8.ドウコク,E/K
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「……基本は腕力による殴打。爪による切断……」
場所は再び中庭。
花の蕾を模した槍を携えた少女が冷徹に目の前の巨大な怪異……
『リボンの喪失者』と対峙していた。
リボンの喪失者は地団駄を踏むように巨大ながらも細い腕で地面を叩きまくる。
そして……悲痛な叫び声がこだました。
――逃ィゲぇエないデぇぇエ!!
「あぁ……逃げないよ。キミを救えなかった責任が……ボク達にはあるからね」
少女が向けるのは謝意のこもったまっすぐな……『殺意』。
矛盾を孕んだアメジスト色の瞳は冷徹に分析を続ける。
「至近距離。腹部にある、鎌のような足での刺突……」
――ウッ……ァァァおっ……!
「中遠は口から吐き出す……溶解液……そして……」
――ブォオォン……ッ!
少女の顔面を目掛けて、棘のついた尾がムチのように伸びてきた。
命中すればその華奢な身体は真っ二つか、だるま落としの様になっていたが……。
「……やっぱり、切断した尻尾が自律で活動している……」
――飛んでくる尾を察知して腰を90度後ろへ曲げそのまま、泳ぐ能力で地中へ逃れていた。
――何処へ行ッたノぉぉオ〜?
カサカサと足音を立てリボンの喪失者が少女の姿を探し
切断された尻尾も犬のように跳ね回っている。
「……尻尾を無力化するか……?」
地の中の少女は手で水をかかず脚もバタつかせてもいない。泳ぐと言うより、飛翔しているようでもあった。
「二対一……唏依なら『あんなの一のうちに入らない』……なんて言うんだろうけれど……いち……」
いち、と言う数字に何らかの感情が込められていた。
ゆっくりと首を横に振ると、また位置取りを確認し始める。
――もぉォぉオおォォぉっ!!!
「……っ!」
少女が姿を現したところへ偶然、溶解液が吐きかけられる。卓越した反射神経でサイドフリップ。
再びの潜水。戦闘は若干の膠着状態に入り始めていた。
水面へ立ち昇る気泡と共に、しばらくリボンの喪失者を見上げる。
「彼女を……討とう……」
再々浮上。故があっての事だろうか。少女は……
――ダァァァァーンッ!
振り下ろされた手、ど真ん中を目掛けて飛び立っていた。
虫けらのように叩き潰されていてもおかしくない状態。
……しかし、リボンの喪失者の手跡に彼女の姿は無く。
――嫌ぁあぁァァあああァ!!!
白枝のような腕から、螺旋を描く水飛沫が上がる。
ざぶん!と、大きな音を立て……。
「……お邪魔したね。さぁ、終わるよ」
怪異と化して尚、美しさを損なっていない金髪を掻き分けて、うなじから……少女の姿が現れた。
高く掲げられた手のひらから顕現したのは――
――蒼光を放つ……柱のように巨大な剣。
スペードのマークが浮かび上がる瞳が大きく見開かれている。
ただ、その細い腕が振り下ろされるのを待つのみ。
そう、思った矢先のことだった……。
「しまった……っ!早まったか……!」
跳ね回っていた尻尾が……雨のような棘を少女に向けて放っていた。その様はまるで対空砲。
巨大な剣は慌ただしく細かに分割、その棘達を迎撃していく。
終幕を焦らすかのように大仰な技は容易く中断された。
長い四本の剣が尻尾を逆に刺し返しその動きを文字通りの『釘付け』。
だが、打ち上げられた魚のようにウネウネともがくのが見える。
「捌き切れない……っ!」
少女は開けて羽織っていたロングコートを前に翻し自分の顔を覆う。
特殊な素材で出来ているのか、それは鎧のように棘を弾いた。
……少し離れた位置。地に潜ることなく、ザッと着地。
バサッとロングコートを羽織り直すと顔をしかめる。
「……なるほど。強いな、キミは……」
苦笑いを浮かべる少女は肩で息をしていた。
渾身の一撃をキャンセルし防御に転向、その動作は彼女を強く消耗させていたのだ。
――首尾は上々?……でもないみたいね。
逼迫した状態とは対照的、何処までもマイペースで無機質な声が少女の背中に投げかけられた。
ズカズカと歩いて来るのは亞守科 唏依。
ピンクのスパークの奔る煙草を咥えながら、片手で呑気にガンスピンを披露している。
「さて、と。充電完了」
煙草を握り潰すと、唏依の掌から、全身にかけて同じくピンク色のスパークが駆け巡った。
「唏依。来てくれたんだね。助かるよ」
「はいはい。助かってから言えっての」
気怠げな態度が一瞬にして冷徹な物に切り替わる。
リボンの喪失者を見て何か思うところがあるらしい。
「うっっざ……食ってんね、結構」
「あぁ。四人、いいや。五人と言ったところかな」
少女は胸に手を当てて、唏依の顔色を伺うように見ては逸しを繰り返していた。か細い声が漏れる。
「彼……は……?」
僅かに頬を赤らめる少女を鼻で笑い唏依は僅かに置いてけぼりを食らっているリボンの喪失者へ歩み出す。
「安全なとこに置いてきた。見惚れて余所見されちゃ、鬱陶しいからね」
ピクりと肩を震わせ少女は珍しく声を張った。
「そ、そんなこと……!ない……はず……」
「はいはい。集中しなさいよ。アンタらしくもない」
少女はすぐに顔を引き締め小さく頷くと唏依に並び立つ。
「さ、待たせたわね。お嬢ちゃん」
――赫憑のツートップが直々に送ってあげるわ――




