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時を継ぐ者たち The Heirs of Time  作者: しゅんたろう as Augai Moritz


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第21章 名を継ぐ者 黎明


 名前は、もう何度も相談していた。

 それでも、実際に赤ん坊を前にすると、空一郎はもう一度、妻へ尋ねた。

「黎明で、いい?」

 アリステリアは、腕の中の子を見た。

「はい。私は、好きです」

 彼は紙へ、二つの字を書いた。

 黎明。

 現地語の綴りも、その下へ添える。

 アリステリアは、以前の練習紙を持ってきた。

「こちらも、書けるようになりました」

 字は少し大きく、線が傾いていた。

 空一郎は並べて置いた。

「両方、残しておこう」

「どちらが、正式ですか」

「両方でいいと思う」

 赤ん坊が眼を開けた。

 焦点が合っているのかは、分からない。

 それでも、二人とも顔を近づけた。

「黎明」

 空一郎が呼ぶ。

 反応はなかった。

 アリステリアも呼んだ。

 赤ん坊は、小さなあくびをした。

「気に入らなかった?」

 彼が言うと、妻は笑った。

「返事を求めるには、早いですね」

     

 名を登録する日、ラグエルは書記へ確認した。

「母の家の名も、記すように」

 空一郎は顔を上げた。

「家の名を、二つ?」

「この子は、ヴァレンタイン家とも、無関係ではない」

 公爵の声は穏やかだった。

 だが、書記は慎重に筆を置いた。

 名前は、父母の願いだけでは決まらない。

 家と、土地と、権利にもつながる。

 アリステリアが言った。

「父の姓は柊。母の出自はヴァレンタイン家。その両方を、記録してください」

 書記は頷いた。

 柊黎明。

 その名の隣へ、母と、外祖父母の名が書き加えられた。

 空一郎は、紙を見ていた。

 遠い世界で、自分を待つ家族の姓が、この世界で新しい家族の名になった。

 うれしかった。

 そして、少しだけ重かった。

     

 CHUYUが、成長記録を作った。

 体重。

 眠る時間。

 食事の記録。

 必要なときに確かめるための、静かな帳簿だった。

「全部、保存する?」

 空一郎が尋ねた。

《必要な情報と、二人が残したい記録を分けられる》

「本人が大きくなったら、消したいものもあるだろうな」

《そのための設定も用意する》

 アリステリアは、寝台の横へ置いた写真を見た。

 空一郎の故郷の家族。

「この子にも、皆様のことを話してください」

「もちろん」

「帰れなかったから、こちらに生まれたとだけは、話さないでほしいです」

 空一郎は妻を見た。

 彼女は続けた。

「事故のことは、話してよいのです。でも、この子を迎えたのは、私たちが望んだことですから」

 彼は頷いた。

「そう話す」

     

 夜、空一郎は家族への報告を録音した。

「生まれた。男の子。名前は、黎明」

 そこで、赤ん坊の声を少し録った。

 妻にも、話すか尋ねる。

 アリステリアは端末へ向かい、ゆっくり言った。

「お会いしたことはありませんが、あなた方のお話は、たくさん聞いています。皆様にも、この子を抱いていただきたいです」

 空一郎は、その声を聞いていた。

 録音を終えたあと、送信した。

 返信は来なかった。

 彼は、送信済みの表示を閉じた。

 寝台の中で、黎明が泣き始めた。

「僕が行く」

 空一郎は立ち上がった。

 向こうへ届けたい報告と、今ここで応えなければならない声。

 その両方が、彼の日々にあった。

     

 黎明が眠ったあと、空一郎は書斎へ戻った。

 卓上には、柊の印を押した事業の帳簿がある。

 北の炭鉱。

 製鉄の試験。

 道路の補修。

 学校と、救護施設への支出。

 人が増え、資金が集まり、事業が広がっていた。

 その帳簿の隣に、小さな紙を置いた。

 黎明の名を書いた紙だった。

「この子が、大きくなるころには、何を動かしているだろう」

 彼が言うと、CHUYUは答えた。

《今の計画では、炭鉱の排水装置と、動力設備の試験が進んでいる》

「その先は?」

《予測できることはある。ただし、どこまで実現するかは分からない》

 空一郎は、旧世界の資料を開いた。

 蒸気。

 鉄道。

 石油。

 内燃機関。

 何代にもわたって、人が作ってきたものだった。

 自分一人で、すべてを作る必要はない。

 作れる人と、調べる方法を残す方が、大切なのかもしれない。

 彼は新しい研究項目を加えた。

 ――現地の材料と工具で維持できる、排水用動力機械。

 黎明の眠る部屋へ、遠くから小さな声が届いた。

 空一郎は端末を閉じた。

 今夜の仕事は、そこまでにした。


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