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時を継ぐ者たち The Heirs of Time  作者: しゅんたろう as Augai Moritz


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第三十九章  帝国憲章  鉄と票の重さ



 黎明が三十三歳の年、帝国憲章の最初の案が公表された。


 「黎明三十三年」とは、まだ誰も呼ばなかった。


 彼は皇帝ではなく、宰相だった。


 憲章の案には、皇帝の地位を残しながら、課税と予算に代表会議の同意を必要とする条項があった。


 内閣は、将来、民選の議会へ責任を負う。


 ただし、地方の選挙と記録の仕組みを整えるまで、移行期間を置く。


 封建制のすべてが、一枚の紙で終わるわけではなかった。


     


「女性にも、票を?」


 上院の構成を話し合う席で、議員が尋ねた。


「税を納め、働き、家族を支えている」


 黎明が答えた。


「政治を知っているとは限らん」


 ミーナが、傍聴席から議員を見た。


 発言を求め、許可されるまで待った。


「知らない者を除くなら、何を知っていればよいか、試験を作るのでしょうか」


 議員は眉を寄せた。


「そして、その試験を作る者を、誰が選びますか」


 その日の採決は延期された。


 しかし、次の案から、性別を理由に投票権を除く条項は消えた。


     


 上院には、旧来の貴族の代表を残した。


 学術、都市、宗教の代表も加えた。


 世襲の席をすぐすべてなくすことには、皇帝も反対した。


 下院には、選挙による代表を置く。


 最初は名簿を確認できる地区から始め、選挙区を広げる日程を憲章へ書いた。


 読み書きのできない者の投票方法は、最後まで揉めた。


 役人が代わりに書けば、票を知られる。


 印を使えば、候補者を取り違える。


 大学の教師たちは試験の投票を行い、実際に何が起きるかを調べた。


 CHUYUは人数の偏りや集計の誤りを確認したが、誰へ投票したかを家族の記録へ残さなかった。


 黎明が、支持の多い地区を知りたいと言うと、彼女は公開された集計表を出した。


《宰相も、同じ表を使って》


     


 憲章の議論が続く間、鉄を作る場所が変わっていた。


 鍛冶屋の炉だけでは、線路に必要な量を揃えられない。


 大きな炉へ、一定の風を送る。


 鉄鉱石と燃料、炉の中で不純物を分けるための材料を、量を決めて入れる。


 木炭に代えて使うコークスは、石炭なら何でも作れるわけではなかった。


 北の炭には船の燃料に向くものがあったが、製鉄用には別の層の炭を探した。


 空気を抑えて焼き、揮発する成分を抜く。


 焼けた塊が、炉の中で荷を支えられるか。


 硫黄などの成分が、鉄へ悪い影響を与えないか。


 試験の炉は、何度も壊された。


「鉄を増やすために、鉄を捨ててる」


 ロットが言った。


 セリーヌは、割れた試験片を拾った。


「捨てた理由を残せば、次は減らせます」


     *


 銑鉄を得ても、それで良いレールができるわけではない。


 炭素を減らし、粘りのある鉄へ変える。


 熱い塊を叩き、圧延機で引き延ばす。


 長くなれば、曲がりも増える。


 形が揃っても、内側に欠陥が残る。


 エミルは、同じ炉から出たものへ同じ番号を打った。


 折れたレールを調べれば、どの工程へ戻るべきか分かるようにした。


 蒸気機関が、鉄を延ばすローラーを回した。


 その鉄が、次の蒸気機関の走る道になった。


     


 線路には、石を砕いて敷いた。


 枕木を置き、軌間を揃える。


 雨の逃げ道を作る。


 橋の手前では、路盤が沈まないかを確かめる。


 曲線では、速さを落とす。


 車輪の縁を作っただけで、列車が安全に走るわけではなかった。


 鉱山から港までの路線で、貨車の軸受が焼けた。


 油を入れる場所があっても、入れる仕事が決まっていなかった。


 そこへ人を置く。


 道具を置く。


 停止して点検する時間を、運行表へ入れる。


 列車の速さを、整備の遅さが決める日もあった。


     


 首都セレスティアから港湾都市カンターベルへの路線は、一度に完成しなかった。


 まず、港から倉庫群まで。


 次に、川の渡し場まで。


 最後に、内陸の路線とつながった。


 ナグナリエの大学と工房で育った者たちが、それぞれの区間へ赴いた。


 憲章案の公表から数年後、旅客列車《フェニクス一号》が、全区間を走った。


 新聞は「飛ぶような速さ」と書いた。


 実際には、水と燃料の補給で何度も止まった。


 単線の区間では、対向する列車を待った。


 馬車で数日かかった道が、その日のうちに着く。


 それだけで、乗客には十分に驚くべきことだった。


     


 黎明は、最初の列車へ乗った。


 車窓の外に、小さな旗が並ぶ。


 遠くには、土地の買収へ反対した村があった。


 線路を少し曲げたため、工事費は増えた。


 村の井戸は残った。


 停車場は、村から歩ける場所に作られた。


「工事を遅らせた場所ですね」


 役人が言った。


「井戸を埋めずに済んだ場所だ」


 黎明が答えた。


 役人は、資料へ眼を戻した。


     


 憲章の施行式で、黎明は柊家の名を読まなかった。


 代わりに、課税の手順と、異議を申し立てる権利を読んだ。


 式のあと、商会の代表が尋ねた。


「柊家の技術が、帝国の繁栄を生んだ。その功績は、特別に守られないのですか」


「契約と財産は、法で守られます」


「ほかの家と同じように?」


「同じように」


 言ったあとで、黎明は、自分の子にもその言葉を伝えなければならないと思った。


 まだ幼い子どもは、柊の印がついた玩具を持っていた。


 いつか、印が権利に見える日が来る。


     


 その夜、ラグエルは憲章の冊子を長く読んでいた。


「不満ですか」


 黎明が尋ねた。


「私の席も、いずれなくなる」


「はい」


 老人は頷いた。


「寂しいな」


 黎明は返事をしなかった。


「間違っているとは言っておらん。寂しいと言った」


 公爵は冊子を閉じた。


「良い制度でも、人の寂しさまでは消せぬ。それを、敵意へ変える者がいる」


 黎明は、窓の外へ目を向けた。


 駅の灯りが見えた。


 まだ、油の灯りだった。

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