↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
時を継ぐ者たち The Heirs of Time  作者: しゅんたろう as Augai Moritz


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
107/127

第104章 向こう側の条件


 発電機は、予定より一日遅れて届いた。


 故障ではなかった。


 途中の村で、貨車から降ろすために借りるはずだった牽引車が動かなくなったのだ。


 結が坑口へ着いたとき、蓮は作業員たちと泥の中にいた。


 外套は脱いで荷台へ放り出し、革靴には土が厚くついている。


「昨日、届くはずではなかった?」


 結が尋ねると、弟は振り返った。


「発電機は、止まらなかったよ」


 彼女は荷車を見た。


 縄で固定された機械は、確かに無事だった。


「道の方が止まった」


 蓮は足元を指した。


 補修した橋は渡れた。だが、その先の坂で、荷車の車輪が路肩へ沈んでいた。


 作業員が板を差し込み、別の男が車輪の前の泥を掻き出している。


 結は観測箱を下ろした。


「どこを押せばいい?」


「押さなくていい。石を持ってきて」


「どのくらいの?」


「姉さんが落とさずに運べるくらい」


 言い返そうとして、結はやめた。


 弟の額には、汗が流れていた。


     


 発電機を据え終えた頃には、昼を過ぎていた。


 工場から来た技師が燃料管を確認し、蓮が帳面へ部品の番号を書き込んでいく。


 結は、調速機の銘板に指を滑らせた。


 古い機械だった。


 塗り直された外装の下に、前の色が残っている。角の一か所には、工具を落としたらしい凹みがあった。


「借用期間は半年」


 蓮が言った。


「その間に、西の工場で必要になったら?」


「返す。契約通り」


 結は頷いた。


 半年。


 研究の先を考えるには短く、何も示せないまま過ごすには長かった。


「今日、動かすの?」


「据付の確認だけにしたい。明日、条件を揃えて測る」


 蓮が顔を上げた。


「すぐ試すと思った」


「疲れた人に、精密な仕事を頼むと間違えるから」


「姉さんも?」


「私も」


 蓮は少し笑って、帳面を閉じた。


「それなら、明日は僕も見る」


     


 翌朝、リディアは机の上の札を見て眉を上げた。


 一から八まで、数字が書かれている。


「今日は試験を受けるの?」


「私が受けるの」


 結は封筒を一つ渡した。


「中に、魔法を使う回と、使わない回が書いてある。順番は助手に決めてもらった。私には教えないで」


「顔を見れば、わかってしまわない?」


「だから、あちらで」


 石の輪の前に、衝立が置かれていた。


 リディアはそれを眺めた。


「ずいぶん疑われているわね」


「期待しているから、間違えたくないの」


 その返事を聞くと、リディアは封筒を作業着のポケットへ入れた。


「わかった」


 蓮は壁際で、記録係の助手と並んだ。


 彼にも、順番は知らされなかった。


 机には、同じ形の箱が二つ置かれている。


 一つには、空一郎の転送機材に使われていた金属部品。


 もう一つには、重さと形を近づけて作った複製品。


 外からは、区別できなかった。


「昨日、工場で作ってもらったの」


 結が言った。


「いつ頼んだの?」


「あなたが橋の担当者と話している間」


 蓮は箱を見た。


「工場の人、困らなかった?」


「寸法が測れるものなら、まだましだって」


 蓮は、いかにも言いそうだという顔をした。


     


 一回目。


 何も起きなかった。


 二回目も、三回目も。


 発電機は坑道の外で一定の音を立て、蓄電池を通した電源の針は、狭い範囲に収まっていた。


 結は、何かが起きるのを待つ自分に気づくたび、記録紙へ目を戻した。


 四回目。


 右の箱で、微かな音がした。


 助手が顔を上げた。


 結は何も言わず、時刻だけを指さした。


 五回目には、音はしなかった。


 六回目。


 右の箱が、また鳴った。


 八回目を終えると、リディアは衝立から出てきた。


「終わり?」


「今日は、あと二組」


「昼食を挟むわよ」


「もちろん」


 リディアは椅子に座り、封筒から紙を出した。


 結は、自分の記録の隣へ置いた。


 魔法が使われたのは、二、四、六、七。


 部品の振動が確認されたのは、四と六。


 いずれも右の箱だった。


 蓮が、箱の底の封印を確かめた。


「右が、本物」


 結は頷いた。


 うれしさより先に、次に確かめることがいくつも浮かんだ。


 左右を入れ替える。


 箱を替える。


 机も替える。


 そのたびに、リディアには休んでもらう。


 助手が記録紙を揃えている横で、蓮が尋ねた。


「二回と七回は、なぜ動かなかったの?」


「まだ、わからない」


「魔法を使えば、必ず起きるわけではないんだね」


「ええ」


 結は四回目の波形へ印をつけた。


「少なくとも、今日の結果では」


     


 午後の試験では、箱を入れ替えても、振動は古い部品の側に現れた。


 複製品には、確認できる変化がなかった。


 結は二つを並べた。


 同じような色。


 同じ寸法。


 重さにも、大きな差はない。


 けれど、片方だけが動く。


「材料が違う?」


 蓮が言った。


「それも調べる。ただ、外から見える部分だけでは判断できない」


 リディアが古い部品へ手を伸ばしかけた。


「触っても?」


「電源は切ってある。熱もない」


 彼女は指先で表面に触れた。


 目を閉じる。


 結は待った。


 リディアは、すぐには何も言わなかった。


「輪の石と、似ている気がする」


「どこが?」


「作用を掛けたときの感じ。普通の石や鉄なら、そこで散るものが……」


 言葉を探して、彼女は掌を開いた。


「引っ掛かる、というか」


 結はそのまま書き留めた。


「ごめんなさい。測定できる説明になっていないわね」


「いいの。あなたが感じたことは、あなたの言葉で残して」


「それを、数字にするのがあなた?」


「数字にできるか、調べるのが私」


 リディアは頷き、部品から手を離した。


     


 最後の試験のあと、蓮が発電機を見に外へ出た。


 結は、観測用の小さな鏡を片づけていた。


 振動を拡大して読むため、金属部品へ細い糸でつないであったものだ。


 糸を外す直前、鏡が揺れた。


 結は手を止めた。


 リディアは坑道の出口にいた。


 もう魔法は使っていない。


 記録装置の電源も、落としていた。


「いま、何かした?」


 結が尋ねた。


 リディアが振り返る。


「何も」


 鏡の光点が、紙の上をゆっくり動いた。


 一度。


 少し間を置いて、もう一度。


 結は時計を見た。


「記録を」


 助手が慌てて鉛筆を取った。


 結は部品へ触れなかった。


 やがて光点は、元の位置で止まった。


 坑道には、発電機の遠い音と、水滴の音だけが残った。


「……戻ってきたのかしら」


 リディアが言った。


 結は彼女を見た。


「何が?」


「さっき、掛けたものが」


 結は記録紙へ目を落とした。


 最後の作用から、すでに数分が過ぎていた。


     


 帰りの自動車で、蓮はほとんど喋らなかった。


 膝の上には、発電機の運転記録があった。


 結の膝には、観測紙を収めた箱がある。


「今日は、役に立った?」


 坂を下りきったところで、弟が尋ねた。


「とても」


「発電機の話だよ」


「わかってる」


 結は箱を抱え直した。


「電源のせいだという可能性を、一つ減らせた」


 蓮は窓の外を見た。


 道の脇を、籠を背負った女と、子どもが歩いていた。


 運転手が速度を落とす。


 追い越したあとも、蓮はしばらく後ろを見ていた。


「橋を直す話、村役場が喜んでいた」


「そう」


「冬になる前に済ませたいって」


 結は頷いた。


 昨日まで、あの道は機材を運ぶための道だった。


 弟は、その先の暮らしを見ていた。


「橋の費用も、研究の報告に書く」


 蓮が顔を向けた。


「どうして?」


「何を使って、ここまで来たか、わかるように」


 蓮は少し考えたあと、運転記録を閉じた。


「それは、助かる」


     


 夜、地下室の画面には、何本もの線が重なっていた。


 CHUYUが、古い部品の振動と、魔法を使った時刻を並べている。


 最後の遅れた振動だけが、離れた場所にあった。


「残った力が、時間を置いて動いた?」


 結が言った。


『可能性はあります』


「では、輪が何かを蓄えている?」


『その仮説も排除できません』


 善一AIが、別の図を出した。


『まず、この部品の働きを確認した方がいい』


 古い転送装置の構造図だった。


 結は画面へ近づいた。


 坑道へ持ち込んだ部品の位置が、淡く示されている。


「これ、送る部分ではないの?」


『転送に先立ち、周囲の状態を読み取る機構の一部だ』


「周囲?」


『空間の状態、機材の配置、接続に必要な条件。だが、部品一つでそれらを測定できるわけではない』


 結は、机の上の小さな金属片を見た。


「それでも、何かに応じた」


『そうだね』


 善一AIの返事は短かった。


 結は新しい紙を取った。


 左に輪を描き、右に部品を描く。


 矢印を一本引いた。


 リディアの作用。


 輪で生じる変化。


 部品の振動。


 その順番で書き、しばらく眺めた。


 やがて、矢印の下へ、もう一本引いた。


 今度は、逆向きだった。


「こちらから、同じ変化を与えたら?」


『輪の側に、測定できる変化が現れるかもしれません』


 CHUYUが答えた。


「それが確かめられれば、一方だけの現象ではなくなる」


『ただし、古い部品の許容範囲は不明です』


「強くはしない。今日、起きた分より小さくする」


 結は計画を書き始めた。


 書きながら、ふと、別のことに気づいた。


「CHUYU。空一郎が通信を試みていたとき、この部品は使われていた?」


『複数の試験で使用されています』


「そのとき、相手側には何があったの?」


 画面の表示が止まった。


『接続先は、この世界には存在しませんでした』


「それは知っている。でも、向こうの世界では?」


 CHUYUは記録を検索した。


 善一AIが先に答えた。


『空一郎は、私の研究室を接続先の候補にしていた』


「善一の?」


『正確には、私の元になった人間の研究室だ。装置もあり、記録も残っていた。ほかに比べれば、条件を推定しやすかったのだろう』


 結は鉛筆を置いた。


 自分は、海の向こうへ無線を送るように考えていた。


 距離の隔たった場所。


 どこかにある、別の世界。


 だが、空一郎が目指していたのは、それだけではなかった。


「研究室が存在した、時代……」


『そうだ』


 善一AIが答えた。


『場所だけ合っていても、届かない』


     


 結は棚から、古い研究ノートの複製を出した。


 祖父の研究室。


 装置の配置。


 空一郎が書き留めた、地球側の時刻。


 そこには、ずっと昔から必要な情報が並んでいた。


 読めなかったのではない。


 自分が、意味を受け取っていなかったのだ。


 結はノートを開いたまま、壁の時計を見た。


 その時計と、いまはもうない研究室の時計が、同じ時刻を指すことはある。


 けれど、同じ一秒を刻んでいるわけではない。


「CHUYU」


『はい』


「空一郎は、自分が出発するより前へ、知らせようとしたことがある?」


 長い検索になった。


 結は待った。


 作業台の義体は、まだ右手を少し曲げたまま横たわっていた。


 机の端には、蓮からの短い返事がある。


 次は見に行く。


 やがて、CHUYUが答えた。


『初期の計画に、その設定があります』


「結果は?」


『送信側の記録は残っています。受信の成否は、確認できていません』


 結は、その言葉をゆっくり書いた。


 受信の成否は、確認できていない。


 失敗とは、書かなかった。


 成功とも、書かなかった。


 その下へ、新たな問いを置いた。


 ”もし届いていたら、誰が読んだのか。”


 結は顔を上げた。


 暗い画面の端に、自分の姿が映っている。


 その向こうで、善一AIの表示灯が静かにまたたいていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。