第四十一章 新たなる火花 電気の夜明け
新しい研究室に、四人が集められた。
ロットは、提出された論文を机へ置いた。
「読んだ」
エミルが彼を見た。
「全部?」
「途中で、こいつに読んでもらった」
ロットはフランを指した。
「最後は、俺も読めなかった」
フランが言った。
四人の学生は、顔を見合わせた。
ティオが椅子へ座った。
「だから、説明してほしい」
マイロ・ファレディックは、磁石と銅の線を出した。
エレナ・ギルバータは、琥珀と、小さな箔を吊るした器具。
ベネティス・フランクルは、屋根へ立てる金属棒の図面。
ルカ・ガルヴァニは、筋肉の反応を記録した帳簿を持っていた。
名前を呼ばれても、すぐに同じ研究をしているとは思えなかった。
マイロは磁石を机へ置いた。
「これを、線の巻いた筒へ入れると、指示器が動きます」
細い針が振れた。
磁石を止めると、針が戻った。
「持っているだけでは、駄目です」
彼は言った。
「動かすときに、何かが起きる」
ロットは、身を乗り出した。
エレナは、琥珀を擦った。
小さな紙片が引き寄せられた。
「こちらは、動かし続けなくても残ります」
「同じ力か?」
フランが尋ねた。
「まだ、同じと言えるだけの比較をしていません」
彼女は、マイロの器具を見た。
「火花と、針の動きと、線が熱くなることを、別々に調べたいです」
エミルは、実験の条件を書き始めた。
湿度。
材料。
線の長さ。
使った金属。
四人の話は、少しずつ同じ帳面へ載り始めた。
ルカは、二種類の金属を湿った材料へ当てた図を描いた。
「筋肉が動きました。最初は、動く力が筋肉から出たと思いました」
「違う?」
ティオが尋ねる。
「筋肉のない場所でも、器具へ反応を出せました。金属と、その間のものにも原因がありそうです」
エレナが図へ指を置いた。
「積み重ねたら?」
「試しています」
机の端に、銅と亜鉛、湿らせた布を組み合わせた装置が置かれた。
針が動いた。
短い線が、わずかに温かくなった。
ロットは、それへ触れようとして、エミルに手を止められた。
「お前、また同じことをする」
「今度は、やかんじゃねえ」
ベネティスは、雷の記録を広げた。
医学を学んだ彼は、落雷の負傷者を診た経験から研究を始めていた。
金属の棒を高く立て、太い導体で地面へつなぐ。
途中を切らない。
建物の中へ、わざわざ流れを引き込まない。
「雷を、実験室へ集めるのか」
フランが尋ねた。
「いいえ。建物へ落ちる危険を減らす仕組みです」
彼は首を振った。
「雷雨の中へ出て確かめることはしません。壊れた接続を調べるのも、天気が静かな日です」
空一郎が、そこでようやく息を吐いた。
故郷の科学史に残る危うい実験を、ここでも繰り返させる必要はなかった。
「もう、電気へ来た」
空一郎は、研究室を出たあと言った。
黎明は父を見た。
「早すぎる?」
「知識を渡した。測る道具も増えた。蒸気機関で、同じ動きを繰り返せるようになった。つながるのは、不思議ではない」
「驚いている顔だった」
「驚いたよ」
父は笑った。
「僕が用意した順番で、全部が進むと思っていたのかもしれない」
マイロの最初の発電機は、照明には使えなかった。
磁石の間で線を巻いた部分を回す。
回転を速くすれば、反応は大きくなる。
しかし、線が短絡した。
覆いに使った布が湿り、絶縁が悪くなった。
取り出す接点が擦れ、火花が出た。
マイロは、軸を睨んだ。
「理屈は、動いています」
ロットは、焦げた部分を見た。
「品物は、止まってる」
言い方は厳しかったが、その夜、彼は接点の台を作り直した。
銅の線を、長く同じ太さにする。
線の表面を傷めず、巻く。
巻いた線を、互いに触れさせない。
磁石を一定の場所へ保つ。
軸を、ぶれずに回す。
電気の研究は、また工房へ戻った。
セリーヌは、線の太さを確かめる器具を作った。
フランは、湿気を避ける箱を作った。
エミルは、回転数と針の動きを記録した。
蒸気機関で軸を回す試験では、マイロが叫んだ。
「もう少し、速く!」
ロットは、昔の自分を見たような顔をした。
「先に、熱を計れ!」
初めて長く続けられた実験で、電気は灯りをともさなかった。
別の部屋で、鉄片を動かした。
線へ電流を流すと、巻いた部分が磁石のように働く。
鉄片が引かれ、小さな音がする。
エレナは、途切れる時間を変えた。
短く。
長く。
短く。
隣室から、ルカが同じ順番を叩き返した。
皆が黙った。
壁の向こうへ、言葉の代わりになるものが届いていた。
「これなら、列車の知らせを送れる」
エミルが言った。
黎明は、単線の駅で対向列車を待った時間を思い出した。
「駅から、次の駅へ」
マイロは線の束を見た。
「距離を伸ばす試験が要ります。電池も、途中のつなぎ方も」
「やろう」
黎明は答えた。
最初の電信線は、帝国を横断しなかった。
大学から、近くの工房まで。
次に、試験線の停車場まで。
柱を立て、雨で電流が逃げにくいよう、陶器の支持具を使う。
線が切れたら、どこを調べるか。
誰が信号を読むか。
同じ意味に、同じ符号を使う。
装置より先に、符号表で揉めた。
「この方が短い」
「間違えやすい」
「似た音は、避けよう」
ティオは、その議論を眺めた。
新しい学問も、最後は人が使う言葉になる。
大学の公開実験の日、四人は雷を呼ばなかった。
動く磁石。
振れる針。
離れた部屋で鳴る、小さな音。
それだけだった。
見物人の一人が、空一郎へ尋ねた。
「あなたの故郷では、この力で何をしていたのですか」
彼は、少し考えた。
「灯りをつけた。物を動かした。遠くの人と話した」
「人を治した?」
「治す助けにも使った」
「武器にも?」
空一郎は頷いた。
「使った」
質問した男は、黙った。
四人の学生も、聞いていた。
その日の記録には、成功した実験と、その短い問答が残った。
夜、黎明は保管設備へ寄った。
CHUYUの義体が、点検台へ腰を下ろしていた。
膝の駆動部に、交換を必要とする箇所があった。
「今日の電気で、叔母さんを動かせる?」
《電力を供給する方法は、いずれ作れるかもしれない。でも、関節の制御部まで作れるわけではない》
彼は、膝を見た。
「時間が、足りるかな」
《私の部品が保つ時間と、あなたたちが作る時間は、同じではない》
「止まったら?」
《義体が止まっても、別の設備で話せる場合はある。設備そのものを維持できなければ、休止することになる》
黎明は、長く黙っていた。
子どものころ、彼女へ「ずっと?」と尋ねた。
今も、同じことを聞きたかった。
帰る前に、CHUYUは遺跡の研究記録を開いた。
欠けた輪。
エレオノーラの術へ反応した光。
使い方の分からない印。
新しい電気の実験と、直接につながる証拠はなかった。
それでも、研究室で使う言葉が増えれば、古い記録を別の角度から読み直せる。
《分からなかったものを、消さずに残して》
彼女は言った。
「僕が、解けなくても?」
《解けなくても》
黎明は保存先を確かめた。
自分の子が読むかもしれない。
その子の、さらに子が読むかもしれない。
庭の向こうで、研究室の灯りが揺れていた。
まだ、油を燃やす灯りだった。
その下で、四人が電気を調べていた。




