やパイプなんかが伸びていて、行く手を阻んだ。かといって上ばかりに注意をやっていたら、散乱する生ゴミや吐き捨てられたガムに足をとられる。

 道を半分ほど行ってようやく、この辺りが街で一番治安の悪い地域なのだと気づいた。

 不安に駆られながら、急ぎ足で先を目指す。

 だから、そのままこの道を駆け抜けようかという時だった。どういうわけか、その路地裏に面接したとある雑居ビルに、視線が吸い寄せられていった。

 五階建てのエレベーター付き。手入れが行き届いていないのか、全体的に埃っぽく薄暗いビルだった。その窓には、ビルのテナントによる宣伝用の看板が貼ってある。

 中でも特に目を惹いたのは、四階に拠点を構えているらしい探偵事務所だった。

────『探し物、探し人、受け付けます。……相葉探偵事務所』。

 多分、聡と奈々のことがあったからだろう。『探し人』の文字に、興味を抱いたのだ。

 思考はまたしても、『二人が消えた先の非日常』に迷い込んでいた。消えてしまった二人を救うには、自分もまた非日常に身を浸からせなければ、と思っていた節があった。

 それ故自然と、試しに入ってみよう、という心持ちになる。軽い気持ちで、その探偵事務所を目指す。

 古いエレベーターを呼んで、かなりの時間を要して、目的の階に到着する。降りるとすぐに、……タバコの煙? が視界を塞いだ。

 この奥の探偵事務所から流れてきた煙だろうか。

 思わずむせ返りながら、そういえば、ここが一番治安の悪い地域の一角だったと思い出す。すでに、この怪しいビルに迷い込んだことを、後悔し始めていた。

「あの、すいませーん。誰か居ませんか?」

 口元を押さえながら、とりあえず人を探す。

 タバコの煙が漂っているということは、人が居そうなものだけれど……

「誰も居ない……?」

 人の気配のないところだった。

 床にも机にも何も置かれておらず、壁際の本棚は空っぽ。窓にはカーテンすらかかっておらず、まるで夜逃げした後の部屋のように、何もなかった。

 同様に生活音も一切せず、ただ換気扇の回る音が、コンクリートの壁や床に吸い込まれていた。

 本物の『非日常』に、迷い込んだ気分になる。

 本当に誰もいないのだろうか。だとしたら、この煙はどこから出ているのだろう。そんな疑問を抱えて、目を凝らすと、煙の奥にシルエットが浮かび上がった。

「……いらっしゃい」

 シルエットが、言葉を口にする。

「何か用かな? ここに来たってことは、何かを失くしたのかい?」

「い、いえ。お、──僕はまだ、何も失くしてはいません」

「だとしたら、どうしてここに来たんだい?」

 ゆったりとした足音を立てて、シルエットは近づいてくる。

 徐々に煙の中から浮かび上がってきたその姿は、タバコを咥えた金髪の中年だった。サングラスをかけ、Tシャツにステテコパンツと、かなりラフな格好。

 やっぱり、煙を吐き出す人物がいるはずだ、という推理は当たっていたのだ。

「探している人がいるんです。だから、表の看板に惹かれまして」

「なるほど。つまり、探し人の依頼で、ここに来たのかい?」

「はい、そうです」

 タバコを咥えた男の雰囲気にすっかり気圧されて、とにかく当初の目的を伝えようと口を開く。

 奈々が学校に来なくなったこと、後を追うように聡に連絡がつかなくなったこと、なのに周囲では全く問題になってないこと。そういう不自然なことを何とか言葉にして説明した。

 その間中、探偵であろう金髪の男は、黙って考え込んでいた。

 身につけたサングラスは、目の色を包み隠してしまい、彼が何を考えているのか全く分からない。

「そして君は、その行方不明の二人を探して欲しいわけだね」

 俺の話が終わると、探偵はまた、言葉と煙を一緒に吐き出し始めた。

「そうですね。探し人の依頼です」

「……探し人の依頼。探し物に比べて大変な分、スケールが大きいのが良いよね。探偵冥利に尽きるしね」

「でしたら、受けてもらえるんですか?」

「それは、報酬額次第だよ」

 そう言って、探偵は人差し指を立てた。

「……十万円ですか?」

「いや」

「ひゃ、百万円?」

 恐る恐る尋ねると、彼はハハッと鼻で笑った。

「学生にそんな大金を求めるような大人じゃないよ、僕は。成功報酬で一万円を貰おうかな」

「なんだ、一万円ですか……」

 『探し物に比べて大変』だとか、『スケールが大きい』だとか言うものだから、てっきりとんでもいない大金を予想してしまった。

 そうやって安堵する一方で、学生にとっては、一万円もまた大金だよなぁ、とも考えていた。それでも、一万円で二人が帰ってくるなら、それが一番良い。

 サングラスをかけたニコチン中毒の探偵だなんて、信用には値しないけれど、それでも何もやらないかはずっとマシだった。

「これから、よろしくお願いします。僕は、三上龍一って言います」

「よろしくね、三上くん。僕は相葉朋久(あいばともひさ)。適当に呼んでくれていいよ」

「わかりました。相葉さん」

 その日はそんな自己紹介でお開きになり、翌日から、早速探し始めるとのこと。俺はそのまま、迂回ルートの迂回ルートを通って家に帰り、学年末試験の勉強をしてから寝た。

 頭の片隅でずっと、二人のことを考えながら。

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