港町の在庫差異は甘くない
川港ベルグには、塩と魚と油の匂いが満ちていた。
港湾会計の責任者は、三十五歳の女商会長リディア・バロウ。赤茶の髪を高くまとめ、私を見るなり値踏みの目をした。
「王都の元婚約者よりは仕事ができそうな顔ね」
挨拶の初手としては鋭すぎる。
「ありがとうございます。褒め言葉として受け取ります」
「気が強いのも合格」
彼女はそう言って、積み上がった荷札と受領簿を机へ並べた。帳簿の数は合っている。けれど私が荷札に触れると、そのうち四枚だけが黒くにじむ。
「消えた四箱は、途中で抜かれたのではありません。最初から“別の置き場”へ振り分けられています」
「どこへ?」
「まだ見えません。でも同じ筆跡が混じっている」
私は荷札の角を指した。港湾倉庫のものではない、王都式の略記だ。しかも救済印の近くに、見覚えのある細い金の粉がついている。
「祝福石の加工場かしら」
そう呟いた私へ、ルシアンがすぐ視線を向ける。
「王都の祭礼で見た粉か」
「ええ。偽聖女の“奇跡”を飾っていたものと同じです」
王都の件は終わったと思っていた。でも終わっていなかったのだ。人物を切っても、流れそのものを断たなければ、腐った金は別の器へ流れ込む。
リディアが舌打ちした。
「つまり港の中に内通者がいるってわけね」
「しかも、救済物資の名前を使い慣れている人です」
私は倉庫へ向かった。現物確認は嘘を黙らせる最短距離だ。
塩樽、乾燥薬草、灯油缶。並びはきれいだが、奥の壁だけ床に車輪跡が残っている。四箱ぶんの重さを運んだ跡だ。
「外へは出していませんね」
「どうして分かる?」
ルシアンが問う。
「門番の日報に痕跡がないからです。出していないなら、港の中で消した」
私は倉庫の壁板に手を当てた。冷たい木の向こうで、うっすら黒い線が曲がる。
「隠し部屋があります」
ルシアンが無言で壁を蹴り、板が外れた。中から出てきたのは、救済印つきの箱三つと、祝福石の粉袋、そして見慣れない修道院印の入った木札だった。
残り一箱だけが足りない。
木札には“慈恵修道院”と刻まれていた。
私は箱の蓋を開け、中身を確認してからため息をつく。
「支援油、薬布、それに浄化用の香油……全部、黒霧対策の必需品です」
リディアの顔から笑みが消えた。
「それを抜いてた連中、私が潰していい?」
とても頼もしいが、できれば法と帳簿で潰したい。
「まずは証拠を積みます。潰すのはそのあとです」




