第三十七章 リュクス・セレスティアの鉄槌 改革と、その代償
線路のために買われた土地を調べると、村が一つ、地図から消えていた。
土地は存在する。
家も、井戸も、畑もある。
ただ、提出された所有権の一覧には、そこへ暮らす者の名がなかった。
「領主の土地ですから」
代理人は言った。
「住んでいる者との契約は?」
黎明が尋ねた。
「代々、耕作を許してきたものです」
「線路を通せば、どこへ行く」
「別の土地を与えれば――」
「誰が、どの土地を与えるのです」
代理人は、そこで口を閉じた。
鉄道を造るための会議は、その日、土地の権利を考える会議へ変わった。
*
帝国の評議会には、爵位によって席を持つ者がいた。
都市から招かれる商人もいた。
農民と坑夫は、陳情することはできたが、採決には加われなかった。
黎明は、都市と地方から選ばれた代表の会議を設けようとした。
最初から皇帝の権限をすべて移す案ではない。
税を増やす前に、負担する側の代表へ説明する。
公共事業の費用を示す。
土地を取り上げる場合には、異議を申し立てる場を置く。
その程度でも、反対は強かった。
「領地の者を、領主と同じ席へ座らせるのか」
年配の貴族が言った。
「同じ税について、話してもらいます」
「秩序を壊す」
ラグエルが杖へ手を置いた。
「話を聞かなければ保てぬ秩序なら、すでに傷んでおる」
同じ貴族である彼の発言は、黎明の言葉よりも、深い恨みを買った。
空一郎は、息子へ故郷の制度を説明した。
選挙。
議会。
内閣。
裁判所。
名前を並べれば、整った建物のように見える。
しかし、その建物がいつも正しく使われたわけではないと、彼は付け加えた。
「投票する者が、買われることもある。多数を取った者が、反対する者を黙らせることもある」
「では、何を先に作ればいい?」
「負けても、次に話せる場所」
黎明は父を見た。
「僕が、負ける場合も?」
「もちろん」
彼は笑いかけた。
笑いきれなかった。
反乱の兆候は、説教の言葉ではなく、荷の動きから見つかった。
穀物と火薬。
馬の飼料。
普段より多い車輪と、軍用の靴。
北の採掘権へ出資した商会の帳簿にも、不自然な支払いがあった。
ただし、それだけでは捕らえられない。
ジルは人を送り、倉庫を見張った。
CHUYUは、確認された事実と推測を別に並べた。
《議会改革への反対者を、そのまま反乱参加者として扱わないで》
黎明は頷いた。
だが、確かめている間にも、荷は運ばれた。
襲撃は、夜明け前に始まった。
武装した一隊が、帝都へ入る橋の詰所を奪った。
別の隊は、印刷所を押さえようとした。
改革の布告を刷った場所だった。
守備隊の一部が寝返り、命令の経路が切れた。
黎明の私邸へも、矢が飛んだ。
CHUYUはミーナを廊下の奥へ移し、義体の肩で窓板を押さえた。
《ここにいて。ジルの隊と合流する》
「黎明は?」
《評議会へ向かう途中。現在地を確認している》
ミーナは、救護袋を取った。
「私も、ここで待つだけにはしません」
義体は彼女を見た。
《では、窓から離れた部屋を救護に使って》
黎明と空一郎が合流したとき、橋の向こうでは大砲が据えられていた。
砲口は、守備隊の集まる広場へ向いている。
その後ろには、火薬を積んだ車があった。
ジルの部隊が進めば、橋で撃たれる。
飛行獣を近づければ、騎乗者も危ない。
空一郎は、保管された装備の表示を開いた。
高出力の指向性エネルギー装置。
空へ上げた支援機から、地上の限られた場所へ熱を与えるものだった。
普段の観測衛星に、武器が隠されていたわけではない。
別の機体を展開し、蓄えた電力を使う。
充電にも、冷却にも時間がかかる。
雲、煙、照準のずれ。
使えば、必ず狙った結果になる装置でもなかった。
「砲を止める」
黎明が言った。
《砲の近くに、人がいる》
CHUYUの声が返った。
「撃たせれば、広場にいる人が死ぬ」
《その判断と、予測を記録する。避難の呼びかけは継続して》
空一郎は息子を見た。
「最後の承認は、僕がする」
黎明は頷いた。
その言葉へ、少しだけ逃げ込んだことを、あとで思い知る。
夜空に、一筋の光が見えた。
人々が見たのは、長い時間ではなかった。
砲の脇が白く光り、火薬車から炎が立った。
爆発が続いた。
狙った砲だけでなく、近くの木造倉庫へ火が移った。
橋の上の兵が伏せ、馬が暴れた。
武装集団は崩れた。
守備隊が進み、残った者を降伏させた。
市街を襲う計画は止まった。
しかし、燃えた倉庫には、逃げ遅れた荷役人がいた。
翌朝、街には「女神の鉄槌」という言葉が広がった。
聖堂の説教師が、天は改革を選んだと語った。
印刷所が、その言葉を大きく刷った。
黎明は、刷り上がった紙を机へ置いた。
ミーナは、その横へ救護所の名簿を置いた。
反乱兵。
守備兵。
荷役人。
火傷を負った子ども。
「この人も、女神が罰したのですか」
黎明は、子どもの名を見た。
「違う」
「では、そう伝えてください」
「いま訂正すれば、皆が――」
彼は言いかけて、止まった。
皆が何をするというのか。
恐れなくなる。
疑う。
柊家へ、問いを向ける。
それを避けようとしていた。
エレオノーラは、翌日の祈りで奇跡を語らなかった。
「争いの中で亡くなった者を、弔います」
反乱兵の名も読んだ。
聖職者の一人が、式のあとで彼女を責めた。
「罪ある者を、同じように扱うのですか」
「罪は、裁判で確かめてください。死んだことまで、喜びたくありません」
空一郎は、その話を娘から聞いた。
長く黙ったあと、言った。
「君に、こんな役をさせた」
「父さんが、私へ命じたわけではありません」
エレオは答えた。
「でも、父さんが使った力です。私も、聞きたいことがあります」
家族の会議で、空一郎は装置を使った経緯を説明した。
アリステリアは最後まで聞いた。
「必要だった、と私も思うかもしれません」
彼女は言った。
「ですが、あなたが決めたことを、神が決めたことにしないでください」
空一郎は頷いた。
黎明は、父から受け取った三つの言葉を卓上へ置いた。
争いを終わらせる道を、始める前に考えること。
あの夜、交渉と避難は続けていた。
それでも、終わったあとにどう説明するかまでは、考えていなかった。
「僕にも、責任があります」
彼は言った。
「父さんの承認だったからといって、僕が望まなかったことにはしません」
帝国の布告には、女神による裁きではなく、反乱を止めるため防衛装置を用いたと記された。
装置の詳しい構造は伏せた。
使用の経緯と死傷者の調査は、評議会の特別委員へ渡した。
反乱に参加しなかった改革反対者まで罰する案は、退けられた。
しかし、布告が届く前に広まった物語は消えなかった。
天の光は柊家を守る。
女神へ背く者は焼かれる。
その言葉は、祝いの歌にも、子どもを叱る声にも入り込んだ。
CHUYUは、公式の記録と、その歌の両方を保存した。
後世の誰かが、便利な方だけを選ぶかもしれない。
空一郎は、そのことを初めて具体的に恐れた。




