第27章 妹エレオノーラと、言えないこと
妹の名は、エレオノーラだった。
普段は、エレオと呼んだ。
名を選んだのは、アリステリアだった。母方に残る古い名前で、ディアナの祖母も、その名を持っていたという。
空一郎は、端末の命名資料を開きかけて、やめた。
「僕の世界にも、似た名がある」
「では、両方の世界で呼べますね」
アリステリアは、小さな娘を見た。
故郷の言葉から名づけた長男と、母の家の記憶を受け継ぐ娘。
どちらにも、たどれば家族がいた。
エレオが生まれた日のことを、黎明はよく覚えていた。
父が抱き方を教えてくれた。
頭を支え、身体を腕へ預ける。
怖くて、ほとんど動けなかった。
「重い?」
父が尋ねた。
「軽い。でも、重い」
空一郎は笑わなかった。
「分かる気がする」
小さな手が、黎明の指へ触れた。
「ちゃんと、全部ある」
彼は言った。
父が、少し変な顔をした。
「何?」
「昔、僕も同じようなことを言ったらしい」
「誰に?」
「君が生まれたとき、母さんに」
黎明は、妹の手をもう一度見た。
知らない世界の人も、同じところを見るのだと思った。
ラグエルは、孫娘を抱く時間を、少しずつ長くした。
初めは、すぐディアナへ渡した。
やがて、誰かが受け取ろうとしても、眠るまで待つと言うようになった。
「仕事は?」
ディアナが尋ねる。
「眠るのを、確かめている」
「それを、仕事に含めるのですか」
「今日は、含める」
エレオが指を動かすと、公爵は黙った。
大きな指を、小さな掌がつかむ。
領地の印章を握ってきた手が、今は動かせなくなっていた。
黎明は、妹の話をティオたちにもした。
しかし、書斎で聞いた管理や研究の話は、どこまで話してよいか分からなかった。
父へ尋ねると、空一郎は答えた。
「秘密を、全部一つにしない方がいい」
「どういうこと?」
「装置の認証情報は渡さない。人の医療記録も話さない。でも、僕が遠くから来た話や、君が何を学んでいるかまで、何も言えないと考える必要はない」
「父さんが、帰ろうとしてることも?」
「誰へ、どう話すかは、一緒に考えたい。噂になると、君の立場にも影響する」
黎明は、少し不満そうだった。
「隠していると、嘘みたいになる」
「そうだね」
父は、その言葉を否定しなかった。
「嘘をつかなくて済む説明を、作ろう」
ミーナと話したのは、学校の書庫だった。
彼女は、薬草だけでなく、衛生や救護の記録も読むようになっていた。
「最近、難しい本を持っているね」
ミーナが言った。
「父さんの道具の説明」
「読める?」
「半分くらい」
「じゃあ、半分は分かるんだ」
黎明は笑った。
自分は、分からない半分ばかり数えていた。
「ミーナは、何を読んでる?」
「手を洗う場所を、どう作るか。救護所で、水が足りなくなることがあるから」
「水路を増やせば――」
言いかけて、彼は止まった。
すぐに何か作ると約束したくなったが、父の言葉を思い出した。
「どこで、足りなくなる?」
ミーナは本を閉じ、具体的に説明した。
黎明は聞いた。
彼女に会うと、何を言うか分からなくなることは、まだあった。
しかし、聞きたいことは増えていた。
「その道具のこと、私には言えない?」
彼女が尋ねた。
黎明は、手元の本を見た。
「話せないところはある。でも、何もかも言えないわけじゃない」
「分かった」
「気にならない?」
「気になるよ」
ミーナは答えた。
「でも、知りたいからといって、全部聞いていいとは思ってない」
黎明は彼女を見た。
ほっとした。
同時に、いつか、自分から話せる相手になってほしいとも思った。
その二つを、まだ上手に説明できなかった。




