青銀街道の新婚会議
公爵夫人になって最初の大仕事は、意外にも結婚式ではなく街道予算だった。
「色気がありませんね」
朝の執務室で私がそう言うと、向かいのルシアンは平然とした顔で青銀街道の地図を広げた。辺境の鉱山と川港を結ぶ幹線路。隣国へ売れる青銀鉱と薬草を運ぶのに必要なのに、路面の傷みと旧関所の腐敗で利益が細っている。
「結婚式なら、あとでいくらでも挙げられる」
「いま、とても危険な甘いことを言いませんでした?」
「事実だ」
低い声で当然のように返されると、こちらの心臓だけが忙しい。
私は咳払いをして資料へ視線を戻した。帳簿上の関税収入は右肩上がりなのに、街道修繕費だけが妙に膨らんでいる。しかも修繕区間の報告書には、同じ石材業者の印が三つも重なっていた。
「また二重三重の請求ですね。王都の手癖が悪い人たちを追い出したと思ったら、今度は関所ですか」
「街道は金になるからな」
ルシアンは腕を組む。右腕の黒い紋様は薄くなったとはいえ、まだ完全には消えていない。私はついその手に目を向けてしまう。
彼は気づいたらしく、わずかに口元を緩めた。
「仕事中に夫を見つめるな。集中できない」
「集中できなくしているのは旦那様の方です」
言い返しながら、私は新しい予算案を書き込んだ。関所を一つ減らし、代わりに川港で一括徴収。輸送日報と到着印の連動管理。街道修繕は領内工房への分離発注。前世の物流管理で散々やった、不正の余地を潰すやり方だ。
その時、ハロルドが緊張した顔で入ってきた。
「奥様、川港から早馬です。昨夜到着した救済印つきの荷箱二十が、帳簿上の数と合いません」
救済印。
私は羽根ペンを止めた。王都で潰したはずの言葉が、またこちらへ戻ってくる。
ルシアンもすぐ表情を改めた。
「消えた数は」
「四箱です」
四箱だけ、という数字がかえって嫌だった。大きすぎず、小さすぎず、長く吸い続けるための盗み方だ。
私は立ち上がる。
「では、新婚旅行の代わりに川港へ参りましょう」
ルシアンが静かに笑った。
「その言い方は気に入った」
まったく気に入られたくないところで、毎回きちんと気に入られてしまう。




