夫婦喧嘩は帳簿のあとで
補助管が開いた瞬間、黒霧の流れが変わった。
本来なら王都側へ送られるはずの余剰穢れが、逆に炉の中心へ巻き戻る。そこへルシアンが剣を突き立て、青銀の刃で流れを固定した。
「今です、奥様!」
クララの声に背中を押され、私は浄化印を組む。
金色の光が走り、祝福石の逆位相を一つずつ正していく。アウグスタが初めて声を荒げた。
「やめなさい! それでは収支が――」
「人命より先に収支を口にする時点で失格です!」
私はそう言い返しながら、最後の弁を閉じた。
炉が悲鳴のような音を上げ、黒霧が一気に縮む。私兵たちの士気も崩れ、残りは領兵が取り押さえた。
戦いが終わったあと、私はその場にへたり込んだ。
ルシアンがすぐ膝をつく。
「無茶をした」
「旦那様もです」
「私は剣で抑えるだけだった」
「十分無茶です」
地下金庫の片隅で、私たちは珍しく本気の言い合いをした。周囲が気まずそうに視線をそらすくらいには、ちゃんと夫婦喧嘩だったと思う。
結局、最後に折れたのは私だった。
「……すみません」
「謝るな。だが、次からは先に言え」
「旦那様も」
彼は少し黙り、それから苦笑した。
「分かった」
その時、ベアトリスが呆れた顔で割って入る。
「仲直りはあとでやりなさい。証拠を押さえる方が先よ」
ごもっともである。
私たちは気を取り直して地下金庫の押収品を整理した。鉄箱八、横領台帳三、偽祝福石四十七、黒灰瓶二十一本。そして王都本院への送金控え。
ここまで揃えば、もう言い逃れはできない。
ただ一つだけ、私の胸に残ったのは数字ではなかった。ルシアンが怒ったのは、失敗したからではなく、私が傷つく前提で動いたからだ。
それが少しだけ嬉しくて、同じくらい悔しい。
……次はもっと上手に、夫婦で無茶を分担しようと思う。




