第三十六話 自然の捕食者
時刻は午前十一時。
雛が記した比較的安全なルートを進んでいた生存者たちは、第一目標地点を目の前にしていた。
「民家に無事到着と言ったところか。アイーラ、ここから先は虫が少ないぞ。やったな」
「やっと虫から解放される……」
接近してくる虫の索敵に集中していたアイーラは疲れた様子で言った。それもそのはず第一目標地点である民家を目の前にするまで発見した虫は五十匹を余裕で超えており、その全てを目標として指定していたのだ。
微かな音さえも逃さない聴力と小さな虫ですら捉えることが出来る目の良さ。まさにアイーラの索敵能力は人より並外れていると言える。
「目標地点に入るぞ」
雛が先頭を進み、民家の建ち並ぶ目標地点へと足を踏み入れる。
「?」
雛が道なき道を離れ、舗装された道路の上を歩いたその時だ。アイーラは自身の背後からガサガサという音を聞き取り、後ろに振り向いた。
アイーラの視界には四つ目のなにかがいた。周りの草木と同じ色のなにか。
「!」
そのなにかが草木から一瞬で飛び出した。
目にも止まらぬ速さ、アイーラの高い索敵能力でも捉えきれない。
そして正体不明のなにかは雛の方に真っ直ぐ飛んだ。
「雛君!!」
雛の背中を見ていたレイテットが正体不明のなにかを捉え、叫んだ。
「どうした?」
レイテットの叫び声に気が付いた雛は後ろに振り返り、正体不明のなにかを確実に捉えた。しかしその時には既に遅い。一瞬で飛び出てきた正体不明のなにかに抵抗出来ず、雛は鋭い牙をボディアーマーに突き刺されて捕獲された。
「ぐっ……」
鋭い牙はギシギシとボディアーマーの上から雛を圧迫し、抵抗させないでいた。
「く、蜘蛛……」
アイーラの視界に苦手な蜘蛛の姿が入る。しかしその蜘蛛は通常の蜘蛛と比べると明らかにおかしい。
サイズは雛より大きく、人間をいとも簡単に捕えるくらいの大きさがある。そしてなによりおかしい部分は体色が緑色であり、赤と青の核細胞があることだ。
「敵!」
「デカいわね……」
明らかにおかしい蜘蛛を見つめる彼女たちは瞬間的に〝敵〟であることを認識し、戦闘態勢に入った。
彼女たちは戦闘態勢に入るが、蜘蛛をコピーした『PODE』は捕えた雛を捕食するためにその場から一瞬で逃げた。
「雛君!!」
レイテットが手を伸ばして叫ぶも、雛にレイテットの叫び声は聞こえない。それほど距離の遠い場所まで一気に持ってかれてしまったのだ。
※
古びた家屋。
雛を捕えた『PODE』はその古びた家屋に入って行く。家屋内は蜘蛛の巣だらけであり、埃が盛大に漂っていた。まさしく誰もいないことを示しており、廃屋といった様子だ。
「うぐっ……!」
雛は更に牙を押し込まれ、胸をキツく圧迫される。あまりの圧迫に思わず雛の声が漏れる。雛はこの状況を打開するためにレッグホルスターに手を伸ばそうとするものの、圧迫されることによって力が抜けて行った。
抵抗出来ない雛は『PODE』によって一際大きい蜘蛛の巣に移される。
「くそ」
蜘蛛の巣に捕えられた雛は脱出しようと試みるが、蜘蛛の巣の粘着力が凄まじく身動き一つ出来ない。
このままでは『PODE』にされるがままだ。
「どうする?」
雛は蜘蛛の巣で捕えられたままで、状況を確かめるために周りに目を向けた。視界に入ってくるのは腐った壁と床、腐り切った道具の数々。そして床にあるのは蜘蛛型の『PODE』が食い散らかしたであろう人間の肉片と千切れた人間のパーツ。床一面は血で染まっており、食い方の凄惨さを物語っている。
「使える物はなにもないか……」
道具は腐り切っており、使い物にならない。そもそも使えるとしても雛はそこまで手を伸ばす術を持たない。
「脱出する糸口が見えない、待つしかないか」
諦めた雛は巣に捕えられたまま救助を待った。
その諦めた雛を『PODE』は脱出させないかのように静かに見つめていた。
※
「雛君助けに行くわよ!」
「はい!!」
「うん」
彼女たちは攫われた雛を救いに建ち並ぶ民家の間を走る。舗装された道路の上を駆け、蜘蛛型の『PODE』の逃走ルートを辿る。
しかし逃走ルートを辿る途中には障害となる者が徘徊していた。
「敵……!」
アイーラは持ち前の目の良さで徘徊しているパーツの欠けた人型の『PODE』を発見。アイーラが敵であることを告げ、一番焦っているレイテットが「こんなときに!」と愚痴を溢した。
「美保さん、どうします?」
「どうするこうするもないわ、強引に突破するまで」
美保が先頭を走り出し、『PODE』に突撃するように勢い良く走る。美保と『PODE』の距離が近くなり、美保の接近に気付いた『PODE』は振り向き、美保に組み付こうとする。しかしその前に美保が軍用スコップで『PODE』を殴り倒し、『シールド細胞』にスコップの先端を突き刺した。
「ヴォ!?」
絶命の声を上げる『PODE』は蒸発し、消えた。
障害となる者がいなくなり、彼女たちは再び駆け出す。
「また敵!」
駆け出して早々、アイーラが敵である『PODE』を発見する。
本来なら動きを止めてから安全に戦うべきだが、一刻でも早く雛を救うという心を強く持っている彼女たちは動きを止めない。
「左に敵……待って、もっといっぱいいる」
無数の物音と唸り声、そしてパーツの欠けた人型『PODE』。それらがアイーラの目と耳に入ってきて、思わず動きを止めた。アイーラの危機感を感じ取ったレイテットと美保も動きを止める。
「敵は何体?」
「かなりいる……五十体は確実」
アイーラの言う敵の数を聞き、美保は舌打ちを打つ。
このままでは救出どころか、下手すれば集まってきた『PODE』に袋叩きにされて全滅する。
「戦うしかありませんよ、美保さん!」
「そうね、やってやりましょう!」
「!」
彼女たちはそれぞれの武器を構える。美保は自身に気合を入れ、アイーラは敵を仕留めることに集中する。そしてレイテットは己の正義に誓った、仲間を助けるという使命を思い出す。
「雛君、絶対に助けるから! どうか無事でいて」
祈るように言い、レイテットはドラグノフのアイアンサイト越しにパーツの欠けた人型の『PODE』を見つめる。
レイテットのその目には雛を絶対に助けるという固い決意があった。
「ふぅ……そこを退きやがれ! このクサッタレが!!」
レイテットの怒号が飛んだ。腹から声を出すようにして出た怒号は僅かながら『PODE』を怯ませる。
気合は十分。己の正義の火に油が注がれる。すぐに闘志が煮えたぎり、身体を震わせるほど興奮し始める。
「うぉおらああああ!!!」
レイテットは大量の『PODE』に向かって駆ける。ドラグノフに付けた銃剣の先を向けての突撃である。
レイテットの突撃を皮切りに戦闘は開始される。アイーラは狙いを定めて引き金に指を掛ける。美保は軍用のスコップを持ち、近寄ってくる『PODE』を迎撃。
雛を救出するため、彼女たちの強引な突破が始まった。
次回『直接対決』お楽しみに!




