第十九話 手伝い
時間はただ過ぎていく。
レイテットの元気な大声、レイテットを制止するようなアイーラの声、年長者として二人を注意する美保の声、子供の頃を思い出しているようなゼラの寝言。それぞれの声が風に乗って飛んでいく。
薄暗い雲は雨を降らし続け、時間が経つにつれて空は暗くなっていった。夕日が出てくることはなく、月さえも出ることはない。
雨と厚い雲が空を覆っていた。厚い雲の上では夕日が落ち、代わりに月が出ている。
その月もいずれは落ちて行く。
誰もが「おやすみ」を言って寝ている夜中に突入していた。段々と時間は過ぎて行く。
月は沈み、空を覆っていた厚い雲は消えていた。
沈んでいく月の代わりに太陽が昇り始める。
太陽の光りは意図せずして家の窓に入り込む。
時刻は午前八時。人間であれば起きる時間である。
「……?」
窓から入り込んでくる太陽の光りが閉じた目に当たった。目を閉じていても眩しさが伝わってくるゼラはもぞもぞと身体を動かした。身体がなにかにぶつかり、違和感を覚える。
ふと目を開けたゼラの視界に飛び込んできたのは下着で隠されてない綺麗な肌色をした豊満な胸と胸の中心にある綺麗なピンク色をした突起だった。
ゼラはしばらくそれがなにかを認識出来ないでいた。
「ん? おはよう、ゼラ君」
胸がゆさゆさと揺れて、その豊満な胸の持ち主である美保が目を覚ます。
ゼラは動く美保の顔を見つめ、先ほどの胸とピンク色をした突起は美保の身体の一部だと冷静に認識した。
「おはようございます、美保さん」
ゼラはいつもの無表情で挨拶を返した。挨拶に対して美保はニッコリと笑みを見せ、ベッドから抜け出した。
ベッドから抜け出した美保は全裸であった。窓から差し込む太陽の光りが美保の身体を照らし、光りによってデリケートゾーンを丁度隠していた。
「ふふ、私の身体で興奮してる?」
「興奮はしていない。とりあえず服を着た方が良い、風邪を引いてしまう可能性がある」
「もう……ゼラ君は男なんだから、ちょっとは興奮してよね。からかえないじゃない」
興奮もなにもしないゼラに対して美保はムスッとした表情を浮かべる。その表情のまま美保は部屋にあるクローゼットから下着と作業着を出してすぐに着替えた。
作業着は農家の人間が着るようなものだ。
「ゼラ君は動ける?」
「あぁ、なんとか……」
「ちょっと手伝ってほしいことがあるの」
「なんだ?」
ゼラが言ったところで、美保の表情が真面目なものに変わった。
その表情のまま美保は口を開く。
「無理をしない程度で良いから一緒にバケツ稲の収穫やってほしいの」
「稲……米の収穫だな?」
「そうよ」
美保はコクリと頷く。ゼラはベッドに座り、自らの戦闘服を手に取った。戦闘服は血で汚れ、一部焦げ跡があった。それでも他に着る物がないゼラは身体に負担を掛けないように座ったまま着替えた。少し時間は掛かるもののゼラは戦闘服に着替え終わる。ガスマスクと戦闘用ヘルメット、タクティカルグローブは付けずに部屋の机に置いたままだ
「大丈夫?」
「大丈夫だ、特に問題はない」
「それじゃあ外に行くわよ」
美保は部屋の扉を開き、ゼラがちゃんと立てるか見守っていた。これでまだ立てない状態なら無茶をさせないように、美保はゼラを寝かせるつもりでいた。
しかしゼラは怪我の影響がないかのように立つことが出来た。そのまま確かな足取りで美保の方にまで歩いていく。
「本当に無理してない?」
美保は心配そうに訊くが、ゼラは一言「大丈夫」と答えた。
安心したように美保はゼラと共に部屋を出た。リビングを通り、靴を履いて玄関を出る。玄関の外ではTシャツとジーパン姿のレイテットとTシャツと短パン姿のアイーラが手を汚しながら四つある内の二つのバケツ稲を収穫していた。
玄関の扉が閉じられる。その音に気付いたレイテットとアイーラはふと玄関の方へ目を向けた。
「美保さーん、手伝ってくださいよー!」
「むぅ……上手くいかない」
稲の収穫に手こずっているレイテットとアイーラは美保とゼラが家から出てきたことに気付き、助けを求めた。
美保はやれやれ、といった表情を取った。ゼラは無表情のままレイテットとアイーラの様子を見つめている。
「手伝ってあげるから、パパッと終わらせるわよ?」
「あーい」
「はい!!」
美保は稲の収穫を手伝いに、レイテットとアイーラに駆け寄る。美保は慣れた手付きで手伝い、レイテットとアイーラのやっていたバケツ稲をあっという間に収穫した。
「よっしゃ、お米の元ゲットだぜ」
「ありがとう美保さーん!」
収穫出来たことを喜ぶレイテットとアイーラ。その様子を見て、美保はニッコリ笑みを浮かべる。
「収穫出来たんだし、いつもの場所に置いといてね」
「あいあい」
「はーい!」
収穫出来た稲を持ったレイテットとアイーラは家の近くにある小屋に入っていき、稲を小屋の隅にある小さな机の上に置いた。レイテットとアイーラはそのまま家に戻って行く。
レイテットとアイーラの手伝いを終えた美保はゼラを手招きした。ずっと立ち尽くして様子を見ていたゼラは美保の方へと駆け寄る。
「待たせたわね。やり方、分かる?」
「分からない。教えてくれ」
ゼラは素直に答えた。そのことに対して美保は怒ることなく、やり方を教え始める。
「やり方は簡単、はさみを使ってこの部分を切るだけ。と言ってもちょっと力はいるし、手を切るかもしれないから気を付けて」
「了解した」
ゼラは美保からはさみを受け取り、早速収穫の作業に取り掛かる。
美保に指定された稲の根元部分にはさみの刃を当て、なるべく束ねるようにして上の部分を掴む。そしてはさみで一気に切る。しかし束ねられた稲はかなり太く、一気には切れなかった。
「細かくやるか」
呟き、有言実行する。はさみでしっかり切れる範囲で稲を細かく束ね、切っていく。それを繰り返し、手を切ることもなく無事に収穫を終えた。
ゼラが収穫を終える頃には既に美保は収穫を終えていた。収穫した稲を持ったゼラは稲を持って小屋に向かう美保の後ろを付いていった。
美保が小屋に到着し、ゼラの方に向くように振り返る。
「ゼラ君、お疲れさま。家の中でゆっくり休んでいて。後は私がやっておくから」
「これで良いのか? なにかあればまだ手伝えるぞ」
「別に大丈夫よ。私の実家は農家だし、そこでこき使われていたからこういう作業は慣れているの。さぁ、家の中に入って患者は休んでいて」
下手になにか言って怒られないように「了解」と、余計なことを言わずに一言だけ告げてゼラは美保に持っている分の稲を渡した。確かに稲を受け取った美保は小屋の中に入って行く。
「ちゃんと寝ているのよ?」
ゼラが家に戻ろうとしたところで、小屋の扉からひょっこり顔だけ出した美保が念入りに言った。
ゼラは「分かった」と言って、家の方へと歩いていく。ゼラが家に戻る姿を見つめていた美保は小屋に戻り、稲を食べられる白米にするための作業を始めた。
「作戦が遅れる……早く実行に移さねば」
自身の怪我のせいで地対空ミサイル破壊作戦の遅れていることに焦りを感じながらゼラは家に戻っていく。
このままでは救出部隊はこない。来たとしても地対空ミサイルにやられる。そのため、救出部隊を来させるには地対空ミサイルを破壊する他ない。
しかし作戦を実行に移せぬまま時間はただただ過ぎていく。そして時間が経つにつれて太陽の光りは地平線の向こうへと落ちていった。




