第12章 空へ還る翼 観測衛星一号
飛行計画の説明を聞き終えると、ラグエルは一つだけ尋ねた。
「上へ行けば、帰る道が見つかるのか」
「必ずとは言えません」
空一郎は答えた。
「ただ、地表だけでは、この世界の全体像が分からない。星の位置も、地形も、もっと広い範囲で測りたいんです」
「その観測が、領地にも役立つ」
「はい。川の流域、森林、街道。地上で歩いて調べるより、早く分かることがあります」
アリステリアは、机に広げられた図を見た。
「一度に、全部が見えるのですか」
「それは無理です。一つの衛星は、決まった軌道を回るだけなので、見られる場所と時刻が限られます」
「では、必要なときに見られないことも」
「あります」
彼女は頷いた。
「その説明を、報告を読む方にもしてください。見えていないことを、何も起きていないと考えそうですから」
飛行の前に、地上での測定を重ねた。
大気の密度。
重力。
風。
惑星の回転と、地平線までの距離。
元の世界で作られた航行計算を、そのまま使うわけにはいかなかった。
空一郎は、保管していた機体を作業場へ展開した。
FENRIR-X。
搭載番号、F-Σ01。
暗い灰色の翼が、朝の光を受けた。
グランハルトは機体の周囲を一周し、戻ってきた。
「これだけのものを、あの袋へ入れていたのか」
「袋の中に、直接入っているわけではありません」
「その説明は、もう聞いた。分からんところが、少し移っただけだ」
老職人は車輪の脚へ手を当てた。
「傷めたら、直せるのか」
「直せる場所と、ここでは作れない場所があります」
「なら、傷めんように乗れ」
空一郎は頷いた。
それは、父からも聞きたかった言葉だった。
離陸した瞬間、身体が座席へ押しつけられた。
機体の振動が、手と背中へ伝わる。
空一郎は計器を見た。
その配置も、警告音も、覚えていた。
漂着して以来、初めて、周囲のものを迷わず読めた。
《上昇、安定》
CHUYUが報告した。
「燃料は」
《計画範囲内》
翼の下で、畑が小さくなった。
水路が線になり、街道が曲がり、館の屋根が点になる。
雲を抜けた。
空一郎は、短く息を吐いた。
「……やっぱり、いいな」
「久しぶりだね」
「この音まで、懐かしい」
彼は旋回し、飛行区域を確認した。
宙返りをしたくなった。
だが、今日は試験ではない。
搭載物があり、使える燃料も限られている。
操縦桿を握り直し、予定の針路を保った。
高空へ達すると、搭載していた空中発射型の多段ロケットを切り離した。
小さな衛星を運ぶための、専用装置だった。
細長い外見でも、単なる筒ではない。推進系、誘導系、分離機構を備え、その大部分は、地表の引力から衛星を離すために使われる。
空一郎は距離を取った。
ロケットが加速する。
白い軌跡が、さらに上へ伸びた。
《第一段、正常》
彼は視線を計器へ戻した。
もう、眼だけでは追えない。
表示される値を読み、一つずつ確認する。
《最終分離を確認。軌道投入の成否を判定中》
待つ時間が長く感じた。
母は、こんな時間を研究所で過ごしたのだろうか。
空一郎は、その考えを脇へ置いた。
今は、帰還するための飛行を続けなければならない。
《衛星一号から、状態信号を受信》
「軌道は」
《計画との差はあるが、観測に使用可能》
空一郎は、声を出して笑った。
通信画面に、粗い画像が現れた。
青い海。
褐色の山地。
白い雲。
地上からでは見えなかった、川の大きな曲がりがある。
「きれいだな」
「最初の画像を保存した」
空一郎は、画面を見つめた。
国境線は写っていなかった。
地図にあった太い線は、人が引いたものだった。
自分の装備が空を飛べるからといって、この空が自分のものになるわけではない。
「観測衛星、一号」
彼は記録へ言った。
「運用を開始する」
帰還後、最初の画像をラグエルとアリステリアへ見せた。
ラグエルは、街道より先に川を指した。
「ここは、氾濫する場所か」
「地形から、その可能性があります。地上でも確かめます」
アリステリアは、北の森を見ていた。
「この道は、帳簿にありません」
「新しくできたのかもしれません」
画像を拡大すると、伐採された帯と、小さな建物が見えた。
クラリス公国との境に近い場所だった。
CHUYUが、過去の地上観測と重ねた。
《以前の記録より、道幅が広がっている》
「兵を運ぶ道か」
ラグエルが尋ねた。
「まだ分かりません。荷車の道でもあります」
空一郎は答えた。
見えるようになったからこそ、断定を急ぎたくなかった。
ラグエルはベイルを呼んだ。
「人を送り、確かめよう」
空の記録と、地上の証言。
どちらか一方だけでは、まだ足りなかった。




