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時を継ぐ者たち The Heirs of Time  作者: しゅんたろう as Augai Moritz


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第20章 星の誕生、希望の名のもとに


 雨の朝だった。

 アリステリアは、腹の痛みが繰り返されることに気づいた。

 最初は、寝台の端へ座って様子を見た。

 次の痛みが来るまでの時間を、静かに数える。

 空一郎を呼んだのは、それからだった。

「ソラ。診てもらいたいです」

 彼は、すぐに起きた。

「始まった?」

「まだ、分かりません」

「分かった。呼ぶ」

 急いで動こうとして、椅子へ脚をぶつけた。

 アリステリアが、痛みの合間に彼を見た。

「あなたが、けがをしないで」

     

 医療支援設備《SEMELE》は、すでに別棟へ展開してあった。

 突然、地面から現れるものではない。

 電源を確かめ、水と衛生用品を用意し、使う者たちが何度も手順を確認していた。

 現地の産婆と治療者が、分娩を担当する。

 CHUYUは、本人の了承の下で得た測定値を整理し、異常が疑われれば伝える。

 自動装置があるから安全だと、空一郎は思わないようにしていた。

 機械では分からないことを、人が見なければならない。

 逆に、眼だけでは分からない変化を、機械が知らせることもある。

 母がいたら、何から確かめるだろう。

 考えながら、空一郎は担当者の邪魔にならない場所へ立った。

     

 アリステリアの母、ディアナが来た。

 公爵夫人は、娘の様子を見てから、空一郎へ顔を向けた。

「あなたは、座りなさい」

「私は――」

「何か頼まれたら、立てばよいのです」

 彼は椅子へ座った。

 ディアナは娘の髪を整え、額に触れた。

 アリステリアが、短く息を吐く。

「母様」

「いますよ」

 空一郎は、その返事を聞いた。

 いつもいる人が、いつもの声で答える。

 自分にもできることは、それかもしれない。

 彼は妻の手を握った。

「ここにいる」

 アリステリアが、握り返した。

     

 時間は長かった。

 痛みが来る。

 静まる。

 休む。

 また来る。

 空一郎は、何度も画面を見た。

 CHUYUが言った。

《変化があれば伝える。今は、アリステリアを見て》

 彼は視線を戻した。

「水、飲める?」

 担当者へ確認してから、杯を支えた。

 妻は少し飲み、眼を閉じた。

「時計を、見ないでください」

「見てた?」

「見るたびに、まだ長いのかと思います」

 彼は端末を伏せた。

「もう見ない」

 しばらくして、担当者が二人へ声を掛けた。

 次にすることを、短く説明した。

 空一郎は聞き、アリステリアも頷いた。

 彼には代われなかった。

 そのことを、何度も思い知った。

    

 産声が聞こえたとき、空一郎は、すぐには動けなかった。

 小さく、しかし、はっきりした声だった。

 担当者が身体を確かめ、布で包んだ。

「男の子です」

 アリステリアは、疲れた顔で眼を開けた。

 赤ん坊が胸元へ置かれる。

 彼女の手が、まだぎこちなく小さな背中を支えた。

「……来たのね」

 空一郎は、妻と子を見た。

 何を言えばよいのか、分からなかった。

 装置の数字ではない。

 図面の中にいた子でもない。

 顔があり、手があり、声がある。

「アリス」

 彼は、その名を呼んだ。

「ありがとう」

 彼女は、涙の浮いた眼で笑った。

「あなたも、見てください」

 彼は近づいた。

 赤ん坊の指が、動いた。

 その小ささに、驚いた。

 昔、自分の父も、同じところを見て驚いたと聞いたことがある。

     

 ラグエルは、廊下で待っていた。

 空一郎が出てくると、立ち上がった。

「娘は?」

「今、休んでいます。担当者が、続けて経過を見ています」

「子は?」

「男の子です」

 ラグエルは、椅子の背へ手を置いた。

 深く息を吐く。

「会えるか」

「少しだけ」

 公爵は、いつものように急いで入っていかなかった。

 扉の前で衣服を整え、手を洗った。

 孫を見ても、すぐには触れなかった。

「小さいな」

 空一郎が頷いた。

「私も、そう思いました」

 ラグエルは、眠る娘を見た。

「この子も、昔はこうだった」

 声が、少し低くなった。

 ディアナが、夫の隣へ来た。

「あなたは、抱くのが下手でした」

「今、その話をするか」

「また練習が要りますから」

 空一郎は笑った。

 赤ん坊が、小さく身じろぎした。

     

 誕生を知らせる鐘は、翌日、館の礼拝堂で鳴らされた。

 街へも知らせが出た。

 工房から花が届いた。

 農村から、布と食べ物が届けられた。

 祝ってくれる者がいた。

 公爵家の血を引く子の誕生を、政治の出来事として数える者もいた。

 空一郎は、届けられた書簡の一つを読んだ。

 

――新しき世を導く御子。

 

彼は、その表現を少し長く見ていた。

 まだ、目を開けるだけで精いっぱいの子だった。

 世界を導く役目まで、今から背負わせたくなかった。

「返事には、普通に、息子が生まれたと書こう」

 彼が言うと、アリステリアは頷いた。

「まずは、よく眠ってもらいましょう」


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