旦那様との夜更かし決算
その夜、修道院の客間で私は台帳の再集計をしていた。
浄化量、持ち出し量、公爵呪紋回帰量。数字に並べると悪意が鮮明になる。先代公爵夫人が生きていた頃は均衡していたものが、五年前から急激に崩れている。その時期は、ちょうど王都が辺境支援の予算権限を強めた頃と重なった。
「つまり、王都側が浄化網を乗っ取ったわけか」
窓際に立つルシアンが言う。
「ええ。物資を抜き、浄化量を落とし、旦那様への呪いだけ増やした。黒霧が広がれば支援金が増え、支援金が増えればまた抜ける。ひどく効率のいい悪循環です」
私はそこで顔を上げた。
「効率がよすぎる」
「何?」
「このやり方、帳簿を読めるだけでは組めません。浄化炉の構造と、財務と、修道院の運用、全部を知る必要がある」
つまり相手は一人ではない。少なくとも、財務側と教会側の大人が組んでいる。
考え込みすぎていたのか、次に気づいた時には肩へ毛布がかけられていた。
「冷える」
ルシアンだった。
「旦那様こそ、まだ起きていたんですか」
「妻が夜中まで仕事をしていれば、夫も起きる」
その言い方は本当に心臓に悪い。
私は羽根ペンを置いた。
「少しだけ、休憩します」
「命令だ」
珍しく強い口調に、私は素直に従った。暖炉前の椅子へ移ると、ルシアンが隣に腰を下ろす。沈黙は気まずくない。むしろ温かい。
「怖いか」
「ええ。今回は相手の根が深いので」
「なら、私も怖い」
思わず見上げる。
彼は火を見つめたまま続けた。
「君が無理をする顔を知ってしまった。だから止められない自分が一番厄介だ」
困った人だ。
でも、私も同じだと思う。
「では、約束しましょう」
「何を」
「片方が夜更かししたら、もう片方が必ず寝かせること」
ルシアンが静かに笑った。
「夫婦らしい取り決めだな」
「経理的に言えば、過労防止協定です」
そのあと、彼は私の額へ軽く口づけを落とした。
「なら今夜はもう終わりだ、奥様」
……結局、私はその一言で帳簿を閉じるしかなかった。




