呪いの鍵は修道院に眠る
翌朝、私たちはクララに案内されて慈恵修道院へ向かった。
港から半日の丘の上。古い石造りの建物で、礼拝堂の壁にはところどころ黒い染みが残っている。祈りで消し切れない種類の汚れだと、見ただけで分かった。
中へ入った瞬間、ルシアンの右腕の紋様がわずかに濃くなった。
「旦那様?」
「大丈夫だ。だが、ここは昔から妙だ」
クララが驚く。
「公爵様はこの修道院をご存じなのですか」
ルシアンはしばらく黙ってから言った。
「母が、よく寄進していた場所だ」
私は初めて聞く話に顔を上げた。
「先代公爵夫人が?」
「ああ。黒霧が今ほど強くなかった頃、辺境の浄化拠点をいくつか作った。その一つがここだ」
つまり慈恵修道院は、ただの施療院ではない。グレイフォード領の浄化網の結節点だったのだ。
私は祭壇裏の倉庫へ足を踏み入れた。古い帳簿棚、空の香油瓶、鍵のかかった鉄箱。そして床石の下から、青白い光が滲んでいる。
手を当てると、懐の指輪が熱を持った。
【接続鍵反応】
……という表示は見えない。けれど、感覚だけならそれに近かった。
「ここ、何かあります」
ルシアンもすぐ隣へ膝をつく。二人で床石を押すと、わずかに沈んだ。そこで彼は懐から古びた鍵片を取り出した。先代から受け継いだ保管鍵だという。
差し込むと、床が静かに開いた。
中にあったのは、小さな浄化炉と一冊の封印台帳だった。
私は震える指でそれを開く。
“慈恵修道院黒霧備蓄簿”
浄化香油、祝福塩、青銀石粉、そして“公爵呪紋回帰量”。ルシアンの呪いと修道院の物資が、同じ帳簿で管理されていた。
「……そういうこと」
私は息を呑む。
「旦那様の呪いは、領地を守るために受けるだけじゃありません。この修道院が浄化を続けるたび、余剰の穢れが公爵家へ戻る仕組みだったんです」
ルシアンが目を細めた。
「母は知っていたのか」
「知っていたはずです。でも、誰かが途中で操作を変えています」
台帳の後半だけ、筆跡が違った。浄化量を減らし、代わりに香油と祝福石の持ち出しが増えている。浄化は弱く、公爵への回帰だけは強い。最悪の改ざんだ。
クララが青ざめた。
「そんな……修道院が、公爵様を蝕むために使われていたなんて」
私は台帳を閉じる。
「まだ断定はしません。でも、この鍵と帳簿がある以上、根はここです」
そして、この修道院に手を伸ばせる立場の大人が、まだどこかで生きている。




