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時を継ぐ者たち The Heirs of Time  作者: しゅんたろう as Augai Moritz


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第18章 星に告ぐ、力の証明


 合同軍事演習の知らせは、会談から十日後に届いた。

 三国の兵が、国境近くへ集まっている。

 観測衛星の画像と、商人の報告は、その点では一致していた。

 侵攻が決まったとまでは、言えなかった。

 しかし、街道の荷が減り、穀物の値が上がり始めていた。

「演習だけでも、商売が止まる」

 ラグエルは帳簿を見た。

「彼らは、それも分かっている」

 ベイルが尋ねた。

「こちらも、兵を出しますか」

「備えはする。国境は越えない」

 当主は空一郎へ顔を向けた。

「君の道具で、何ができる」

 彼は、いくつかの案を説明した。

 遠くを見ること。

 兵の移動を記録すること。

 空から、距離を越えて力を届かせること。

 ラグエルは最後の案を聞いて、黙った。

「見せるだけで、よいのか」

「見せたから退くとは、限りません」

 空一郎は答えた。

「怖がる相手もいる。奪いたくなる相手もいる」

「それでも、知らぬまま攻め込むよりは、互いに考える時間ができる」

 ベイルが言った。

 空一郎は頷いた。

 実演の提案を、三国へ送ることになった。

     

 場所は、両側の代表が確認した、ラグエリア側の訓練地だった。

 近くの集落には、前もって知らせた。

 軍だけではなく、聖堂の者と、商人の代表も立ち会った。

 クラリスの使節は、標的の石を調べた。

「仕掛けは?」

「ありません。位置も、そちらで選んで構いません」

 空一郎は言った。

 衛星は、上空から攻撃する装置ではなかった。

 観測と通信を担う。

 実演に使う機体は、遠方の待機区域にいた。

 CHUYUが、各記録を照合する。

《区域内に人影なし。ただし、最終確認を地上で》

 空一郎は係員へ合図した。

 旗が上がった。

 彼は、立会人へ向き直った。

「始めます」

     

 最初に聞こえたのは、遠い機体の音だった。

 空を見上げても、すぐには見えない。

 指定した石の表面に、細い光が触れた。

 次いで、煙が上がった。

 輪郭が刻まれていく。

 柊の葉と、その中の文字。

 以前は図面にしかなかった印が、石へ残った。

 光が止まった。

 実演は、短かった。

 しかし、誰もすぐには話さなかった。

 風が煙を流した。

 空一郎は装置の状態を確認し、機体を帰還させた。

 ラグエルは、立会人の顔を見ていた。

 驚き。

 計算。

 恐れ。

 それぞれ、違うものが浮かんでいる。

   挿絵(By みてみん)  

 リュグノスの代表が、石へ近づいた。

「術者は、どこにいる」

「機体を操縦しています」

「この近くには、術力の流れがなかった」

 その場にいた聖堂の術者も頷いた。

 空一郎は説明した。

「光を集める装置です。天候や、距離によって、できることは変わります」

 クラリスの使節が尋ねた。

「城壁にも、同じことができる?」

「材質と厚さによります」

 その返事で、相手が安心した様子はなかった。

 別の者が、低く言った。

「天の裁きだ」

 空一郎は、その方を見た。

「人が動かした機械です」

 男は黙った。

 空一郎は続けた。

「神の命令ではありません。使った責任は、私たちにあります」

 ラグエルが、彼の隣へ来た。

「今日見せたのは、戦いを始めるためではない。攻める側にも、守る側にも、何が起こり得るかを知ってもらうためだ」

 講和は、その日のうちには決まらなかった。

 翌週も、翌々週も、交渉は続いた。

 それでも、国境に集まった兵の一部は戻された。

 止まっていた荷車が、少しずつ動き始めた。

     

 協定には、相互の事前通告と、街道の共同管理が盛り込まれた。

 技術の供与は、軍事と民生を分けて交渉する。

 水路と測量、工具の規格は共有を進める。

 兵器の移転には、別の承認を要する。

 どの国も、完全には満足しなかった。

 だからこそ、署名のあとにも会議が必要だった。

 空一郎は契約書を束ね、柊の印を押した。

 その印を、使節たちが見た。

 公爵家の紋章とは違う。

 王の印でもない。

 けれど、道具と、資金と、人が、その文字の下へ集まりつつある。

「君の家の名が、知られるようになる」

 ラグエルが言った。

 空一郎は紙を見た。

「名前を知られるだけなら、いいのですが」

「名前だけでは、済まん」

 当主の声は静かだった。

「人は、君を信じて金を出す。次には、君の子だから信じる者も出る。逆に、君の子だから奪いたいと思う者もいる」

 空一郎は、妻が書いた継承規則を思い出した。

 受け継ぐのは、物だけではない。

 だが、そう書いただけで、欲望まで変えられるわけではなかった。

     

 遠く離れた、元の世界。

 研究所では、夜になっても明かりが消えなかった。

 海一郎が、転送時の記録を開いていた。

 受信できた最後の生命記録。

 座標の照合に失敗した値。

 搭載AIからの短い報告。

 何度見ても、空一郎が今いる場所へは届かなかった。

「ここを、誤差として処理したのが悪い」

 海一郎が言った。

 陸一郎は隣で、式を見直していた。

「誤差として処理しなくても、座標を作れない」

「でも、何かを捨てている」

「何を?」

 海一郎は答えなかった。

 まだ、言葉にできない。

 その値が、測定の失敗ではなく、測定の枠の不足を示している気がしていた。

     

 みさをが、食事を持ってきた。

「いったん、離れて」

「あと少し」

 海一郎が言うと、彼女は机の隅へ容器を置いた。

「空も、同じことを言うでしょうね」

 二人の手が止まった。

 みさをは、画面を見た。

「今の記録から、何が分かる?」

 陸一郎が答えた。

「最後に応答したこと。装備が動いていたこと。それ以上は、まだ」

 母は頷いた。

 同じ問いを、何度もしていた。

 答えが変わらないことも知っていた。

 それでも、確かめずにはいられなかった。

「続けるために、食べて」

 彼女が言った。

 海一郎は、ようやく椅子を引いた。

     

 善一は別室で、俊介と古い資料を見ていた。

 時代の異なる研究ノート。

 事故の記録。

 出所不明の信号が印刷された、黄ばんだ紙。

 善一は、その紙に長く眼を留めた。

「これも、調べ直すか」

 俊介が尋ねた。

「今の装置で、読めるところは増えるかもしれん」

「整理して、海へ渡しましょう」

 善一は頷いた。

 しかし、その紙が、孫の捜索とどう関わるのかは、まだ分からなかった。

 記録は、ほかの資料とともに、新しい解析用の箱へ収められた。

     

 ラグエリアでは、同じころ、空一郎が家族への報告を録音していた。

「水門が動いた。隣国と、協定を結んだ」

 彼は、そこで少し笑った。

「父さんが聞いたら、帰還の研究はどうなったと言うと思う。続けてる。必要な材料が、こちらでも少しずつ作れるようになってきた」

 机には、クラリスの契約書と、帰還装置の試験記録が並んでいた。

 その隣に、アリステリアが書いた日本語の練習紙がある。

「それから、子どもが生まれる」

 言い終えると、胸が詰まった。

 母の返事を、聞きたかった。

 父が何と言うか、知りたかった。

 兄たちが驚く顔と、宙結が笑う顔を見たかった。

 空一郎は、少し待ってから続けた。

「名前は、黎明にしようと思ってる。まだ、相談中だけど」

 送信を終えた。

 応答は、なかった。

 CHUYUが、記録を保存した。

「もう一度、送る?」

「次の観測窓で、送って」

「分かった」

 空一郎は窓の外を見た。

 新しい街道の灯が、遠くへ続いていた。

 その先には、これから出会う人々がいる。

 見えないほど遠いところには、まだ自分を探している家族がいる。

 彼は、どちらへも届くものを残したいと思った。

 言葉。

 記録。

 道具。

 そして、それを読み、使うことのできる人。

 その願いが何代先へ届くのかを、今の空一郎は、まだ知らなかった。


 この段階の名称と位置づけ


名称            設定


リゼアス大陸       空一郎が漂着した世界の主要舞台

ラグエリア公爵領     ラグエル・ヴァレンタインが治める王国内の領地。まだ独立国ではない

レグラント   王都。公爵家の屋敷と、空一郎の政務拠点がある

リュグノス公国    西部の交易路を持つ隣接勢力

エルベリン王国 住民の移動と債務を巡り、ラグエリアと交渉する

クラリス公国 復活を唱え、空一郎の技術獲得を狙う

柊の印を持つ事業 工房 物流・公共工事への出資をまとめ始めた組織。後の柊家の企業群につながる

黎明 空一郎とアリステリアの子の命名候補。後の初代当主となる人物

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