第二十一話 出発の朝
朝日が昇ってくる。リビングの窓から昇り始めたばかりの微かな陽の光りが入り込む。
ゼラは予定通りに目を覚ました。
時刻は午前五時、早朝である。
「実行に移すか」
若干の緊張感と共にゼラは動き出す。
足音を立てないようにしてリビングを歩いていき、美保の部屋へと入り込む。美保の部屋の机にはガスマスク、タクティカルグローブ、戦闘用ヘルメットが置いてある。ゼラはそれらを手に取り、音を立てないように静かに退室した。
ゼラはガスマスクと戦闘用ヘルメットを頭に被り、タクティカルグローブを手に付ける。これでいつ戦闘をしても良い格好になった。
「行くとしよう」
リュックサックに隠しておいた9mm拳銃をレッグホルスターにしまい、リュックサックを背負った。
ゼラは玄関を静かに開けた。扉は開けられ、外の微かな光りがゼラの姿を照らす。
「行ってきます」
ゼラから一言呟かれる。
今ここに地対空ミサイル破壊作戦は開始された。
ゼラの足は前進を始める。最初の一歩を踏みしめ、次の一歩を踏みしめようとする。だが、ゼラの足は進まない。ゼラの背中が誰かに引っ張られていたからだ。
ゼラは進ませる足を止めて、誰に引っ張られているのかを確かめるために後ろに振り向いた。
視界に入ってきたのは艶やかな黒色の髪をした下着姿の人物――ゼラの背中を引っ張っているのは美保だった。
「どこ行くの?」
「…………」
内緒に事を進ませてしまったゼラは美保の質問に答えられなかった。
この場を重い沈黙が包む。
美保は悲しんでいるのか怒っているのか、複雑な表情を浮かべていた。沈黙が破られるように美保は言う。
「きっと、ミサイル車の破壊でしょう? それを独りで行こうとしたんだよね……なんでなの?」
「それは美保さんたちの安全性を考慮して――」
「バカじゃないの!!」
美保の怒号が飛んだ。同時に、独りでどこにも行かせまいとゼラを押し倒した。
「ゼラ君、この前独りで違うルート行ってどうなったか覚えていないの? あれだけ怪我して……それでも独りで行くっていうの?」
「あぁ、例え不利な状態でも俺は行く」
「なに考えているのよ……死ぬつもりでいるの?」
「戦う者として死ぬ覚悟は出来ている」
ゼラの言葉を聞き取り、美保のなにかが切れる音がした。
「ふざけんじゃないわよ!! ゼラ君が負傷して動けなくなった時、どれだけ心配したと思っているのよ!!」
「それはすまないと思っている。だから負傷しないように気を付ける」
「そうじゃない、そうじゃないの……」
「…………」
「お願い、そのまま生きてて」
ゼラを叱る美保の目から一つの雫が落ちた。それが涙だと認識したゼラは「すまない」と謝るしか出来なかった。
涙と共に美保の震えた声が出てくる。ゼラを押さえる力は「独りでどこにも行かせない」という美保の言葉の下、勝手に強くなっていた。
自分が悪いことを自覚しているゼラは抵抗をしなかった。
「ゼラ君」
レイテットの声がゼラの耳に入った。ゼラは美保の怒号で目を覚ましたパジャマ姿のレイテットを見つめる。
レイテットの表情は暗い。
「私たちもいるんだから頼ってよ……」
いつもの元気がない暗い声で、レイテットは押し倒されているゼラに近付いた。暗い顔をゼラの無表情な顔に迫らせる。
「一緒に行けないって……私たちじゃ足手まといってこと?」
「そういうことじゃない。安全性を考慮してのことだ」
「それなら私もゼラ君の安全性を考慮して行かせない」
意地悪く言うと、レイテットは暗い顔からいつもの明るい顔に戻った。そのまま美保と同じようにゼラを押さえ込む。
「美保さん! 部屋にゼラ君を連行しましょう!」
「う、うん」
レイテットの明るい声に押された美保は出てくる涙を抑え込む。
意地を悪くしたレイテットはゼラの上半身を持ち、泣き止んだ美保はゼラの下半身を持った。ゼラは下手に抵抗せず、されるがままにアイーラの部屋へと連行された。
ドタバタと大きな音を立ててアイーラの部屋へとゼラは連行され、まだベッドで眠っていたアイーラは「なに? 地震?」と目を覚ました。
「アイーラ、起きて! ゼラ君連行してきた!」
「あい!?」
レイテットの明るい大声が部屋に響き渡る。アイーラはその大声で眠気が吹っ飛び、しっかりとその目を開いた。
「気持ちよく寝てたのに、なんで私の部屋に連行してきたの?」
しかめっ面でアイーラはレイテットに訊く。レイテットはニッと笑顔で答えた。
「だってゼラ君、独りでこの前言ってた作戦に行こうとしてたんだもん。年上として独りで危ないことさせられないし、それで連行してきちゃった訳よ!」
「なるなる」
レイテットの答えたことにアイーラは納得したように首を縦に振った。
そして連行されてきたゼラにアイーラが近付く。
「今からゼラ君に無能自衛官の称号を与える。ということでそんな無能自衛官は私たちの管理下に入り、有能な私たちの命令を聞くのだ! さまなくば、この場でゼラ君には私たちの性奴隷になってもらう」
「な、なに言ってるの! アイーラちゃん!」
アイーラの至ってふざけた発言に美保はツッコみを入れる。美保は自身の裸でからかう割には意外と性に関する耐性はなかった。そしてそのおふざけで目から涙は消えていた。
「…………」
ふざけた発言を前にして、ゼラは無口無表情のままでいた。しかし内心「ヤバい」と感じており、危機感を覚えていた。ふざけた発言をしてきた相手は民間人だ。自衛官のゼラは立場上、民間人に手を出すことは出来ない。故に現状では彼女たちの命令を聞くしか出来ないのだ。
「うりうり、ゼラ君どうする?」
まるで悪者のような振る舞いのアイーラはゼラの頬をツンツンと突いた。突かれているゼラの横にいるレイテットは明るい顔でおり、美保は〝性奴隷〟という言葉が頭から離れずに頬を赤くさせている。
「ほら、命令を聞くの? それとも性奴隷になるの?」
「…………」
アイーラの問いに対してゼラは黙ったまま思考した。
性奴隷になるのか、彼女たちの管理下に置かれるのか。ゼラはその頭でどちらの選択が命を失うリスクと人としての尊厳を失うリスクが低いかを考えた。
そしてその頭で決断する。
「分かった。命令を聞く」
ゼラは顔をアイーラに向け、命令を聞く選択をした。管理下に置かれるより、性奴隷にされる方があらゆるリスクが高かったからだ。それ故に管理下に置かれる方がまだリスクが少ないという点で、ゼラは管理下に置かれる方を選んだのだ。
「んふふー、良い選択であるぞい」
ゼラの選択を聞き入れたアイーラは満足そうに笑みを浮かべた。レイテットが「よし」と握り拳を作る。
「さてさて……なにを命令しようかな?」
ゼラを管理下に置くことが出来たアイーラは目を光らせる。明らかになにかを企んでいる様子だ。
その企んでいるところにレイテットが「最初に命令するのはやっぱり〝アレ〟でしょう?」と述べる。アイーラはうんうんと、なにを命令すべきか分かったように頷く。美保も分かったように笑みを浮かべる。
そして彼女たちは順番に口を開き、言い放つ。
「命令その一、私たちを頼ること!!」
「命令その二、私たちを信じること」
「命令その三、私たちを敬うことー」
レイテットが始めに自分の想いを込めて命令を言い放つ。その次に美保がこの場での年長者として自分の想いを命令という形で伝えた。しかし最後のアイーラには想いというものはなく、ふざけて命令を伝えていた。
「コラコラ、ふざけないの」
アイーラのふざけた命令に対して美保からの注意が飛ぶ。アイーラが一つ苦笑いした後、前言撤回するように改めて命令を伝える。
「こほん、命令その三、えーと……私たちと一緒に生きて」
伝えている間のアイーラの頬はほんのり赤く染められており、その様子からして恥ずかしそうにしていた。
それぞれの命令を確かに聞き取ったゼラは真剣な表情で「了解」と告げる。
「ゼラ君に命令したことだし、私たちも準備をしてゼラ君と一緒に行こうか!」
「うむ、良いぞ良いぞー。地獄の底までゼラ君に付き合っちゃうぞー」
「ふふふ、みんなで仲良く……ね?」
ゼラのために彼女たちは奮起する。
家の中は騒がしくなり、彼女たちはゼラと共に地対空ミサイル破壊作戦へ出発するための準備を始めた。
彼女たちはそれぞれの自室で、なにからなにまで気合を入れて準備を進めた。
「今日は気合を入れて行くぞー!!」
一人大声を出したレイテットはクローゼットに入っている衣服を取り出し、急いで着替えた。
レイテットはいつものTシャツとジーパンを着込んではいるものの、Tシャツの上に緑色のパーカーを羽織っていた。一見普通のパーカーだが、その背中には黒色の馬がプリントされている。プリントされた馬は今にも地を駆けようとしているくらいに迫力があり、その馬が理由でレイテットにとってこのパーカーは特別だった。
「ゼラ君、準備Okay!!」
そんな特別な格好をしたレイテットがドラグノフと弾薬、そして双眼鏡が入ったウエストポーチを持って誰よりも早く自室から飛び出てきた。
「気合入れて行くんだから可愛くしていかなきゃ」
まだ部屋から出てきていない美保は自室にて、年齢が二十九歳とは思えない如何にも二十代前半を思わせるメイド服を着込んでいた。首には落ち着いた黒色のチョーカーリボンを着用し、素足が見えないようにストッキングを履く。そして時間確認のための腕時計を着用した。
身なりはバッチリ美保の思い通りになっており、必要な物一式を持って自室から出てきた。
「お待たせ、まだ準備出来てないから少し待っていて」
そう言う美保が自室から持ってきた物は折りたたみ式軍用スコップ、念のために予備の衣服と下着が入れてあるリュックサックと空っぽのショルダーバッグだ。
美保は食糧となる缶詰めや折りたたみの傘、懐中電灯など万が一のことを考えてあまり使わないであろう物もリュックサックに詰め込んでいた。
「んー、準備準備」
一番遅れているアイーラはいつものTシャツと短パン、そしてゆったりとしたポンチョに着替えていた。着替え終わると、次に大事なAK47とその弾薬を手に持って自室から出た。
「ごめんごめん、遅れちゃった」
自室から出て、自身が一番遅かったことが分かったアイーラは謝った。
アイーラが出てきたことに気付いた美保は「私がリュックサック持って行くけど、他の二つはどっちが持つ?」と、レイテットとアイーラに訊ねた。
「じゃあ私がショルダーバッグを持って行く!」
「それじゃあ私は一番軽いウエストポーチだね」
即決するようにレイテットはショルダーバッグにドラグノフの弾薬を入れ、それを肩に掛けた。
アイーラは残ったウエストポーチを必然的に選び、中にAK47の弾薬を入れた。しかしなぜか若干重い。謎の重さに気付いたアイーラはウエストポーチを開き、中に双眼鏡が入っていることを確認した。
「レイテット、これ」
「あ! ごめんごめん、こっちに移して!」
レイテットはショルダーバッグを開き、アイーラはショルダーバッグの中に双眼鏡を入れた。これでウエストポーチは軽くなった。アイーラは軽くなったことに満足している。
「うん、これで良いかしら」
レイテットとアイーラが準備万端になると同時に美保も準備を終えた。
リュックサックを背負った美保は玄関の外で待っているゼラへと近寄る。レイテットもアイーラも同じくゼラへと近寄った。
玄関の外で踏み止まる彼女たちは口を開いて、言おうとする。
「さー、ゼラ君も元気よく一斉ので!」
レイテットの言うことでゼラは察し、彼女たちとタイミングを合わせた。
「行ってきます!」
その元気な声は四人一斉に重なる。仲間を想う心が重なった証拠だ。
息を合わせることが出来た生存者たちは用心のために拠点である家に鍵を掛けた。
今度こそ本当に地対空ミサイル破壊作戦は決行に移される。
時刻は午前七時。地平線の向こう側から現れた太陽が生存者たちを煌煌と照らした。
それまでゼラの周りを集っていた〝孤独〟という文字は太陽のように輝く彼女たちの想いによってすっかり消し去られていた。
生存者たちは足を進ませる。そこに不安や恐怖はない。あるのは確かな信頼と温もりのある想いだった。
仲間と助け合えば生き残れる確率は格段に上がる




