第二十九話 本当の自分
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時刻は午前十時。
外は雨も雲もない天気。
気持ち良いぐらい晴天の空で太陽が輝いている中、家ではゼラとレイテットの感情に任せたキスの一件が話題となっていた。
「で、どうしてキスしていたの?」
「そ、それはですね……」
全裸のままの美保がニヤニヤとしながらレイテットを問い詰める。レイテットは困ったような表情で両手を前に出していた。
そんな二人の光景をアイーラとゼラはじっと見ていた。
「えーと」
「ほら早く教えて」
美保が色気のある声でレイテットの顔に迫っていく。美保の表情や声にあまりの色気があり、レイテットはたまらず顔を赤くした。
ゼラはただ黙ってその光景を見ているが、アイーラはその光景を見て気分が盛り上がってきていた。
「い、言います! 言いますから、美保さんは服を着てください!」
「良いじゃない。減るものでもないし、開放的だし」
そんな風に言う美保に対してアイーラが「うんうん」と肯定するように頷く。
「ちょっと、アイーラ! 美保さんの言うことに賛成しないの!」
「でも開放的だよ、なにも考えないで良いんだよ?」
「ダーメなの! ゼラ君、アイーラと美保さんになにか言ってやって!」
唐突にレイテットから話しを振られたゼラは冷静沈着な目を周りに向けて言い放つ。
「全裸は風邪を引く可能性がある。やめた方が良い。しかしそちらが性行為する際に気分を盛り上げたいのであれば全裸は悪くないと思われる」
ゼラの「性行為」という発言に、彼女たちは若干顔を赤くさせる。妙な空気が流れ始め、彼女たちの視線はゼラに向けられていた。
彼女たちから視線を浴びているゼラは少し気まずくなっており、視線が彼女たちに合わないように窓の外へ向けていた。
「とにかくだ。全裸はまずい。服を着た方が良い」
リビングに流れる妙な空気を打ち壊すようにゼラは言った。
美保はゼラの言うことに従って、自室に戻り、服を着て、リビングに戻ってきた。
今日の美保の衣服もメイド服である。
「レイテット、さっきのキスの件について聞かせて」
「は、はい」
美保は再度問い詰める。レイテットは遂に観念したようにその口からキスした事情を話し始める。
「昨日のゼラ君、おかしかったじゃないですか。だから私は色々ゼラ君から聞いたんです。ゼラ君の過去とか……。私はゼラ君の過去についてどうにか役に立ちたかったんですけど、ゼラ君が余計なこと言うから怒ったんです。それで暴力とか暴言とかしたくなかったから代わりにキスしたんです」
レイテットは真剣な眼差しで美保に伝える。
その真剣さが伝わり、美保のそれまでニヤついてからかっていた表情はなくなっていた。
「そうだったの。なんか、ごめんなさいね」
「いえ、別に良いですよ。それより私はゼラ君のことが心配で……」
彼女たちの視線がゼラの方に向けられる。
ゼラはただ黙って、視線を浴びていた。どういうことか説明を求められれば答える気でいる姿勢でイスに座ったままじっとしている。
「ゼラ君……私たちにも教えて。あなたの過去、昨日のあれの原因を」
美保は知りたいように告げる。知ることは好奇心から来るものではない。ゼラを助けたいがためだ。
「分かった。話す」
美保とアイーラはゼラの悪夢に耳を傾け、その全てを知る。
二人がゼラの過去を聞いている間、レイテットはその悲惨さを再確認して顔を俯けた。
そして、しばらくして美保とアイーラは全てを知り終えた。
美保の顔は暗く、知らなくて良いジメジメとした気持ち悪いものを知った気持ちになり、あまりの暗さに胸を押さえた。今まさにレイテットと同じ気分を美保は味わっている。
ただアイーラは違った。まるでそれを知っているかのような様子で、いつもとは違うどこか悲しげな表情をしていた。
「いやね、そのいじめた奴ら」
「だが、もう過ぎた事実だ。気にすることなんてない」
毒を吐いた美保。しかしゼラはもう気になってないように言う。
感情的になっている美保は「気にしないなんて、私なら出来ないわ」と憤りの感情を持って告げる。
「私もきっと許せない。だから私はゼラ君の味方だよ」
「アイーラの言う通り、私も味方だから助けられることがあったらちゃんと言ってね?」
レイテットと同じく優しさのある想いをアイーラと美保は言う。
その想いを届けられたゼラは胸の内を解放されそうだった。それはダムの決壊に見立てることも出来る。今にも溢れそうで、壊れそうで、解放されそうな気持ち。
そのよく分からない気持ちのゼラは、なにも言えない。そのまま少しの沈黙が訪れる。
しばらくしてゼラが沈黙を破るように口を開いた。
「この話題は雰囲気を暗くするばかりだ、止めにしよう。俺は武器の手入れをしているぞ」
ゼラはレッグホルスターに手を伸ばすが、9mm拳銃はそこにはない。そのまま思い当たるところを探し、自身が背負っていたリュックサックの中を見る。中には丁度9mm拳銃が入っていた。それを取り出し、手入れを始めようとテーブルの席に座る。
9mm拳銃がテーブルの上に置かれ、ゼラの手がなぜか止まる。
「なんだろうな」
ゼラは呟き、彼女たちに視線を向けた。
その目は涙で潤んでいた。過去のことをようやく吐き出せたからか、彼女たちの優しさが麻痺した心に沁みたのか、それはゼラには分からない。だが、ゼラ――雛は確実に肩の荷が下りていた気がした。
「俺……」
涙がポツリと落ちる。
心のダムが決壊し始める。
涙が一気に流れ始める。
ゼラはその涙を止める術を知らない。
「俺は……」
しかし彼女たちはその涙を止める術を知っている。
レイテットはゼラの後ろから抱きしめる。直接伝わる優しい人肌の温もりがゼラを包み込む。
美保は両手でゼラの左手を握る。その手から伝わってくる優しく柔らかい感覚は悪夢を忘れさせてくれる。
「情けないな……本当」
優しさと温もりに心を解放されたゼラは震える声で告げる。
美保の手がその涙を拭いていく。
レイテットの温もりが凍てついて麻痺した心を温めていく。
落ち着いてきたゼラは震え声を隠せない。
「情けなくないわよ」
「そうそう美保さんの言う通り、人って言うのは一人じゃ強くないんだから!」
レイテットと美保の優しい言葉がゼラの心に沁みる。
ゼラは心の底から二人に頼っていた。それによって安心を得て、怖さを消し去る。そうでなければ強大な悪夢は乗り越えられない。
「……ありがとう」
「どういたしまして!」
「ふふ、ようやく素直になった感があるわね」
ゼラ――雛は素直にお礼を述べる。それは心からのお礼であり、初めて自らの全部をさらけ出してのお礼だった。
「俺、本当の名前言うよ」
彼女たちの優しさと信頼。それを信じる形で今のゼラは震えた声で本当の名――三木林 雛という名を明かそうとしていた。
もうそこに女の子らしいなどという不安要素はない。ただゼラは絶対に彼女たちを信じるという心で言うのである。
「三木林 雛。これが僕の、俺の本当の名前」
ゼラの本当の名を聞いた二人は〝信じてくれた〟という気持ちになり、信頼のある笑みを浮かべる。
そしてレイテットが「やっと聞けた。そんなに変な名前じゃないよ」とゼラの耳元で優しく囁き、頭を撫でる。ゼラ――雛はコクリと頷き、涙を流しながら笑みを浮かべていた。
信じて良かったと、全部吐き出して良かったと、ゼラは心からそう思えた。
そうして今日という生きていて幸福な時間をゆっくりと過ごしていく。
前書きで取り返さなくては書いている自分であるが、ネタは十分あるのに上手く書けない症候群が発生して執筆速度が遅くなるという定期。




