契約の終わり、本物の求婚
辺境へ戻る馬車の中で、私はずっと外を見ていた。
王都での決着はついた。公爵領の名誉も回復した。契約結婚の目的は、ほとんど果たされたと言っていい。
なのに胸の奥は、妙に落ち着かなかった。
「難しい顔をしている」
向かいのルシアン公爵が言う。
「契約のことを考えていました」
彼の目がわずかに細まる。
「終わらせたいか」
違う、と即答したかった。でも言葉にするのが怖かった。
沈黙のあと、公爵は懐からあの契約書を取り出した。王城で交わした、一年限りの婚姻仮契約。
そして迷いなく、それを真ん中から破る。
「旦那様!?」
「契約は終わりでいい」
紙の裂ける音が、馬車の中にやけにはっきり響いた。
私はうまく息ができなかった。
ルシアン公爵は新しい小箱を差し出す。中には、辺境で採れる青銀石の指輪が入っていた。
「エレノア・グレイフォードとして残ってほしい」
低い声が、今度は少しだけ揺れている。
「打算でも保護でもなく、私個人の願いとして」
胸が熱い。泣きたいのに笑いたい。
「私は君に助けられた。領地も、呪いも、たぶん私自身も」
もう十分だった。
「私だって助けられました」
私は小箱を受け取り、はっきりと答える。
「契約じゃなくても、隣にいます」
次の瞬間、公爵の腕が私を引き寄せた。抱きしめられたまま、額へ静かな口づけが落ちる。
外は夕焼けだった。
私はようやく、恋に落ちたのではなく、ずっと落ち続けていたのだと知った。




