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時を継ぐ者たち The Heirs of Time  作者: しゅんたろう as Augai Moritz


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第三十四章 燃える石の山――指導者としての黎明



 最初の石炭は、大学の裏庭で三つに分けられた。


 大きな塊。


 小さな塊。


 粉と、混じった石。


 ロットは、粉の山を見て眉を寄せた。


「こいつも燃える。捨てるのは惜しい」


「だから、別にしている」


 エミルが答えた。


「全部を同じ火床へ入れると、空気が通らなくなる。塊の方も、前の炭とは扱いが違う」


 帰りの船で火格子へ固着した塊は、砕いて皿へ載せてあった。


 石炭から出た灰が、炉の中で溶けて固まったものだった。


 ロットは、それを指で転がした。


「よく燃える炭なら、何でも楽になると思った」


「釜焚きの仕事が増えたな」


 フランが言う。


「だが、運ぶ価値はある」


 空一郎は、試験の帳簿を開いた。


 同じ量の水を蒸発させるために、どれだけの燃料を使うか。


 火が安定するまで、どれほどかかるか。


 煙、灰、火床の状態。


 一つの数字だけで、炭の良し悪しを決めることはできなかった。


「無煙炭ですか」


 黎明が尋ねた。


「今のところ、そうは言えない。煙と揮発分も出る。炭の分類は、試料をもう少し調べてからだ」


「火へ入れれば、すぐ燃える石、でもない?」


「薪のようにはいかない。十分に熱い火床と、通る空気が要る」


 ロットは頷いた。


「まず、焚く奴を育てるか」


 黎明は、その言葉を計画書の最初へ書いた。


     


 遺跡を見つけた山の地図には、二種類の線が引かれた。


 採掘を進める線。


 進めない線。


 古い石組みの周囲は、幅を持たせて残す。


 ドルンが調べた炭層は、遺跡のある場所から斜面に沿って離れ、別の沢の上へ続いていた。


「こちらから入れる」


 彼は、太い指で地図を叩いた。


「ただし、山へ穴を開ける前に、水の逃げ道を作る」


 黎明は頷いた。


 採掘班、運搬班、船の班。


 それから、排水と道の班を加えた。


 出資者の代理人が紙を覗いた。


「掘る者より、掘らない者が多くありませんか」


「掘ったものが船へ届かなければ、売れません」


「それでも、最初は採れるだけ採って――」


「最初に道を傷めれば、次の船が来ても積めない」


 黎明は、前回の運搬時間を示した。


 黒い石を見つけたことと、石炭を供給できることは違う。


 その違いを、彼はようやく数字で説明できるようになっていた。


     


 二度目の航海には、採掘道具だけでなく、板、丸太、鉄の帯、滑車、綱が積まれた。


 艀には空の樽も載せた。


 食料と水。


 濡れた衣服を乾かす場所を作るための布。


 救護袋。


 ロットは積荷を眺めた。


「石炭を持って帰る前から、船がいっぱいだ」


「次からは、山に置いておける」


 フランが答えた。


「その次には、置いた道具を数える奴が要るな」


 エミルが言う。


 黎明は帳簿へ顔を落とした。


「それも、決めてある」


 ロットが笑った。


「お前、昔より嫌な奴になったな」


「工具を返さない人がいるから」


「俺を見るな」


     


 川岸の仮設桟橋は、前回より太い杭で支えられていた。


 艀の横へ細い板を渡すのではなく、岸の高さに合わせた荷台を作る。


 船が上下しても、板の端が抜けないよう留め方を工夫した。


 CHUYUは修理した右手を開いた。


《今回は、荷を持つ仕事もできる》


 ドルンは彼女を見上げた。


「何人分、働ける」


《この地面で、どれだけ重さを支えられるかによる》


「良い。力持ちは、足元を忘れる」


 義体は頷き、まず空の手押し車を押した。


     


 朝食が済むと、黎明は班長たちを集めた。


「掘る作業は、ドルンの指示に従ってください。フランは支保と道の補修。ロットは道具と積み込み。エミルは秤と記録、それから船の機関の状態を見ます」


「俺たちも掘ると思ってた」


 ロットが言った。


「掘る道具を作れる人が、今は少ない」


「そう言われると、断れねえな」


「ジルは、警戒と往来の整理をお願いします」


 ジルは、街の仲間のうち、守備隊へ入った青年だった。今回、護衛長ベイルの下で警戒班を率いていた。


「山道を守ればいいか」


「上りと下りを分ける。疲れた者を急がせない。怪我人が出たら、救護所までの道を空ける」


「獣より、人の方を見る仕事だな」


 ベイルが横から言った。


「獣も見る。だが、獣が出なくても、人は転ぶ」


 ジルは頷いた。


     


 黎明の計画では、二時間ごとに作業を替えることになっていた。


 公平に負担を分けるつもりだった。


 ドルンは、その紙を読んで首を振った。


「支保を組む者まで、二時間で替えるのか」


「同じ人に重い仕事が続かないように」


「慣れない者へ替えたときに、天井が落ちる」


 黎明は、紙を引き寄せた。


「では、どう分けます」


「腕だけではない。知っている仕事も違う。休ませるのは必要だが、誰でも同じ場所へ入れれば公平、とはならん」


 採掘と支保には、経験ある者を必ず残す。


 運搬は、距離と積載量を区切って交代する。


 選別や道具の手入れにも人を回す。


 黎明は、班長たちの意見を聞きながら線を引き直した。


 父は口を挟まなかった。


 最後に、作業を始めてよいかと尋ねられたときだけ、頷いた。


     


 山肌の黒い層は、掘ればどこまでも続くように見えた。


 しかし、炭の上には岩が載っている。


 炭だけを抜けば、その岩が残る。


 ドルンは掘る幅を決め、残す部分へ印をつけた。


「ここは柱にする。良い炭でも、取らない」


 人足の一人が、黒い面を惜しそうに撫でた。


「金を残すようなものだ」


「命を残すためだ」


 ドルンは短く答えた。


 木の支えを組み、壁と天井の様子を確かめながら進む。


 入口の上には雨水を避ける溝を掘った。


 奥へ入る前には、空一郎の測定器で空気を調べた。


 その小さな装置は、現地ではまだ作れなかった。


 ドルンは、機械だけへ任せず、風の通り道を確かめた。


「壊れた日に、全員が何も分からなくなるのは困る」


 空一郎は、その言葉を記録へ残した。


     


 手押し車を押す男たちが、山道を下り始めた。


 最初の一台は、積みすぎていた。


 下り坂で車輪が速くなり、男が柄を引いても止まらない。


 ジルが声を上げた。


「横へ寄せるな! 道の端が弱い!」


 CHUYUが前へ出た。


 正面からつかまず、並んで速度を合わせ、柄の一方を受け取った。二人で、広い踊り場へ押し込む。


 男は座り込んだ。


「すまねえ。軽くなるまで、下りだから楽だと思った」


 黎明は荷を見た。


 帳面の上では、積む量を増やせば往復が減る。


 道の上では、止められない荷になる。


「ここまでを一台の上限にしよう」


 彼は炭を下ろさせ、目安になる印を車体へつけた。


 ロットが車輪を調べた。


「次の猫には、止める仕掛けが要る」


 フランは斜面を見た。


「その前に、道を緩くする。長くなるが、押せる」


 黎明は二人の案を並べて書いた。


     


 翌日からは、急な区間を手押し車で下るのをやめた。


 木の滑走路へ箱形の橇を載せ、上の横木へ巻いた綱で速度を抑える。


 綱が擦れる場所には交換できる当て木を置いた。


 下の広場からは、手押し車で桟橋へ運ぶ。


 やがてドルンは、坑道の入口にも木の軌道を提案した。


 車輪の通る面だけ鉄の帯を張る。


 小さな台車なら、同じ人数で多く運べる。


 ただし、曲がる場所と止める場所を先に決める。


「船の次は、山の中の船か」


 ロットが笑った。


「水がなくても、進む」


 エミルが言う。


 黎明は、地面へ並べられた二本の木を見た。


 このときはまだ、それが都市を結ぶ道になるとは思わなかった。


     


 積み込みの三日目、雨が降った。


 道が泥へ変わり、炭の表面が濡れた。


 黎明は作業を止めた。


 代理人が、濡れた帽子を脱いだ。


「船は明日出る予定です」


「出発を遅らせます」


「賃金と食費が増える」


「道を整える作業へ切り替えます。採った炭も、屋根の下へ移す」


「多少の雨で止めていては――」


 黎明は、泥の中へ沈んだ車輪を指した。


「多少かどうかは、ここで決めます」


 声が硬くなった。


 相手の顔も硬くなった。


 空一郎は、二人の間へ入らなかった。


 あとで息子へ尋ねた。


「止めた理由は、記録した?」


「はい」


「追加の費用も?」


「はい」


 父は頷いた。


「次は、雨のある日を最初から見込もう」


 黎明は、少し肩を落とした。


 止める決断をしただけで、良い計画だったことにはならなかった。


     


 出航の日、艀は縁まで石炭を積まなかった。


 荷を低く、左右へ均等に置く。


 水面から船縁までの高さを確かめ、濡れた炭の重さも見込む。


 ゼペットは荷を減らせと言った。


 誰も反対しなかった。


 岸の倉庫には、まだ炭が残った。


 次の船まで保管し、採掘を続ける。


 今回で終わる仕事ではない。


 黎明は、残る班長へ帳簿と資金を渡した。


「十日後を目安に、船を出します。水位によっては遅れる。その場合は、無理に積み増さないでください」


 男は紙を確かめた。


「掘った分の賃金は、船が来なくても出るんだな」


「出ます。運べないことを、掘る人の責任にはしません」


 その返事を聞いて、坑夫たちの顔が少し変わった。


     


 船が岸を離れると、空一郎は操船台へ来た。


「よく、仕事を分けた」


「最初の案は、ずいぶん直されました」


「直せた」


 黎明は、桟橋に残る人たちを見た。


「全部を見ていないと、不安です」


「全部を見るのは無理だ。見ている人から、知らせてもらえるようにする」


 父は、船の後ろへ目を向けた。


 艀の綱が張り、黒い荷がゆっくり川面を進む。


「僕も、そうしなければならなかった」


「今も?」


「今も」


 黎明は頷き、機関室から来た札を受け取った。


 圧力安定。


 冷却水、正常。


 その短い報告の向こうに、人が働いていた。

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