第十二話 雛
ゼラニウム4の過去編です
ゼラ――三木林 雛が小さい頃。
雛は生まれた時から母親がいない。母親は雛を産んで死んだのである。そのため雛は父親との二人暮らしをしていた。
雛の父親は階級の高い自衛官で、雛には常に厳しくしていた。その厳しさの中には優しさなどは一切ない。
「強く在れ」「弱い人間の味方になれ」「根性を出せ」など、雛の父親は時に暴力を振るい、時に強く叱り、厳しく育てていたのだ。
結果そういう教育で、雛は強い心を持った無口無表情でなにもかも抑えた子供になった。
月日が経ち、雛は小学生になっていた。月日が経っても父親の厳しさは相変わらず、雛も相変わらずの無口無表情のまま。
雛は家でも学校でもなにも話さなかった。
授業では真面目に授業を受け、先生の言うことを聞いている。
休み時間など暇な時間ではなにもしないで時間が過ぎるのを待つだけ。普通の子供からすれば退屈で仕方がなくなるが、雛は退屈という感覚を分からない。父親の縛られた教育によって退屈という感覚が麻痺していると言っても良い。
そこから少しの月日が経つ。
小学三年生になった雛は麻痺した日々の中にピアノという物を見つけた。見つけた時、音楽の先生がピアノを弾いていた。
ピアノから出る美しい音色に初めて心を動かされた雛はピアノを触り始めた。
ピアノを触っている間の雛は無口無表情の雛とは違う本来の明るい少年らしい顔をした雛になっていた。
ピアノを始めて三年の月日が経つ。
小学六年生になった雛はいじめというものを見かけるようになった。
いじめを受けているのはいつも成績の悪い異国から来た少女だった。男子からも女子からもいじめられていたのを見ていた雛は「弱い人間の味方になれ」という父の言葉を実行した。
雛は成績の悪い少女を庇った。少女はいじめを受けなくなったが、雛が少女の代わりにいじめを受けるようになった。
雛は「根性を出せ」という言葉を信じていじめに耐え続けた。
小学六年生の最後の合唱コンクール。その前日。
それはいじめっ子のただの好奇心だった。
雛はいじめられても全く動じない。動じないなら雛が動じてしまうことをやってやろう。そういう好奇心がいじめっ子を動かした。
合唱コンクールに向けて雛は音楽の教室でピアノの練習をしていた。そこを狙って複数人で取り囲み、雛の左手をハサミで何度も突き刺した。
ピアノの鍵盤は血に染まり、雛の左手には穴が空いていた。雛は痛みのあまりに叫ぶ。
その叫び声を嬉々として周りのいじめっ子たちは聴いていた。傷を広げるほど周りは喜び、笑う。中には煽るいじめっ子もいた。
そんな笑い声と叫び声が教室を埋め尽くした。
この後先生が音に気付いて、雛を保健室に運んでいった。帰宅し、いじめのことを素直に報告した雛に対して父親が吐いた言葉は「強く在れ」、それだけだった。
後日。合唱コンクール当日。
雛の手は怪我の影響でピアノをまともに弾けなくなっていた。
虚しい想いで月日は流れて、雛は小学校の課程を修了した。
月日は経ち、雛は中学生となった。
ピアノが出来ず、いじめられる日々が続いていく毎日。あっという間に月日は流れた。
そして高校生。変わらずの人生。雛は父親の言葉を信じてなにもかもに耐え続けた。
高校を卒業し、父親に言われるまま自衛隊に入ってもなにも変わらない。
ただ「強く在れ」「弱い人間の味方になれ」「根性を出せ」を実行し続けた。
※
今のゼラはゼラニウム4ではなく、雛として暗くなる空を見上げている。
その目に涙がある。どんなに父親の言葉を信じて我慢しても、結局は虚無になる。雛は人生の無意味さを感じていた。
意識が薄くなっていく。雛は夕日が沈む中、死ぬその時を静かに待っていた。




