第17章 対話の刻、そして動く陰謀
三国の使節団との会談は、レグラントの公爵家の屋敷で行われた。
ラグエルが議長を務め、王から派遣された官吏も同席した。
空一郎は、当主の横ではなく、説明用の机の前へ座った。
領地の技術顧問として、答える範囲を決めておく。
それは、会談の前にラグエルと相談したことだった。
「君が、国の約束を勝手にしてはならん」
「分かっています」
「彼らは、君に約束させようとするかもしれん」
空一郎は、その言葉を覚えて会場へ入った。
最初に話したのは、エルベリン王国の使節だった。
「こちらへ移った者の中に、借財を残した者がいる。返済を求めても、元の領主には権利がないと言われた」
空一郎は用意した記録を開いた。
「返済の請求そのものは、拒んでいません。ただ、移住した家族を全員連れ戻すことは認めていません」
「借りた者が、逃げ得になる」
「それは避けたいです。債務の額と、契約の内容を確認しましょう」
リュグノスの使節が続いた。
「職人が一度に出ていけば、工房は止まる。こちらで修業費を負担した者もいる」
「費用の扱いを、契約で決めることはできます」
「人を出す側だけが、負担する」
空一郎は、ここで少し考えた。
「共同の訓練所は、どうでしょう。こちらも費用を出す。修業後の就労条件は、本人を含めて決める」
使節たちは、すぐには返事をしなかった。
しかし、話はそこで止まらなかった。
クラリス公国の使節は、最後に口を開いた。
「人の話は、結構です。問題は、兵器です」
机へ、金属製の部品を置く。
以前、グランハルトが持ち込んだものと似ていた。
「あなた方の技術が国境を越えた。事故が起き、人が死んだ」
空一郎は部品を見た。
「その製品を、こちらが売った記録はありません」
「図面が流れたなら、責任がないと?」
彼は答えを急がなかった。
会場の空気が変わった。
「事故の記録を見たいです。製造した場所と、材料も」
「我々の工房を調べるのか」
「原因を確かめるためです」
クラリスの使節は、手を引いた。
「あなたが知識を独占し、ほかの者が使えば危険だと言う。それでは、協力ではない」
「共有できる技術は、増やしたいと思っています」
「では、製法を公開されたい」
空一郎は、その要求の先を見た。
事故を防ぐためという理由で、武器の知識を求める。
断れば、独占だと言われる。
渡せば、誰が何に使うか分からない。
「武器の製法を、一括して渡す約束はできません」
彼が言うと、使節の顔から笑みが消えた。
ラグエルが、会話へ戻った。
「街道、債務、職人の移動。合意できるものから、まとめよう」
「軍備の不均衡を放置したままでは、交易も安定しません」
クラリスの使節が言った。
王の官吏が、初めて口を開いた。
「軍備の交渉は、王国として扱う。公爵領だけで決める事項ではない」
空一郎は、その声を聞いた。
ラグエリアの技術は、ラグエリアだけの問題ではなくなっていた。
王は、隣国を警戒している。
同時に、自分の国の中で、王の手元にない力が育つことも警戒している。
会談は、午後まで続いた。
すべての訴えに答えは出なかった。
しかし、街道の通行記録を共有し、債務の照合窓口を設け、次回の会談を開くことは決まった。
空一郎は、その紙へ署名した。
自分の名前の横に、王の官吏と、各国の使節の名が並んだ。
技術の説明より、その一枚を作る方が難しかった。
会談の後、書記が訂正を求めてきた。
「こちらの名は、どの文字を残しますか」
空一郎は署名を見た。
現地語で記した名の横に、小さく漢字の「柊」を添えていた。
「両方、残してください」
「紋章ですか」
「姓です。家族の名前」
アリステリアが、後ろから言った。
「工房の契約書にも、使い始めています」
空一郎は振り返った。
「いつから?」
「出資をする商人が増えたので、何の事業に出しているのか、分かる印が要りました。公爵家の支出と、あなたの工房の収入も分けています」
彼女は見本を出した。
柊の葉を模した線の中に、漢字が組み込まれている。
「グランハルトは、細かすぎると言いました」
「焼印には、そうだろうな」
二人は笑った。
新しい印が、紙の上にあった。
設備を作り、道を直し、商品を運ぶための事業。
その収益の一部が、次の工事と、帰還研究へ回る仕組みができ始めていた。
王の官吏は、その印をしばらく見ていた。
空一郎は、官吏の視線に気づかなかった。




