第28章 黎明の成長と、兄妹の日常
十六歳になった黎明を、エレオは玄関で待っていた。
「遅い」
妹は、開口一番に言った。
「会議が長かった」
「ご飯も、長く待った」
「先に食べてよかったのに」
「今日は、お兄ちゃんの隣」
黎明は外套を脱ぎ、しゃがんだ。
妹が、首へ腕を回した。
もう、生まれたときのように軽くはない。
「抱っこ?」
尋ねると、彼女は頷いた。
黎明は抱き上げた。
会議で聞いた数字や、工房の苦情が、少し遠くなった。
この四年間で、父の事業はさらに広がった。
石炭を掘る。
運ぶ。
炉で使う。
機械を動かす。
その流れに合わせ、工房と倉庫、道の補修に資金が集まった。
蒸気を使う排水機械は、まだ頻繁に手入れが必要だった。しかし、未来の電源を借りなくても、現地の燃料と部品で動く設備が増えていた。
黎明の仕事は、まず、その記録を読むことだった。
「今日から、南部の案件を担当してみよう」
空一郎が言った。
渡されたのは、税を自由に変える権限ではない。
工事の遅れを調べる。
必要な資材を確かめる。
承認済みの予算の範囲で、日程を調整する。
判断できないものは、父と管理者へ戻す。
「僕が決めて、間違ったら?」
「影響を小さくして、直せる範囲から任せる」
父は答えた。
「そのために、金額と仕事の範囲を区切っている」
「全部、任せるわけじゃないんだ」
「全部任せるほど、僕も、この仕事を理解できていない」
ティオは、帳簿と測量の仕事を学んでいた。
咳が出る日はあったが、体調に合わせて仕事を分けた。
黎明が書いた計画を見て、彼はすぐに一か所を指した。
「この橋、通れない」
「また、橋か」
「前にも間違えたから、今度は覚えてると思った」
黎明は額へ手を当てた。
「道幅を見た。重さを忘れた」
「荷を分ければ、運べる。ただ、往復が増える」
「費用は?」
「計算しよう」
二人は並んで机へ向かった。
助ける者と、助けられる者。
そういう分け方では、もう二人の関係を説明できなかった。
妹は、ときどき書斎へ入ってきた。
エレオは母から、小さな風の術を習い始めていた。
紙の端を動かす。
薄い羽根を持ち上げる。
できることは、その程度だった。
それでも、黎明は何度見ても不思議だった。
「もう一回」
彼が言うと、妹は得意そうに手を開いた。
机の上の羽根が浮いた。
すぐ落ちた。
「今日は、ここまで」
母が言った。
「疲れた?」
黎明が尋ねると、エレオは首を振りかけ、途中で頷いた。
黎明は、その素直さを少し羨ましく思った。
「僕も、できるかな」
夜、父へ尋ねた。
「試したい?」
「うん。でも、まだ一度もできない」
空一郎は測定記録を見た。
黎明にも、術を習ったときに特有の変化が現れることはあった。
それが、実際の作用へつながるかは分からない。
「妹の方が、上手だ」
「今はね」
「僕は、道具ばかり」
父は、息子の顔を見た。
「道具を理解するのも、力だよ」
「分かってる。でも、エレオは、手だけでできる」
羨ましさを口にすると、少し情けなく感じた。
空一郎は笑わなかった。
「その気持ちは、分かる。僕も、ベイルの術を見たとき、使えたらと思った」
「父さんでも?」
「何度も」
黎明は安心した。
妹を可愛いと思うことと、妹のできることを羨むことは、同時にあった。
家族の食卓では、事業の話が出ることも増えた。
ラグエルは以前ほど遠出をしなくなっていたが、契約には必ず眼を通した。
「北の坑道への出資が増えている」
公爵が言った。
「配当の約束も、増えているな」
空一郎が頷く。
「収益の見通しは?」
黎明が資料を答えようとすると、老人は手を上げた。
「数字は読んだ。外れたとき、誰が困る」
黎明は黙った。
投資家。
工房。
坑道の労働者。
順に挙げていく。
「君も、困る」
ラグエルが言った。
「家の印を押した仕事だからだ」
黎明は、自分の名の入った書類を見た。
当主になる前から、家の名前は、人を働かせ、金を集める力を持っていた。




