第13章 ヌース・ポーチ 家族が託した未来
アリステリアを保管設備へ案内したのは、その数日後だった。
これまで彼女は、空一郎がNoös Pouchから取り出すものを、その都度見ていた。
しかし、中に何があり、何が残っているのかを、まとめて聞く機会はなかった。
「私も、知っておいた方がよいでしょう」
彼女が言った。
「あなたが使いすぎたとき、止められるように」
「そんなに、使いすぎてる?」
「先月、部品の残りを見て、黙っていました」
空一郎は苦笑した。
「見てたのか」
「隣にいましたから」
彼は認証を行い、在庫の画面を開いた。
「無限に入るわけでは、ないんですね」
最初の説明を聞いて、アリステリアが言った。
「容積も、重さも、上限がある。接続を保つ電力も必要だ」
「なくなったら?」
「出し入れができなくなる。中のものが消えるわけではないけど、接続を戻せなければ取り出せない」
彼女は腰の小さな装置を見た。
「鍵だけ持っていても、扉が開かない」
「近いと思う」
空一郎は記録を切り替えた。
「それから、出す場所が必要。飛行機を寝室へ出すことはできない」
「できなくて、安心しました」
彼は笑った。
「家族が、できないことを随分増やしてくれた」
「それで、今、困っていますか」
「助かってる」
最初に見せたのは、飛行機でも武器でもなかった。
予備の工具。
小さな軸受。
配線。
交換用のフィルター。
医療資材と、食料の保管区画。
「地味なものが、多いでしょう」
空一郎が言った。
「派手なものを、長く動かすためのものですか」
「そう」
アリステリアは、小さな部品の並びを見た。
「これは?」
「同じ規格の留め具。こちらで作れるように、見本もある」
「お兄様が用意されたのですか」
「海が、数をそろえた。陸は、収納場所を決めた。母は、何を隣に置かないかまで確認した」
「お父様は?」
「組み立てる順番を、何度も書き直した」
彼は、画面の端にある注意書きを読んだ。
――最初に、作業場所を確保すること。
文字は整っていた。
父らしい、短い命令だった。
補助脳の説明では、アリステリアが空一郎の後頭部を見た。
「そこに、CHUYUがいるのですか」
「ここには、神経と装置をつなぐ部分がある。全部の計算を、頭の中でしているわけではない」
彼は《Bible》を持ち上げた。
「こちらや、別の計算装置にも仕事を分ける。切れても最低限の支援は続くようにしてある」
「では、この本が、もう一つの頭?」
「補助する道具、と考えてもらう方がいい」
アリステリアは端末へ向き直った。
「CHUYU。私の言葉も、分かりますね」
《はい。今の質問は理解できました》
「では、私にも操作できますか」
《閲覧を許可された情報は、操作できます》
空一郎が説明を添えた。
「言葉が違うだけで使えなくなるわけじゃない。ただ、重要な操作は、本人確認と権限が要る」
「子どもが大きくなったら?」
彼は、少し考えた。
「少しずつ、教える。道具の使い方だけじゃなくて、記録の読み方も」
「あなたの国の言葉も?」
「教えたい。元の資料を、そのまま読めるように」
アリステリアは頷いた。
「では、私も習います。子どもだけが読めて、私が読めないのは困ります」
動力設備は、館から離れた作業場に置かれていた。
Vulcānus Mk.2。
空一郎の時代に作られた、小型核融合電源だった。
外部からは、幾重にも覆われた機械と、冷却設備しか見えない。
「これが、皆の言う『神の火』ですか」
「その呼び方は、広めたくないんだけど」
「火を入れなくても、機械が動くからでしょう」
空一郎は、監視表示を開いた。
「燃料も要る。熱も出る。材料も傷む。何も要らない火じゃない」
「壊れたら?」
「止める仕組みはある。でも、覆いの内側には危険が残る。だから、人が勝手に入れない場所に置いている」
彼は壁の向こうを指した。
「道具は、ここで充電した電池で動く。遠くへ電気を無限に送れるわけじゃない」
アリステリアは、表示された点検日を見た。
「この数字は、誰が確認しますか」
「今は、僕とCHUYU」
「ほかの人も、育てなければ」
「うん」
彼女は機械を見上げた。
「あなた一人を守れば、全部が守れると思われるのは、危ないですね」
空一郎は、その言葉を記録した。
地上車両のGARUDA-RTには、工具と救護用の装備が積まれていた。
高機動バイクのSERAPH-BLADEは、狭い街道の調査に使っていた。
潜水艇LEVIATHAN-01は、まだ本格的に運用していない。
「海へ行く予定もあるのですか」
「川だけでは、運べる荷に限りがある。港を見たい」
「潜って、何を調べるのでしょう」
「底の地形や、構造物。港を造るなら、見えないところも知らないと」
アリステリアは、在庫一覧の下へ視線を動かした。
用途を隠さず記した、防護と武装の区画があった。
「これも、家族が?」
「うん」
「あなたが危険に遭うことを、想像して」
空一郎は頷いた。
彼女は、それ以上、品目を尋ねなかった。
少しして、言った。
「取り出す許可は、誰が持っていますか」
「今は、僕だけ」
「あなたがいないときは?」
彼は黙った。
帰還計画には、緊急時の引き継ぎがあった。
だが、この世界で、自分の子へ何を渡すかは、まだ決めていなかった。
「そこは、考え直さないといけない」
作業場の机で、アリステリアは紙へ項目を書いた。
管理する者。
使う者。
許可を出す者。
記録を確認する者。
「全部、同じ人でよいのですか」
「少ないうちは、その方が早い」
「多くなったら?」
「間違えても、止める人がいなくなる」
空一郎は答えた。
アリステリアは、彼を見た。
「子どもが生まれたからといって、全部を、その子のものにしますか」
空一郎は、保管区画の画面へ目を向けた。
家族が、自分を守るために渡したもの。
それが、今は領地の仕事と、軍と、工房を支えている。
「僕の子だけで使っていいものばかりじゃない」
「では、そう書いておきましょう」
「書いて、守られるかな」
「書かずに、伝わるでしょうか」
彼は、彼女の隣へ座った。
最初の文を、二人で考えた。
――この設備を受け継ぐ者は、保管された物の所有だけでなく、それを使う人々への責任を受け継ぐ。
まだ、正式な規則ではなかった。
それでも、空一郎は日付を入れた。
何を残すかという問題が、何を使うかという問題と、同じくらい大きくなり始めていた。




