第二十七話 夜
時刻は午後九時。家の外はすっかり暗闇に覆われ、空には星々が見える。
月の光がレイテットの部屋に差し込む。レイテットの部屋は先ほどの騒ぎが嘘のように静かになっていた。
その騒ぎの元となったゼラはトラウマに疲れて眠っている。ガスマスクと戦闘ヘルメット、靴を脱がされてベッドに横になっているゼラ。大きないびきはなく、子供のように寝息を立てている。
「ゼラ君……」
ゼラが眠っている横でレイテットは呟く。
既にレイテットは晩ご飯を食べ終え、犬の絵がプリントされた黄色のパジャマに着替えていた。
寝る準備が出来ているレイテットはゼラが眠っている横でイスに座っていた。
「どうしてあんなに叫んでいたの? 嫌なことでもあったの? それとも傷、そんなに痛かった?」
眠っているゼラに、レイテットは不安な表情で疑問を投げかける。ゼラは眠ったままでなにも言わない。ただ寝息を立てている。
時間が経っていく。
不安が次第に消えていったレイテットは起きないゼラの顔をいじり始めた。暇つぶし程度に鼻をプニプニと触り、人差し指で頬を突っつく。
「うわぁお、意外と柔らかい」
ゼラの柔らかい頬を触る指は止まらない。
プニプニと突っつき、頬を撫でる。それをレイテットは暇つぶしにして繰り返した。
「プニプニ、プニプニ」
触る度に声を出すレイテット。良い触り心地であり、ニコニコと笑みを浮かべる。
「ん?」
レイテットが顔をいじり過ぎたのか、ゼラが目を覚ました。
目を開けて、ベッドの柔らかさをその身に感じる。そして指から伝わってくる温もり。
ゼラは指の主が誰か知りたくて、レイテットの方に向いた。
目を覚まさせてしまったことに驚くレイテットは口を開いた。
「あ、起こしちゃった!」
「構わない……しかしここはどこだ?」
「ここは私の部屋。敵はいないから安心してね!」
ゼラの質問をレイテットはいつもの明るさで答える。
ゼラは顔を俯かせ、再度質問をレイテットに投げかける。
「ミサイル車は全部破壊出来たか?」
「うん、バッチリ破壊出来たよ!」
不安そうな表情を浮かべるゼラ。レイテットはその不安を消し去るように元気よくミサイル車を破壊したことを告げる。
作戦が成功した。それを確認出来たゼラはホッと胸を撫で下ろし、安心した。
「ほらほら、添い寝してあげるから今日はもう休もうね!」
もう夜遅い。眠くなっているレイテットはゼラに添い寝するようにベッドに潜り込んだ。
「いや、俺はイスで寝るから大丈――」
ベッドから出て行こうとするゼラはレイテットに力強く押さえられた。
ムスッとしたレイテットとゼラの目が合う。
「ダーメ、ちゃんと一緒に寝るの! 分かった?」
「だが――」
「これは命令だよ」
「了解」
強い口調で言われた命令にゼラは大人しく従う。
ゼラが大人しくなると、レイテットの表情は元の明るい表情に戻っていく。そしてゼラの身体にくっ付いた。
「…………」
ゼラは気にすることも離れようとすることもなく、ただレイテットの温もりを感じる。その温もりは不思議とゼラを安心させる。
「ん?」
左手の違和感に気付く。ゼラは自身の左手を見つめる。
左手は包帯で巻かれており、血が滲んでいた。
血の滲み。紅く染まる鍵盤。
蘇ってくる痛み。何度も刺される左手。
悪夢。
「!!」
ゼラはトラウマを徐々に思い出していた。見えるはずのないいじめっ子たちが周りを囲み始める。
ハサミを持ついじめっ子が前に立っている。それと同時にピアノが見え始める。
悪夢が再び始まろうとしていた。
「はぁ……はぁ……!!」
見えるはずのないものが見えてきたゼラは息が荒くなり始める。
ゼラの異変に気付いたレイテットはその優しく温もりのある手でゼラの左手を握った。
「大丈夫、私がいるから」
絶対に助ける。
その言葉を己の正義に誓ったレイテットはゼラが落ち着くまで左手を握った。
「レイテット……僕、怖い」
「ぼ、僕!?」
突然子供のような口調になったゼラ。それは今までレイテットが見たことのないゼラの子供らしい一面であり、驚くしかなかった。
レイテットは急な展開に着いて行けず、ゼラの様子を見ることしか出来なかった。
「怖い……」
「え、えっと、とにかく大丈夫! 私が一緒にいるから安心して!」
トラウマで涙目を浮かべているゼラがレイテットに助けを求めている。レイテットはどうしようか焦るものの、安心させようと左手を握り続けた。
「はぁ……はぁ……!」
ゼラの呼吸が乱れ、荒くなり続ける。
振り上げられるハサミ。ハサミの刃は左手を捉え、今にも刺そうとしている。
「ぐっ!!」
振り下ろされるハサミ。左手に刺さる直前、ゼラは痛みに耐えようと歯を食いしばり、目を閉じた。
左手に刺さろうとした瞬間、柔らかいものがゼラの顔に当たった。ハサミが刺さるとは全く別の感触。伝わってくる人肌の優しい温もり。
ゼラは幻覚に怖がりながらゆっくり目を開く。
「レイテット」
ゼラの目の前にはレイテットの控えめな柔らかい胸があった。
左手に刺さるハサミ、鍵盤が血に染まるピアノ、取り囲むいじめっ子、それらはゼラの視界から消えていた。
「大丈夫、絶対に私が守るから」
年下に優しくするお姉さんのように、レイテットはゼラを包み込むようにして抱きしめていた。
ゼラ――雛は心から安心し、レイテットを抱きしめた。
「お姉ちゃん、ありがとう」
「ど、どういたしまして」
子供のような上目遣いでゼラ――雛はお礼を言う。
いつもの姿からは想像が出来ないゼラの姿に違和感しかないレイテットは戸惑いながらも言葉を返した。
そのままゼラは安心して、レイテットを抱きしめたまま眠った。子供のように小さな寝息を立てているゼラに対してレイテットは「まぁ仕方ないね」と小声で呟き、ゼラを抱きしめたまま眠りに入る。
悪夢は立ち去った。消えた訳ではない。また悪夢はどこかで訪れてくる。
今はただ夜が過ぎていく。
ゼラ――雛はそこまで強い人間じゃないのです。でも、強くないからこそ強くなっていくのです。




