↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
時を継ぐ者たち The Heirs of Time  作者: しゅんたろう as Augai Moritz


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
28/126

第26章 父・空一郎の「遺言」


「僕が説明できる間は、説明する」

 父の答えを聞いて、黎明は机の上のノートを見た。

 紺色の表紙は擦れ、背には補修の跡があった。

「そのあとは?」

 空一郎は、息子の問いを聞き返さなかった。

 少し考えてから、ノートを開いた。

「説明するための記録を残す。それから、僕とは違う答えを出せる人を育てる」

「違っても、いいの?」

「根拠があるなら」

 父は、一つの頁を示した。

 黎明が習っている日本語で、短い文が書かれている。

 ――再現された人が、私は違うと言ったら、その言葉を聞くこと。

「誰が書いたの?」

「祖父だ。ただ、言ったのは祖母らしい」

 黎明は文字を追った。

「父さんの祖母じゃなくて、祖父の奥さん?」

「そう。僕の祖母、アヤ」

 写真では見たことがある。

 しかし、父が幼いころから会えなかった人の話をするときは、いつも少し声が変わった。

     

 空一郎は、事故と転送計画の記録を呼び出した。

 黎明は、父が遠い世界から来たことを知っていた。

 ただ、地図の外から来たのではなく、地図そのものが違う場所から来たということは、まだ十分には理解していなかった。

「僕は、過去へ行くつもりだった」

 父が言った。

「同じ世界の、祖父が若かった時代へ。事故を防ぐための記録と、こちらへ戻る装置の設計を渡す」

「でも、ここへ来た」

「途中で経路が変わった。原因は、まだ全部は分かっていない」

 画面には、途中で二つに分かれた線があった。

 片方には目的地がある。

 もう片方は、座標を確定できないまま終わっていた。

「母さんに会ったのは、計画に入っていなかった?」

 黎明が尋ねた。

「入っていなかった」

 父は、妻を見た。

 アリステリアは、息子へ頷いた。

「でも、結婚したのは、私たちが決めたことです」

 黎明は画面と、母を交互に見た。

 生まれる前の出来事が、少しずつ一つにつながっていった。

     

「僕が、ここで生まれるはずだったわけじゃないんだ」

 息子の言葉に、空一郎は手を止めた。

「そういう言い方なら、そうかもしれない」

 アリステリアが、黎明の肩へ手を置いた。

「でも、生まれてはいけなかったという意味ではありません」

「分かってる」

 黎明は答えた。

 少しして、付け加えた。

「……たぶん」

 母は、急いで理解させようとはしなかった。

 空一郎は転送記録を閉じた。

「僕たちは、先のことを全部知って決めたわけじゃない。君が生まれたあとも、分からないことばかりだった」

「父さんでも?」

「今も、そうだ」

 黎明は、父の顔を見た。

 知らないことがあるという返事は、以前なら心細かった。

 今夜は、嘘をつかれていないと思えた。

     

 卓上の表示が切り替わった。

 保管設備の管理。

 計算装置の維持。

 緊急時の権限。

 そして、空一郎自身が応答できなくなった場合の手順。

 黎明は最後の項目を見た。

「これが、遺言?」

「その一部になる」

 空一郎は答えた。

「今すぐ死ぬつもりではない。でも、何も決めないまま突然いなくなれば、困る人が多い」

「頭の中の道具も?」

「身体につながる部分は、専門に学んだ人が扱う。君が取り出そうとする必要はない」

 父は、画面の一行を指した。

「CHUYUの記録や研究資料は、頭の中だけに置いていない。僕に何かあっても、外の装置で続けられるようにしている」

 黎明は端末へ顔を向けた。

「ちゅゆ叔母さんは、残る?」

《電源と装置を維持できれば、動作を続けられる》

「ずっと?」

《ずっと、と約束するには、分からないことが多い》

 黎明は唇を結んだ。

 父も、CHUYUも、消えないものだと思っていた。

 今夜は、どちらにも手入れと時間が必要なのだと聞かされていた。

     

「何を、守ってほしいの?」

 黎明が尋ねた。

 空一郎は、保管された機械の一覧を閉じた。

 次に、鉱山の記録と、工房の帳簿を開いた。

「道具だけじゃない」

 彼は言った。

「坑道で働く人。水路を使う畑。学校へ来る子。僕たちの仕事は、そういう人たちの暮らしへ入り込んでいる」

「全部、僕が?」

「一人では無理だ」

「でも、皆、僕が継ぐと言う」

 父は頷いた。

「君の姓が柊だから、任せたいと思う人がいる。僕も、その一人だ」

 そこで、声を少し落とした。

「だからこそ、僕の願いと、君が引き受ける仕事を、同じものにしたくない」

 黎明は、母から渡された紙を見た。

「僕が、引き受けたくないと言ったら?」

「管理を任せる別の人を探す」

「この道具を、持てなくなる?」

「仕事に必要なものは、仕事をする人が使う。家族だから全部持てる、という決まりにはしたくない」

 黎明は黙った。

 公平だと思う。

 それでも、自分が特別ではなくなるようで、少し寂しかった。

     

 空一郎は、紙へ短い文を三つ書いた。

 働く者の記録を消さないこと。

 争いを終わらせる道を、始める前に考えること。

 研究の記録を、都合の悪い結果まで残すこと。

「今日は、この三つを覚えておいてほしい」

「全部、父さんができてる?」

 黎明が尋ねると、空一郎は少し笑った。

「できていないから、書いている部分もある」

 アリステリアが続けた。

「私たちが破ったら、指摘してください」

「怒らない?」

「怒るかもしれません」

 母は正直に言った。

「でも、怒ったから、あなたが間違っているとは限りません」

 黎明は紙を折った。

 机の上の端末より、その紙の方が、今夜は重く感じられた。

     

 最後に、父は別の保存項目を開いた。

 帰還研究。

 送信した音声。

 家族の写真。

 黎明自身の誕生を報告した記録もあった。

 再生すると、若い父の声が聞こえた。

『生まれた。男の子。名前は、黎明』

 そのあとに、自分の泣き声があった。

「向こうから、返事は?」

 黎明が尋ねた。

「まだ、ない」

 父は答えた。

「それでも、この記録は残してほしい。いつか届く方法が見つかるかもしれない」

「僕が、見つけないといけない?」

「そういう義務にはしない」

 空一郎は、画面へ眼を戻した。

「ただ、方法が見つかったら、伝えてほしい。僕が、ここで家族を作ったことを」

 黎明は、自分の声が入った記録を見た。

 会ったことのない祖父母と、父の兄たちと、叔母。

 遠いという言葉では、足りないほど遠い家族だった。

「残す」

 彼は言った。

「それは、残すよ」

     

 書斎を出ると、庭からティオの声が聞こえた。

 ミーナも、まだ待っていた。

 黎明は、手の中の紙を自室へ置いた。

 《Bible》の閲覧権限は増えていたが、危険な装備の操作権限は渡されていない。

 今夜、父から受け取ったのは、力のすべてではなかった。

 力のあるものが、何に囲まれて動いているかを学ぶ入口だった。

 庭へ出ると、ミーナが尋ねた。

「大事な話だった?」

「うん」

「疲れた顔をしてる」

 黎明は少し考えた。

「父さんの知らないことが、思ったより多かった」

 ティオが笑った。

「それなら、俺たちが考えることも、多いんだろうな」

 黎明は、友人の顔を見た。

 その返事が、うれしかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。