夫婦として舞う夜
王都の慈善晩餐会は、以前よりずっと息苦しく感じた。
理由は簡単だ。かつて婚約者として立った場所に、いまは別の男の妻として戻ってきたからだ。
会場へ入ると、視線が一斉に集まった。好奇心、軽蔑、探るような色。けれどルシアン公爵は私の腰にそっと手を添え、歩調を崩さない。
「顔を上げろ」
「命令ですか」
「助言だ」
私は小さく息を吐いて、まっすぐ前を見た。
セシルは白金のドレスで、相変わらず完璧な笑みを浮かべていた。隣のアルベルト殿下は、私を見るなり露骨に顔をしかめる。
「辺境暮らしにしては元気そうだな」
「おかげさまで、数字は王都より健康です」
殿下の顔が引きつる。セシルがすかさず口を挟んだ。
「今夜は争いではなく慈愛のための会ですわ」
なら横領をやめてから言ってほしい。
音楽が鳴り、第一舞踏が始まる。貴族社会では、公爵夫妻が断るわけにいかない。
ルシアン公爵が手を差し出した。
「踊れるか」
「悔しいですが」
手を取った瞬間、周囲のざわめきが遠くなる。
彼は驚くほど上手かった。無理に引かず、支えすぎず、私が一番綺麗に見える位置へ静かに導く。前世ではダンスの経験なんてなかったのに、いまの身体はちゃんと覚えていた。
「緊張している」
「分かりますか」
「君は帳簿を持っている時より、踊る時の方が硬い」
失礼だと思いながら、少しだけ笑えた。
曲の終盤、彼の顔が近づく。
「今夜、もし何か起きたら」
「はい」
「必ず私の後ろにいろ」
その言葉に返事をする前に、会場の奥で強い光が弾けた。
セシルが“奇跡”を始めたのだ。
けれどその光は、私の目にはひどく不自然な金色に見えた。




