第二十八話 自分の影
夜は過ぎ、朝日が昇る。新しい朝が訪れる。
時刻は午前九時だ。
「?」
レイテットの部屋にある窓から太陽の光が差し込み、ゼラの顔を照らした。照らされたゼラは目を覚ます。
視界に入ってくるのは絨毯が敷かれた床だ。
「……ん?」
ゼラの全身が妙に痛んでいた。そんな痛む身体を起こし、ゼラはあちこちに視線を向けて現状を確認する。
窓から差し込む太陽の光。木製の机。その机の上に整理されて置かれているキャラのグッズと少しのメイク用品。壁に立てかけてある銃剣付きのドラグノフ。散乱したベッド。
「ふひ」
ベッドの上で声を出して寝ているレイテット。相当寝相が悪いのか、ベッドの上で大の字になっており、完全にベッドを占拠していた。
ゼラはベッドを占拠するレイテットを見て、把握する。レイテットの寝相の悪さによってベッドから落とされたことに。
「なるほど、だから落ちていたのか」
なぜ床で寝ていたのかを理解し、ゼラは立ち上がる。
ゼラが立ち上がる際の足音に気付いたレイテットは目を開いて「ほわぁ」とあくびを出した。そのまま目を擦り、眠たそうな雰囲気を無くすようにして完全に目を覚ました。
「ふんー……はぁ」
レイテットはゆったりした動きでベッドに座り、身体を伸ばす。身体を伸ばし終えたレイレットは視線を立ち上がっているゼラに向けて「おはよう!!」と元気な挨拶をした。
「おはよう、レイテット」
ゼラはレイテットに挨拶を返す。
挨拶を返されてニッコリとしているレイテットはベッドから立ち上がる。
「意外と背が高いんだな」
改めてレイテットの全身を見つめたゼラは呟く。
ゼラの身長が172cmなのに対してレイテットは170cmだ。ゼラとレイテットの目線の高さは大体同じくらいであり、若干ゼラが高いくらいだ。
「ふふん、まぁね!」
元気いっぱいに返事を返すレイテットはパジャマ姿のままリビングへの扉を開いた。
「レイテット」
ゼラに名前を呼ばれたレイテットはリビングへ行こうとしているその足を止めて「なーに?」とゼラの方に振り向いた。
「昨日は見苦しいものを見せてしまったな……さぞかし気持ちが悪かっただろう。だから昨日のあれは忘れてくれ。俺も忘れるし、もうあんな見苦しい姿は見せない」
決意するようにゼラは言う。悪夢が再び訪れても耐えてみせると心に決め、父に教えられた「強く在れ」という言葉を今こそ強く実行に移す。
ゼラの目からは昨日レイテットに一度だけ見せた少年のような目はない。そこにあるのは鋭いナイフのような殺意の目だけだ。
その殺意に満ちた目とレイテットの目が合う。
「全然気持ち悪くなかったよ、むしろ可愛いぐらい」
「え?」
レイテットの予想外な反応。ゼラは思わず口が開いたままになり、どう言葉を出して良いか分からなくなっていた。
そしてその目から殺意はなくなり、ひたすら疑問を差し向ける目になっていた。
「だが、成人した男があれでは――」
「ゼラ君?」
自分を否定するように話すゼラ。その口を塞ぐようにレイテットの指が触れる。
ゼラは話すことを止められ、レイテットの話を聞く姿勢になった。
ゼラの口から指を離し、レイテットは口を開く。
「私はゼラ君より年上だし、別に頼ってくれても良いし、甘えてくれても良いんだよ? それにさ、前にゼラ君に命令したじゃん。私たちに頼ることって」
「しかし――」
「しかしもだがもなし。ゼラ君は一人で背負い過ぎなの、ちょっと私たちに頼るくらいで怪我だってしなかったかもしれないし」
「それは……心配をかけたし、すまないと思っている」
「すまない、じゃないの。だから――」
子供のように俯いたゼラは柔らかい感触と人肌の優しい温もりを感じる。
レイテットはニッコリとした表情で、ゼラを抱きしめていた。そしてその口から出た言葉は「私たちのことを頼って」という想い。
しかしゼラ――雛はその想いを素直に受け取れない。受け取れば「強く在れ」という教えに背くからだ。
「分かった」
口で言っても頼ることはない。
「強く在れ」という教え。ゼラは身体と心に無理やり植え付けられたこの教えを実行し続ける。
「本当に?」
「あぁ、本当にだ」
ゼラは表情を変えずに答える。
ゼラの言葉を信じたレイテットは「よし、じゃあリビングに行こう!」と元気いっぱいに言ってゼラの手を引っ張りながらリビングに移動した。
リビングには誰もいない。まだアイーラと美保は起きてきていないということだ。
とりあえずといった雰囲気でゼラとレイテットはテーブルの席に座る。
「ねぇ、ゼラ君」
二人きりの空間でレイテットが話しかける。
ゼラは首を傾げて「なんだ?」と答えた。
「昨日のことなんだけど……なんであんなに痛がっていたの?」
「それは……」
「教えて、これは命令」
「了解」
そこから命令通りにゼラは自分の悪夢を語り始める。
ピアノのこと、いじめっ子のこと、左手のこと、悪夢の全てを語る。全てを語るには一時間ほどを要した。
時刻は午前十時。
悪夢の全てを聞かされたレイテットから明るい表情がなくなっていく。代わりにあまり見せない暗い表情が表に出てきていた。
「そんなことが、あったんだ……」
「そうだ。だが、俺は大丈夫だ。もうあんなことにはならない」
「嘘だ」
ゼラが言葉を重ねる度にレイテットも言葉を重ねる。
「ゼラ君はまたあんなことになると思う。今のゼラ君見ていると尚更そう思える」
「そうか……」
「私に出来ることある?」
レイテットは問うが、ゼラは答えない。実質レイテットに出来ることなどないのだ。
答えてくれないことである程度察したレイテットは「ごめんね」と一言だけ謝った。
「謝らないでくれ。レイテットはなにも悪くない」
「だけど役に立てないのは嫌、どうにかして役に立ちたい」
「レイテットは俺を何度も助けてくれた。だからお相子かそれ以上だ、そんなに役に立たなくて良い」
「っ!!」
イスの倒れる音がリビングに響く。
レイテットはゼラを押し倒していた。ゼラの「そんなに役に立たなくて良い」という言葉がレイテットを怒らせたのだ。
「レイテット、どうした?」
「ゼラ君の初めて奪うね」
「ん? 一体なにを――」
お互いの唇が触れ合う。ゼラは無理やり口を封じられ、レイテットは怒りのままに息を荒げている。
ゼラは抵抗しようにもレイテットの力が強く、押し倒されている状態から抜け出せないでいる。
「ん……はぁ」
「……!」
「ゼラ君が悪いんだからね。余計なこと言うから!」
息だけじゃなく声をも荒げてレイテットは言い、再び唇を触れ合いさせる。ゼラは口を塞がれ、レイテットと同様に息を荒げさせた。
そして唇を触れ合いさせ続けて数分。
レイテットの怒りが鎮まってくると、ようやくこの行為がキスだということを自覚し始めた。レイテットは恥ずかしくなってきて顔を真っ赤にさせ、唇をすぐに離した。
「えーと、マジごめん!」
「…………」
レイテットは必死になって謝るが、肝心のゼラはなにも言わない。
「謝らなくて良い」や「大丈夫」という言葉がないことに相当不安になったレイテットはゼラの機嫌を窺うように顔を見た。
「レイテット」
「は、はい……」
「お返しだ」
「え!?――」
またお互いの唇が触れる。今度は攻守交代したようにゼラが積極的に唇を触れさせている。
柔らかくて乱暴なキス。それはお互いの感情はただ昂らせるものであり、恋愛的なものには至らない。
「おはよう」
「おはよー」
アイーラと美保がリビングに入ってきた。そして二人が朝一番に目にしたのは、ゼラとレイテットが激しく絡み合ってキスしている姿である。
「な、な! な!!」
パジャマ姿のアイーラはそんな衝撃的な光景に言葉を失い、顔を赤くさせるしか出来ないでいた。
「かなり、大胆ね」
ゼラとレイテットのキスしている光景を見つめる全裸の美保は苦笑いしか出来ない。
「あー……ああぁぁぁ!!」
「?」
レイテットは恥ずかしさのあまり、すぐさまゼラから離れた。
まさに大胆な朝の始まり方である。
意外にキャラの行動って時に予想出来ないこともあるのだ




