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時を継ぐ者たち The Heirs of Time  作者: しゅんたろう as Augai Moritz


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第9章 ハイラスタ同盟の反乱


 カリオス・ド・ヘルマンスが館へ来たのは、空一郎の漂着から一月ほどたったころだった。

 

ハイラスタ同盟の交渉役であり、自身も領地と兵を持つ貴族だという。

 ラグエルの許しを得て、彼は空一郎と面会した。

 背の高い、身なりの整った男だった。丁寧な挨拶をし、空一郎が言葉に迷うと、急がず待った。

「あなたの道具について、驚くべき話を聞いています」

「話が大きくなっていると思います」

「そうでしょうね。しかし、空から土地を見る道具は、実際にある」

「あります」

「我々は、それを必要としています」

 カリオスは、机に小さな地図を広げた。

「街道の安全を守る。山賊を追う。国境の異変を早く知る。用途は、あなたにも理解できるでしょう」

「はい」

「ならば、力を貸していただきたい。工房、資金、人員。ヴァレンタイン家一つより、はるかに多く用意できます」

 空一郎は地図を見た。

 帰還装置を作るには、人も、材料も必要だった。

 無視できない提案だった。

「その代わりに、何を求めますか」

「協力です」

「ラグエル卿との関係をやめることも?」

 カリオスは微笑んだ。

「新しい立場には、新しい忠誠が伴います」

     

 空一郎は、少し考えて尋ねた。

「あなた方の土地では、職人が自分で工房を持つことはできますか」

「許可を得れば」

「農民が、土地を離れることは?」

「勝手に離れれば、田畑が荒れます」

「領主の判断に反対したら?」

「判断を知らぬ者が、何に反対するのです」

 カリオスの声は、まだ穏やかだった。

「あなたの国には、違う慣習があるのでしょう。しかし、ここには、ここの責任があります。飢饉になれば、誰が穀物を出すのか。争いになれば、誰が兵を率いるのか。民に任せて、済む話ではありません」

 空一郎は頷いた。

「ラグエル卿も、似たことを言いました」

「当然です。我々は同じ階級ですから」

「でも、あの人は、分からないことを聞きます」

 カリオスの指が、地図の上で止まった。

「あなたも、私の道具を知りたい。その必要を認めています。だったら、土地で働く人の話も、同じように聞けませんか」

「人には、ふさわしい役目がある」

「その役目を、本人が選べないのは、納得しにくいです」

 しばらく沈黙があった。

 カリオスは地図を畳んだ。

「今すぐ、お返事は要りません」

「今の条件では、お受けできません」

 男は立ち上がった。

 最後まで、礼は崩さなかった。

「ヴァレンタイン家だけが、この国ではないことを、お忘れなく」

     

 襲撃は、彼が去った二週間後に起きた。

 夜明け前、空一郎は警報で眼を覚ました。

《西門付近で、異常を検出》

 CHUYUの声がした。

「何が起きた」

《見張りの応答が途絶えた。接近する人影が複数。館の巡回経路と一致しない》

 窓の外で、鐘が鳴った。

 次いで、石を打つような重い音。

 空一郎は外装をつかんだ。

 廊下へ出ると、ミレナが走ってきた。

「部屋にいてください。ベイル様が――」

 階下で光が弾けた。

 窓の一枚が割れた。

 空一郎はミレナを壁際へ引いた。

「アリステリアは?」

「東の階に」

「そこへ行って。窓から離れて」

 彼は《Bible》に館の図を出した。

「ちゅゆ、ベイルと連絡できるか」

《中庭にいる。映像を送る》

 護衛長は門から入る敵を押し戻していた。

 兵が倒れ、別の兵が引きずって退く。

 敵の一人が杖を振ると、地面から砂と石片が持ち上がった。射手たちの視界が塞がれる。

 普通の襲撃ではなかった。

     

 空一郎はNoös Pouchを開いた。

 小型無人機。

 防護板。

 測距装置。

 必要なものだけを取り出す。

「人数は」

《確認できる範囲で三十七。外にもいる可能性がある》

「標的は僕か?」

《不明。工房側にも人が向かっている》

 ポッドと、道具が保管されている建物だった。

 空一郎は歯を食いしばった。

 奪うつもりなのか。

 壊すつもりなのか。

 どちらであっても、帰るための手がかりだった。

「工房への経路を――」

《東階でも侵入を検出》

 空一郎は足を止めた。

 アリステリアのいる場所。

 彼は階段を駆け上がった。

     

 踊り場に、二人の男がいた。

 一人が扉を開けようとしている。もう一人は、廊下へ向けて剣を構えていた。

 空一郎を見ると、剣の男が叫んだ。

 刃に光が走る。

《前回と似た作用。ただし強度は不明》

 空一郎は壁際の防護板を展開した。

 衝撃が板を打ち、腕から肩へ伝わった。

 警告が鳴る。

 思ったより、重い。

 しかも、防護板の端を越えて、熱が頬へ触れた。

「同じじゃないな」

《作用が違う。受け続けないで》

 彼は板の陰から短い光を放った。

 狙ったのは、人ではなく、男の手元だった。

 剣が揺れ、光が乱れた。

 その隙に、空一郎は距離を詰めた。

 体当たりで相手を壁へ押しつけ、武器を落とさせる。

 もう一人が振り返った。

 手に、小さな金属片を持っていた。

 男が何か唱える。

 空一郎の足が、急に重くなった。

 床へ縫い止められたように、膝が曲がらない。

《下肢への荷重が増大。外部作用――》

 間に合わない。

 男が短剣を抜いた。

 そのとき、扉の内側から水差しが飛んだ。

 男の肩に当たり、陶器が砕けた。

 アリステリアが立っていた。

「ソラ!」

 空一郎は、声の方へ身体をひねった。

 男の発声が途切れ、足の重さが消えた。

 彼は短剣の腕を押さえ、床へ倒した。

 アリステリアは息を切らしていた。後ろには、侍女たちがいる。

「けがは?」

 空一郎が尋ねた。

「ありません。あなたは?」

「あとで確かめる」

「今、確かめてください」

 その言い方が、少し母に似ていた。

 彼は一瞬だけ笑い、すぐに廊下へ視線を戻した。

     

 中庭へ戻ったとき、ベイルは片膝をついていた。

 剣は持っている。

 だが、左肩が血で濡れていた。

「動けますか」

「まだ、動く」

「東階に二人。拘束した」

 ベイルの顔が変わった。

「お嬢様は」

「無事です」

 護衛長は短く息を吐いた。

「門の外に、術者がいる。あれを止めんと、入ってくる」

 空一郎は無人機の映像を開いた。

 街路に、荷車が止まっている。

 その後ろで、数人が同じ動きを繰り返していた。門の内側へ、定期的に圧力が走る。

 彼は投影画面をベイルへ向けた。

「この人たち?」

「そうだ」

「射手を、こちらの屋根へ移せますか。土煙の外から見える」

 ベイルは地図と、実際の建物を見比べた。

「行ける」

「僕が映像で、位置を知らせます」

 空一郎だけでは、全員を止められない。

 飛行機も、大きな兵器も、今ここで出す場所はなかった。使えば、館の者まで巻き込む。

 必要なのは、見えない敵を、見えるようにすることだった。

 ベイルが命令を出した。

 兵が動いた。

 無人機が街路の上へ出ると、敵の術者が空を見上げた。

 何かが伸びた。

 映像が揺れ、途切れた。

《一機、喪失》

 空一郎は、画面を切り替えた。

「二機目。高さを変えて。近づきすぎるな」

 家族が用意した道具が、一つ失われた。

 胸が痛んだ。

 だが、今は数えている場合ではなかった。

     

 夜が明けるころ、攻め手は退いた。

 館の中には、割れた窓と、焦げた壁と、血の跡が残った。

 空一郎は負傷者のそばで、医療用の資材を渡していた。

 使えるものと、説明が必要なものを分ける。

 現地の治療者が光を当てても、出血が止まらない者がいた。

「その人は、こちらで押さえてください」

 彼は指示を伝え、手を貸した。

 やがて、一人の兵の息が止まった。

 空一郎はしばらく、その顔を見ていた。

 名前を知らない男だった。

 毎日、廊下で立っていたのを覚えている。

「私たちは、守れた」

 ベイルが言った。

 空一郎は顔を上げた。

「全部は、守れていない」

「全部守れた戦いを、私は知らん」

 慰めというより、長く戦ってきた者の言葉だった。

     

 捕らえた者の供述から、ハイラスタ同盟との関係が浮かんだ。

 館の内側の見張りが買収されていた。

 侵入路を描いた図も見つかった。

 空一郎の拘束と、装備の確保。それが襲撃隊へ与えられた任務らしかった。

 しかし、カリオス自身が命じたと断定できる証拠はなかった。

 ラグエルは、王都へ報告を送った。

 返事を待つ間にも、同盟の一部は兵を集め始めた。

「私の領内へ兵を入れ、家族に刃を向けた」

 ラグエルは書斎で言った。

「もう、礼儀正しい交渉だけでは済まん」

 空一郎は、机へ設計資料を置いた。

 新しい武器の構想だった。

 ラグエルは、しばらく黙って見た。

「これで、次を防げるか」

「防げる可能性は増えます。でも、確実とは言えません」

「敵より、強い力を持つ」

「敵も、同じものを欲しがります」

 空一郎は図面を押さえた。

 数日前なら、力の差を見せれば、相手は引くと思っていた。

 今は、それだけではないと分かる。

 欲しいから、襲う者もいる。

「まず、門と、警戒の仕組みを直したい。武器を増やす前に」

 ラグエルは、負傷者の一覧を見た。

「両方、進めてくれ」

     

 グランハルトは、図面を見て怒った。

「こんな薄いところへ、こんな力を掛けるのか」

 老職人は、太い指で線をたたいた。

「紙の上では、割れんだろうな」

「材料の試験が必要です」

「必要なのは、分かっている。どれだけ待てる」

 空一郎は答えた。

「安全を確かめるまで」

「領主様も、そう言うかね」

 工房の奥で、ラグエルが腕を組んだ。

「私にも、聞かせているのだな」

「ほかに、誰がおります」

 空一郎は、思わず笑った。

 祖父の研究室にも、こういう人がいた。

 図面だけでは、ものはできない。

 材料と、工具と、扱う者の経験が必要だった。

 試作は、何度も失敗した。

 割れた部品。

 不揃いな加工。

 狙った働きをしない機構。

 空一郎は未来の機械で全部を作ってしまいたくなったが、それでは、彼がいなくなったあとに直せない。

 グランハルトは、その点だけは認めた。

「なら、こっちの道具でできる線に、描き直せ」

     

 数週間後、訓練場で試作品の公開試験が行われた。

 空一郎は、立ち会う者を限り、離れた位置から作動を確認した。

 乾いた音がした。

 標的の板に、穴が開いた。

 粉々にはならなかった。

 しかし、それを見た兵たちは黙った。

 次に、小型砲の試験が行われた。

 土が跳ね、見物する者の足元まで振動が来た。

 ベイルは、着弾した場所へ歩き、しばらく眺めた。

「術者でなくても、使えるのか」

「訓練と、整備が必要です」

「術を覚える年月とは、違う」

「違います」

 ラグエルは、その会話を聞いていた。

 血筋や才能に頼っていた力が、道具を持つ者へ移る。

 空一郎は、ようやく、この世界で何を始めたのかを理解した。

 試験後、CHUYUに言った。

「記録に、注意事項を残して」

「どの項目?」

「使う人だけじゃない。作る人、運ぶ人、命令する人。そこまで含めないと、装置の説明にならない」

 彼は、まだ煙の残る訓練場を見た。

「壊せるものを増やすのは、簡単だな」

 CHUYUは答えを急がなかった。

「その分、残す仕組みも考えよう」

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