.ドウコク,E/K
「唏依、指示を」
「テキトーに動きなさい。アタシに合わせながらね」
「はいはい。分かったよ」
「頭上注意」
唏依は手の平を開いて、細長い指を地面に押し付けた。リボンの喪失者に向かって指の一本一本から電流が地を這う。
少女はその斜め前に胸から飛び込んで、槍の穂先が地面まで沈み込むと、何処かへその影が泳いでいく。
――増えたァ……?どっちがァ、アタシのォ?
「違うわよ……どっちも。残念ながらね。だる……」
唏依がくしゃりと土を握り締め、大胆な動きで一本の線を引き上げる。
――グギァァァァァ……!
格子状のレーザーネットがリボンの喪失者を高く高く打ち上げた。
近づくと厄介と思われていた鋭利な鎌のような脚が仇となり複雑に絡まっている。
「はぁぁぁぁぁぁ――っ!」
近くにあった、漢字に似た言語とも思えぬ文字が書かれた旗の棚引くポールの中から……
黒のロングコートが、きりもみ回転で姿を現した。
開花した槍の穂先からバチバチと音を立てて放たられるレーザーブレードが――
――白枝のような腕の一本を……斬り落とした。
――イィたァァァいいィぃいィい!!!!
スプリンクラーの様に吹き出す血飛沫は青く。怪異が怪異であることを如実に示していたが……
少女の顔は酷く曇り、瞳には翳りが差していた。
「ボサっとすんな……っ!下よ!」
唏依が珍しく声を張り上げた。
逆さまの姿勢で少女は目を見開く。
「そうか……まだ、キミが居たか……!」
――シュババババ……ッ!
少女の蒼光の剣で釘付けにされていた尻尾が僅かに動く先端を膨張させ……
再度、目掛けて棘を射出していた。
「防御……ダメだ……間に合わない……!」
自由落下中の少女へ直撃コース。
さも先程のリベンジかと言わんばかりの怒涛の嵐。
唏依が一つ、舌打ちをし吐き捨てる。
「……ちっ、相変わらず詰めも甘い……!」
そう言い放つと、唏依は銀の装飾のオートマチックを宙へ向けて放り投げた。
慌てた仕草で首にかける懐中時計を取り出し……
瞳を閉じ、鼻で優しく、祈るようにキスをして……
回転しながら落下して来たオートマチックを手に握る。
「はぁ……間に合ったね」
目を大きく開くと……その金の瞳には――
――『時針と分針』が浮かび上がっていた。
世界は静止したかのように静かになる。
だが……止まってはいない。
少女には間違いなく針の嵐が飛んでいるし
少女もその様を僅かな恐怖を浮かべた目で見ている。
「そこそこ、うざいね。ご退場願いましょうか」
銃口を少女に迫る針へ向け
もう片方の手には雷撃が握り込まれる。
――ドォォォォ……ン。
――ドォォォォ……ン。
スローモーションで流れる時の中……
巨大な二閃の光線が害を成す存在たちの目前へ迫る。
「はぁぁぁぁぁぁ……しんど……」
首に手をやり、コキコキと回し……
フィンガースナップを一つ――
――世界が再び、疾さを取り戻す。
「唏依……っ!」
少女が背後スレスレを突如通過していった光線を見て目を大きく見開いた。
気がつくと、自分に迫っていた棘と邪魔をしていた尻尾が跡形もなく消し飛んでいるではないか。
……新体操選手のような優雅な着地をして少女は急いで唏依に駆け寄り、背中を擦った。
「かは……っ!」
唏依が激しく吐血し、口元を手で拭う。
力の代償、とでも言わんばかりに顔色が青い。
「唏依!唏依!大丈夫!?」
「助けられた側が一丁前に……だる……」
「ごめん。ボクが未熟なばかりに……」
「アンタ。その謝り癖直しなさいよ」
思いの外、唏依はすぐに立ち直った。
いつもの調子で軽口を叩いている。
「さて、と。弔いを再開しようじゃないの」
各々忌具を構え直した所だった。
ザザ……というノイズが唏依と少女の耳に入る。
――……唏依会長。
「取り込み中よ。後になさい」
聞こえて来たのはダウナー気味で何処か軽薄な語り口の男の声だった。
『そうも行かねぇんすわ。狂海が干潮になるってお嬢が』
淡々とした語り口に唏依と少女が視線を合わせる。
「……はぁ。時間か。研磨と夜風は?」
『アンタらが当たってんなら楽勝でしょって、先に帰りやした』
「うっざ。うざうざ……相変わらずの協調性だこと」
「彼ららしい……」
ブツブツと呟く唏依の隣で少女は苦笑いを浮かべている。
戦闘の緊張感も僅かに霧散しているが二人は確かに目の前の敵から視線を反らしていない。
唏依が続けた。
「ご苦労だったわね星光。蝋妃を連れて先に帰んな」
『うす。ケツ引っ叩いてでも走らせんで……その辺はご安心を』
「アタシらは……まだやる事があるから」
チラリと少女をみつめ僅かに頬を綻ばせる。
通信先の男は訳知りの様に声を漏らす。
『あ〜……例の彼っすか。タフですね。ま、了解っす』
通信を終了すると。二人の視線が一層険しくなった。
「聞いての通りよ。出し惜しみは……」
……ナシ。
二人は目を大きく、強く見開いた。
片や、瞳の奥の針が狂ったように回転し
片や、スペードのマークがオーラを纏う。
――マァァマァァア……ノォォ、リボォォン!!
「もう、楽に殺すことは出来なさそうだ。本当に……」
少女は謝罪の言葉をグッと飲み込んだ。
その言葉がなんの意味も成さないことを理解している。
槍を投げ捨て、蒼い剣を両手に持つ。
これから起きるのは、一方的な……
より、加速度を増した……烈しい暴力。
「……加速しなさい」
――エッ……?エッ……?エッ……?
刹那の出来事だった。
無数の長剣がリボンの喪失者を取り囲み……
「……本当に本当に、最後だよ。よく……耐えたね」
上半身が斬り刻まれ、そこから青い血が吹き出す。
取り囲んだ剣を足場に、超高速な斬撃を浴びせたのだ……。
「選別よ。受け取って」
唏依の人差し指の先に……
『黒い電流の渦』が出現していた。
理解も追いついていない様子の怪異へその渦越しに銃口が向けられ……小さく、囁かれる。
――忌術:禍御成……。
冷徹に引かれた引き金から放たれる光線は漆黒の渦と混じり合い、リボンの喪失者を……
――ギァァァァァァアアアアア!!!!
激しき轟音と光の奔流と共に覆い尽くし……
跡形もなく、消し飛ばす……。
その一撃は戦闘で遠くなった校舎にも届き、巨大な穴を穿っていた。地面も抉れ、煙が立ち上る。
……先に口を開いたのは少女。
「さようなら。そっちでお母さんと会えるといいね……」
「ちゃんと逝けるのなら……ね」
それは勝利、と言うにはあまりにも切なく。
哀愁が漂っていた。
「……まだ時間、あるかな。彼らの生きた証も持ち帰りたい」
少女は先程自分がやむを得ずズタズタに斬り裂いた惨死体を見つめる。
血塗れで、とても近寄り難い雰囲気を醸しているが。
「……手早くね」
そっぽ向く唏依に軽く会釈をして少女は血溜まりを漁る。
彼と同行していた健太がつけていたようなリングと胸ポケットから血濡れた学生証。
慈しむように抱きかかえ少女は瞳を閉じる。
「ボク達が……もっと……」
「……もっと。ねぇ……」
唏依が煙草へそっと火を着けてその様子を複雑な表情で見つめていた。見かねたのか、ポンと腰を叩く。
「……だる。アンタの王子サマが待ってる。さっさと迎えに行くよ」
「か、彼はそんなんじゃ……」
からかう様な響きのある唏依の言葉に少女は顔を背ける。その頬は再び、赤みがかっていた。
日常茶飯の出来事なのか。彼女らの切り替えは早い。
――行こうか。




