↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
時を継ぐ者たち The Heirs of Time  作者: しゅんたろう as Augai Moritz


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
27/126

第25章 黎明、成人の儀と父の扉


 成人の儀、と呼ばれていた。

 しかし、十二歳で何もかも大人と同じになるわけではなかった。

 ナグナリエに伝わるこの儀式は、家の庇護の下にある子が、自分の名で誓いを立てる最初の機会だった。

 学業は続く。

 財産を自由に扱えるわけでもない。

 仕事や婚姻には、なお別の年齢と手続きがある。

 空一郎は、その点を何度も確かめていた。

「名前が、少し大げさだ」

 彼が言うと、ラグエルは答えた。

「大げさだから、覚えるのかもしれん」

「本人へ、何を言わせますか」

「嘘をつかぬこと。約束を守ること。家と街への務めを果たすこと」

 空一郎は考えた。

「できない約束は、引き受けないことも、入れてほしい」

 公爵が、彼を見た。

「君は、儀式の文句まで直すのか」

「黎明が、できないことを誓うよりは」

 ラグエルは、しばらく黙った。

 それから、神官へ相談するよう命じた。

     

 神殿へ入る朝、黎明は礼装の襟を触っていた。

「きつい?」

 母が尋ねる。

「少し」

 彼女は留め具を調整した。

 父は、自分の袖口と格闘していた。

「父さんも、慣れてない」

「何度着ても、普段の服の方がいい」

 黎明は笑った。

 妹は乳母の腕の中で眠っていた。

 家族が揃うまで、出発を少し待った。

 外には、工房と街の代表が来ていた。

 柊家の長男の儀式であり、事業の継承者と見られている少年が、公の場へ出る日でもあった。

 黎明は、人の数を見て足を止めた。

「こんなに?」

「驚いた?」

 空一郎が尋ねる。

「僕の誕生日なのに」

「その話と、仕事の話を重ねて見ている人もいる」

 黎明は父を見た。

「父さんも?」

 空一郎は、少し間を置いた。

「ある。だから、今日の夜に話したい」

 息子は頷いた。

 喜ぶだけでは済まない日なのだと、少し分かった。

     

 神官は、黎明の額へ水をつけた。

 指先に、小さな光が灯る。

 空一郎は、測定器を出さなかった。

 今は、息子の儀式を見ていた。

 神官が、ゆっくり誓いを読んだ。

「汝、自らの言葉に責任を持ち、誤りを知れば改めるか」

「はい」

「力を持つとき、他者を傷つけることを軽んじぬか」

 黎明は、トマを殴った日のことを思い出した。

「はい」

「引き受ける務めを確かめ、果たせぬときは、黙って背を向けず、助けを求めるか」

 彼は、今度は父を見た。

 空一郎が、静かに頷いた。

「はい」

 神官は、小さな記章を渡した。

「今日から、学ぶべきことが増える。学び終えたと、思うことなかれ」

 黎明は両手で受け取った。

 それなら、自分にも分かると思った。

     

 祝賀会は、公爵家の屋敷で開かれた。

 すべての客が同じ理由で来たわけではない。

 古い親交のある者。

 事業へ出資した者。

 将来、柊家と結びつきたい者。

 子どもたちは、そうした話とは別の場所で集まっていた。

 ティオが、黎明へ小さな包みを渡した。

「祝い」

 中には、簡単な計算尺があった。

 木に、細かい目盛りが刻まれている。

「自分で作った?」

「工房で、少し手伝ってもらった。最後の目盛りは、自分で確かめた」

 黎明は、そっと動かした。

「ありがとう」

「見せびらかして壊すなよ」

「そんなことしない」

 ティオは、疑わしそうに彼を見た。

 二人は笑った。

     

 ミーナは、小さな布袋を差し出した。

「私は、これ」

 押し花の栞だった。

 丈夫な紙に花を挟み、細い糸で端を留めている。

「本を読むとき、使って」

 黎明は、以前の廊下のことを思い出した。

「大切にする」

「本に挟んで、忘れないでね」

「忘れない」

 彼はすぐに、持っていた小さな本へ挟んだ。

 ミーナが笑った。

 そのとき、後ろから声がした。

「よい贈り物をもらったな」

 会計を務める年配の男だった。

 黎明へ微笑み、続ける。

「将来の大事な約束には、家同士の贈り物もある。今日はこちらの品も、見ておいていただきたい」

 差し出された箱には、宝石の付いた留め具があった。

 ミーナは一歩下がった。

 黎明は、その動きを見た。

「ありがとうございます」

 箱は、係の者へ渡した。

 それから、ミーナとティオへ向き直った。

「庭へ行こう。ここ、暑い」

 年配の男は、少し意外そうな顔をした。

 黎明は、その顔を見ないふりをした。

     

 庭へ出ると、ミーナが言った。

「すごい人ばかりだね」

「僕も、半分くらいは知らない」

「皆、黎明を知ってる」

 彼は答えられなかった。

 名を知っている。

 父を知っている。

 家の仕事を知っている。

 それと、自分を知っていることは、同じではない気がした。

 ティオが、袖を引いた。

「この木、登れる?」

 黎明は木を見上げた。

 礼装を見た。

 ミーナが先に言った。

「今日は、やめておいた方がいい」

「分かってる」

「本当に?」

 二人に同じ顔をされ、黎明は笑った。

 ここでは、いつもの自分でいられた。

     

 執事が呼びに来たのは、夕方近くだった。

「黎明様。お父様がお待ちです」

 彼は、庭から屋敷を見た。

「今?」

「ご都合がよろしければ」

 命令ではない言い方だった。

 それが、かえって気になった。

 ティオは頷いた。

「行ってこいよ。俺たちは、まだいる」

 ミーナも言った。

「戻ったら、続きを話そう」

 黎明は栞を挟んだ本を確かめた。

「うん」

     

 書斎の前で、母が待っていた。

「母さんも?」

「はい。私も、聞きます」

「何の話?」

「あなたへ、何を渡すか。それから、何をまだ渡さないか」

 黎明は、母の顔を見た。

 彼女は笑っていたが、いつもの祝いの笑顔とは少し違った。

「断っても、いい?」

「聞いてから、考えてください。今すぐ返事をしなくても、よいこともあります」

 黎明は頷いた。

 扉をノックする。

 父の声がした。

「入って」

     

 机には、《Bible》が置かれていた。

 その隣に、紺色の古いノートがある。

 父が、ときどき、一人で読んでいたものだった。

 空一郎は、息子へ椅子を勧めた。

「おめでとう、黎明」

「さっきも、聞いた」

「父親として言うのと、仕事の前に言うのは、少し違うかな」

 黎明は座った。

 アリステリアも隣へ腰を下ろした。

 父は、卓上の端末へ声を掛けた。

「ちゅゆ。今日の説明を、記録して」

《記録を開始します》

 聞き慣れた声だった。

 それでも、黎明は背筋を伸ばした。

 空一郎は紺色のノートへ手を置いた。

「これは、僕の祖父のものだ。君から見れば、曽祖父になる」

「遠い世界にいる人?」

「そう」

「今日は、帰る話?」

 父は、ゆっくり首を振った。

「帰る道を探す話もある。でも、まず、僕がここへ持ってきたものを、見てもらいたい」

 《Bible》の画面が灯った。

 保管設備の一覧。

 電源の記録。

 機体の残存部品。

 使えなくなった装置。

 それから、工房、炭鉱、倉庫、街道の帳簿。

 黎明は、思ったより長い一覧を見ていた。

「全部、父さんのもの?」

 空一郎は、しばらく画面を見た。

「その問いに、簡単に答えられないから、今日、話したい」

 黎明は父へ顔を向けた。

 空一郎は続けた。

「家族が、僕を守るために渡してくれたものがある。ここで暮らす人たちが、働いて作ったものがある。僕の名前で管理していても、僕一人で好きにしてよいとは、思っていない」

 アリステリアが、一枚の紙を息子へ渡した。

 父と母が、以前から書き直していた管理の規則だった。

「今日は、読むだけでもよいのです」

 彼女が言った。

「分からないことを、そのままにしないでください」

 黎明は最初の行を読んだ。

 ――この設備を受け継ぐ者は、保管された物の所有だけでなく、それを使う人々への責任を受け継ぐ。

 彼は、もう一度読んだ。

 机の下では、ミーナからもらった栞の入った本を握っていた。

 外には、待っている友人がいる。

 目の前には、父から渡されるものがある。

 どちらも大切だった。

「最初に、聞いていい?」

 黎明が言うと、父は頷いた。

「もちろん」

「僕が分からないって言ったら、父さんは、いつでも説明してくれる?」

 空一郎は息子を見た。

「僕が説明できる間は」

 黎明は、その言い方に、少しだけ不安を覚えた。

 しかし、父は先へ進まず、彼の次の問いを待っていた。

 書斎の扉は、閉じられていた。

 その内側で、黎明は初めて、自分へ残される未来を、父と母の前で問い始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。