第四十三話 雷鳴と共に
雨の音、雷鳴
流れてきた薄暗い雲が太陽を隠し、空を泣かせる。それは雨だ。
雨は地上を濡らしていく。もちろん生存者たちも例外なく雨で濡れる。
生存者たちは雨の中、学校付近の車道を越えて赤ペンで記したルート上を走っていた。この車道を越えた先は街中であり、敵である『PODE』の巣窟と言っても良い場所である。ここは敵に襲われる前に走り抜かなければならない。
もしも襲われでもしたら、周りにいる大量の『PODE』が寄ってくる可能性が十分にある。生存者たちはそうなる前に学校へと走っていた。
「レイテット、大丈夫?」
レイテットにおんぶされているアイーラが言う。レイテットは一言「大丈夫!」と返して、心配ないことを伝えた。
一気に走り抜けるためにレイテットはアイーラをおんぶしていた。
生存者たちは雨が降りしきる中をパシャパシャと音を立てて、走り続ける。
「ここを進めばすぐに学校に着く。一気に行くぞ」
生存者たちは順調に進み続ける。敵と出会うこともなく、なにかしらのアクシデントに出会うこともない。
生存者たちが安全ルートを走って進み続け、生存者たちの視界に学校が入ってきた。
「あそこだ、入れるところから入るぞ」
雛が学校に指差し、生存者たちは学校を目指す。
生存者たちは走り続け、地面は土の上から舗装された道路に変わる。いよいよ『PODE』の凶悪な巣窟内だ。
生存者たちのパシャパシャという水たまりを踏む音に混じって多数のぬめりとした音が入ってくる。それはまさしく敵が近くにいる証拠である。
「敵が近くにいる! 急いだ方が良いかも」
アイーラは『PODE』の出す音をいち早く聞き取り、大体の敵との距離を把握する。そして聞き取って把握したことを雛とレイテット、美保に伝えた。
「レイテット、先頭を頼む。アイーラは索敵、美保さんはレイテットとアイーラの補助を。俺は後方の警戒とみんなの援護に徹する」
そう言うと雛はレイテットとアイーラ、美保の後ろに付いて後方の警戒と援護に徹し始める。
生存者たちは足を止めない。
走りながらも後方を警戒している雛の視界に『PODE』の姿が入り込む。
「レイテットたちを狙うなら、まず俺を狙って来い」
SAIGA20の銃口が『PODE』に向き、いつでも発砲できるように引き金に指が掛けられる。しかし『PODE』はまだ雛に気付いていない。そのことに気付いた雛は弾を無駄にすることなく銃を下ろし、急いで足を止めないレイテットと美保の後ろに付いた。
「ストップストップ」
アイーラがなにかを見つけ、言う。
生存者たちは雨降る中、建物の陰で全員走る足を止めた。
「学校の門、見つけた。あそこから入れる、でももう一つなにかある」
レイテットにおんぶされて一番高い視点にいるアイーラが全員に報告する。
雛は目を凝らし、一番後ろからアイーラの報告を確認する。雛の視界に映るのは確かにある学校の門とアイーラの言うもう一つのなにかがあった。
そのもう一つはかなり余計なもの、障害となるものだ。
「軍用ジープか。しかも門を塞ぐようにして置いてある……いや、あれは敵にコピーされているのか」
生存者が目にするジープは明らかに透明感のある緑色をしており、迷彩色でもなければ塗装された緑でもない。まさしくその軍用ジープは『PODE』だ。その上、コピーされた軍用ジープには機関銃が搭載されている。
機関銃の威力では発見、銃撃されれば怪我の一つや二つでは済まない可能性が高く、繰り出される弾幕は凄まじい。
「音を立てれば周りの敵が寄ってくる。しかしここを突破しなければ武器の調達が出来ない。どうにかしなければ……!」
雛は打開策を考え始める。
「邪魔なら一気にやった方が早くない?」
「そうそう、私なら一発で仕留められるよー」
「私も一気に倒すことに賛成よ」
一方で彼女らは今すぐに発砲する気でいる。
ここで発砲すれば周りの敵が発砲音に反応して寄ってくる。しかもここは敵の巣窟である。たった四人しかいない生存者たちのところに大量の『PODE』がなだれ込んできたら多勢に無勢で全員死ぬ。運が良ければ誰かの犠牲で四人の内誰かが生き残れるだろうが、雛はやっと出来た大切な人間を失いたくなかった。もちろん自らが犠牲になれば良いとも思っていない。
「誰も犠牲にしない」
雛は新たに出来た決意を固める。
そしてアイーラが引き金を引こうとしているところで雛は「だめだ、死ぬぞ」と制して彼女らが『PODE』にコピーされた軍用ジープに向けて発砲するのを防いだ。
「じゃあどうすれば良い? 雛君」
「今考えている。少し待ってくれ」
雛は再びここの突破を模索する。途端雨の降る音に割り込んで雷鳴が轟いた。
彼女らは急に訪れた雷に驚き、思わず姿勢を低くしていた。
「よし、今のを利用する」
再び雷鳴が轟く。彼女たちはまた驚いて姿勢を低くした。しかし雛だけは姿勢を低くするどころか、ピカリと光る雷鳴を見つめていた。
「雷が轟いた瞬間に敵を撃つ。そうすれば発砲音は敵に聞こえない」
「え?」
レイテットは雛のぼそぼそとした呟きがよく聞こえず、首を傾げる。
当の雛はSAIGA20より馴染みのある9mm拳銃をレッグホルスターから引き抜き、まだこちらに気付いていない軍用ジープに銃口を向ける。
そして雷鳴が轟く瞬間を待つ。
「…………」
全神経を銃口の先に集中させ、引き金に指を掛ける。
沈黙が訪れる。彼女らは雛のやっていることを黙って見守っていた。
雨の降る音。『PODE』のぬめりとした音。レイテットの唾を飲む音。雛が待っている雷鳴はまだ来ない。
雛の濡れた手が9mm拳銃のグリップ部分を強く握り直す。緊張の表れである。
「……!」
光った。
それは雷。
その瞬間に雷鳴が訪れた。やっと訪れた雷鳴である。このチャンスを逃す訳にいかないと言わんばかりに雛は9mm拳銃の引き金を引いた。
響く銃声。敵が聞きつければ寄ってくる。しかし銃声は轟く雷鳴によって掻き消された。
「これで道は開く」
雷の光が放たれた銃弾を照らす。その銃弾は軍用ジープをコピーした『PODE』の身体を貫き通り、心臓部である『シールド細胞』を破壊する。そして軍用ジープをコピーした『PODE』は蒸発だ。
学校の門を塞いでいたものは消え、これで通行出来るようになる。
「自然に助けられたな」
雛は微笑む。
その微笑みに呼応するように雷が訪れる。雷の光は雛を照らし、轟く雷鳴と共に消えて行く。
「アイーラ、付近に敵はいるか?」
雛は訊く。雷鳴が上手く銃声を掻き消したか、効果を知りたいのだ。
「近くにはいる。でも、こっちには気付いていないみたい」
アイーラの視界には『PODE』が徘徊している姿があった。しかし生存者たちに気付いている様子は全くない。
ぬめりとした音は近く、その音を頼りにして敵を見つける。結果的にその敵は徘徊しているだけだった。
そうして視界に入る情報とぬめりとした音の近さで判断して、アイーラは告げる。
「効果はちゃんと出ているようだな。このまま学校に入るぞ」
レイテットを先頭にして生存者たちは学校の門を通り、敷地内を走っていく。そうして生存者たちは玄関まで到着。
「あれ?」
レイテットが玄関の扉を開こうとするが、開かない。
「ふんぬ!」
アイーラをおんぶしながらも力任せに開こうとするが、これでも開かない。
「雛君! 美保さん! これ鍵掛かってる!」
「ほんと!?」
美保が玄関の方にいるレイテットのところへ駆けつけ、軍用スコップで無理やり扉を開こうとするものの開くことはない。
そこで雛の出番となる。
「俺に任せてくれ」
「お願い……」
思い切り力を使い、疲れた美保は雛にバトンタッチする。
雛はSAIGA20を構え、銃口を扉の鍵穴に向ける。そして再び轟く雷鳴と共に引き金を引く。大きい銃声は雷鳴に掻き消され、開かなかった玄関の扉は銃口から撃ち出されたスラッグ弾によって開錠される。
「おぉー! 流石雛君!」
「そんなに大したことではない。SASで訓練したことが今に活きただけだ」
「それでも凄いよ」
「ありがとう……」
笑顔のレイテットに褒められ、雛は珍しく照れ笑いを見せた。いつもの様子からではとても珍しい雛の表情であり、それを見れた彼女らは得した気分になっていた。
「とにかく入るぞ」
その照れ笑いを隠すようにして、雛が先に校内に入っていく。雛に続いて彼女らも校内に入った。
こうして生存者たちは誰一人犠牲を出さずに学校に辿り着いた。
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