王都から来た監査官
セシルの“奇跡”は見事だった。
少なくとも、事情を知らない貴族たちにはそう見えたはずだ。白い花が一斉に開き、会場の照明より眩しい光が舞う。歓声まで上がった。
だが私には、その光の根元に埋め込まれた小さな祝福石がはっきり見えていた。しかも箱の側面に、辺境支援物資の刻印がある。
「やっぱり」
私は小さく呟いた。
その直後、背後から落ち着いた声がした。
「お気づきになりましたか、奥方殿」
振り返ると、濃紺の制服を着た男が立っていた。四十一歳。痩せた顔に鋭い目。王立会計監察室のアンリ監査官だと名乗った。
「公爵閣下から要請を受け、以前から支援金の流れを見ていました」
「味方だと考えていいんですか」
「正確には、数字の味方です」
それなら信用できる。
アンリ監査官は私たちを人の少ない回廊へ案内し、低い声で告げた。
「王都の主簿簿冊と、辺境の受領簿に一致しない箇所があります。ただし決定的な一枚が足りません」
「送金原簿ですね」
彼の眉がわずかに上がる。
「話が早い。保管庫にあるはずですが、閲覧権限が王子の署名で封じられている」
ルシアン公爵が腕を組んだ。
「破る口実は」
アンリ監査官は視線を私へ向けた。
「あります。正式な監査請求を、公爵夫人名義で出せばいい」
婚約者だった頃には与えられなかった権利を、契約妻の今なら使える。
何だか皮肉だ。
私はうなずいた。
「出します。その代わり、開いたら全部見せてください」
「もちろん」
その夜のうちに、私たちは監査請求書を作成した。前世の経験がここで役立つとは思わなかったが、書式と根拠を整える作業は慣れている。
署名を終えた時、ルシアン公爵が静かに言った。
「君が妻で助かった」
手元が一瞬止まる。
「契約上の話ですよね」
「いまはそうしておこう」
その“いまは”がずるい。




