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4.漂ゥ


久しぶりに「くっきりした色」を見た。

赤と黒だけじゃない。


何処にもでもありそうな学校の廊下。

けれど少し前に流行っていたn番出口の様に気味が悪い。


「……ちょっ、いきなり何を……!」


振り返って叫ぶ。けれど、その言葉は虚しく響くだけ。


「ったた。って、あれ?」


……何処も痛くない。あの高さから落ちて、変な話だ。

僕はあぐらをかいて辺りを見渡す。


呑気だけど、余裕があるわけじゃない。

ただ、飲み込めてないんだ。何かが変だ。


天井を見上げて、おかしさを口に出す。 

 

「あれ……落ちたの……」


上から……だったよね……?

どうして、踊り場より下に?


ようやく立ち上がった僕はまた首を左右に動かす。

暗い。けど、等間隔に並ぶ紫のキャンドルと


「……非常口にバツ印?どうして?」


何処でもよく見かける非常口の看板。

それらだけが頼りだった。


気味が悪い。上に戻……。


「なに、これ……?」


進めない。階段がまるで壁に実寸大の写真を貼った壁のように僕を前へ進ませない。


1段目に踏み出すことも、手摺りのキャップにさえ触れられない。

意図しない、パントマイマーの様な動きを繰り返す。


僕は諦めて、立ち尽くす。

ここでこうしていてもきっと埒が明かない。


「階段くらい、他にもあるでしょ」


釈然としない気持ちを誤魔化すように呟いて

僕は紫のキャンドルの間と間を結ぶように歩き出した。


点在する窓からは光1つ差し込まない。

朝だとか夜だとかの概念の無い世界なんだろうけれど。


窓が黒い板で蓋をしたかのように景色1つ見せてくれない。


まるで代わり映え無い廊下を進み続け、ようやくといった感じで。

僕は床に、不規則な汚れを見つける。


「なんだろう。赤い……ペンキなのかな?」


さっきの廊下もそうだった。

()()()()は、どこか古風な美術館の様にオシャレなレイアウトがある。


美術に力を入れていて、近くにアトリエがあるのかな?


なんて。そんな考えは僕の凡庸な頭が必死に生み出した

防衛本能の為の都合の良い誤魔化し。


その血を辿った先からはグチュリ、グチュリという水音

何かを咀嚼するような、それか、捏ね回すような。


嫌だな……現世の記憶は呪い。

ニュアンスは違うんだろうけど


唏依さんのさっきの言葉が曲解で僕の不安を刺激した。

夜中に親に隠れて友達と観た、ゾンビ映画のアレ。


そして……。


――違ァうゥ!これじャ無ァあいィ……ッ!!!


その方角から、声が……聞こえて来た。

駄々を捏ねるように切実で、狂気に満ちた……。


啜り泣く様な声を漏らし、床を撫で回している女の子。

普通じゃない、そう分かっていながら僕は声をかけた。


「あの、大丈夫……ですか?」


……かけて、しまった。


「落とし物?よかったら一緒に探しますよ」


分かっているはずなのに。

通り過ぎれば良かったのに。


彼女は僕の声に反応してふらりふらりと立ち上がる。

バツ印の描かれた白地の避難誘導看板の灯りが……


真っ赤な指から滴る血をくっきりと照らしていた。


――ぁァ……見つけタ……。


「み、見つけた……何を……?」


後退りたいのに膝が上がらない。

靴の裏を床に擦りつけて、滑らせるのが精一杯。


――アナ……あナた、が持っテいたのネぇ……ッ!?


背を向けている女の子のクビがベキベキ、ブチブチと音を立てて180°、まるで骨も神経も無いように、捻れる。


傷だらけの肘と膝、足首もあり得ない可動域で曲がって。獣の様な構えを取り……。


「カぁえぇしぃテぇエえぇぇえっ……!」


こっちへ、飛び掛かってきた。

 

「わ、うわぁぁぁぁーっ!!」


僕の情けなくて、喉がはち切れそうなほど大きな悲鳴が薄暗がりの廊下へ響き渡る。


全身を軟体動物のようにしならせて飛びかかってくる化け物。瞳孔が開ききっており、口裂け女のような笑みを浮かべ、奇声を発する。


「マぁマぁーッ!リボン……っ!あったヨぉおオ!」


終わった、また死ぬ、いや殺される、リボン?

結局ここは?こいつは?これからどうなる?

あの人には?結局?会えないの?


ほんの零点何秒の世界で僕の頭は高速で言葉を弾き出す。役に立ちそうな物は何一つ無いけれど。


僕を動かしたのは背後から聞こえた切羽詰まった声。


――伏せろ……ッ!


頭を抱えて深く、深く膝を落とす。

祈るように、亀が甲羅に籠もるかのように。


轟音、肉と骨が潰れる音、僕の上をスレスレに通り過ぎて行った熱い何かは、化け物を大きく吹き飛ばしていた。


「あァァァつぅぅぅいぃぃいい……ッ!!」


化け物は遠くで顔面を両手で覆い、地面をのたうち回っている。人間じゃないと分かっていても、痛みに悶える悲鳴はかなり堪えた。


「おい無事か!とっとと逃げるぞ……っ!」


声の主に振り向くとそこには僕とそう変わらなそうな年齢の少年。右手にシンプルな剣、左手首には複雑に交差する銀色のリングが燃え盛る異様な見た目。


少年は息を切らして動けないでいる僕に駆け寄り無理やり立ち上がらせてくれた。ついて行っても……良いんだよね?


「ちっ!細かいのも嫌がるな!振り向くな!走れ!」

「う、うん……っ!」


声が言葉にならない。ほとんど息を吐き出したようなもの。まだ泳ぎまくる目が落ち着かない中、少年が掴む手首だけを頼りに僕は、脚を交互に素早く動かす。


「……お前、丸腰?!忌具(ぶき)と触媒は!?」

「ぶき……?!触媒……?!」

「知らねぇの……っ!?あーいい!今は走れ!」


流れていく廊下の景色は閉塞感が強く、本当に自分たちは前に進んでいるのか?と、不安を更に煽る。


「追いついて、来てないな……」


少年は乱雑に教室の戸を開き中をチラチラと見回す。

ふぅ、とため息をつくと腰に剣を納め僕を手招く。


「何も居ねぇな。ここ、隠れんぞ」


僕の姿は頭は頷くと言うよりもほとんど痙攣している状態に近かっただろう。目を覚ましてここに来て、初めての全力ダッシュ。


せっかく貰えたらしい心肺が弾けそうだ。

教室に入り、中央の柱に崩れるように二人して腰を落とす。


「くそ。厄介なことになった……」

「あの……ありがとう……助かった」

「あ?良いよ礼なんて。第一、まだ助かってない」

「そ、そうなの……?」

「俺の忌力(きりょく)じゃ吹っ飛ばすのが限界だ。それより、お前、死徒会に連絡できる?」


首を横に振る。スマホなんて持ってない。


そしてもう一つ。

  

きりょく、また知らない言葉が出て来た。

僕がこの世界を理解できる時は来るのだろうか。


忌具(きぐ)もねぇ、触媒もつけてねぇ、連絡手段もねぇと来たか。お前マジで死にに来たのか?」


彼の言葉に僕は俯いてしまった。

責めるような棘や毒は感じられなかったけれど。


ただ。流されるまま漂うようにここに来た事を恥じた。


「そだ。俺、佐藤健太(さとうけんた)。お前は?」


また、名前を尋ねられてしまった。

そしてまた、頭をよぎる『あの人の声』


口元が僅かに震える。さっきの唏依さんや研磨さんの時もそうだけど。どうしてここまで名を名乗るのを躊躇うんだろう?


相手は命の恩人。さっきの二人もそうなんだろうけど、

誤魔化すような事はもう、したくない。


僕の口から短く吐く息と一緒に飛び出たほんの一言。


「……壱ノ瀬(いちのせ)


名字。なんとなく、今の僕に出来る最大の譲歩だった。

健太くんが不思議そうに瞬きをする。


ごめん。約束をした貴方。


「下の名前は?」

「……あまり、気に入ってなくって」


「……そか。なら、ムリには聞かねぇよ」


そう言うと横に座る健太くんは僕に手を差し出す。

僕もその手を取って、ここに来て初めて笑顔を作る。


「よろしくな、壱ノ瀬!」

「……うん。よろしく、健太くん」


壁越しに聞こえてくるカサカサという小さく細かく這うような足音に僕は思わず耳を塞ぐ。


「あいつら……なんなの……?」


反射的に口から出た質問。

けど、僕はすぐにそれを取り下げる。


首を横に振って言葉を漏らしていた。

 

「今聞いても……きっと、理解できないから」


軽く頷いた健太くんが制服の内ポケットからシャラシャラとした音を立てて何かを取り出した。


とても見覚えのある、何処でも売っているような板チョコ。包装紙を剥がし、パキッと割って、半分を僕にどこかぶっきらぼうにくれた。


銀紙を向いて大きな口で齧りつき教えてくれた。

何処か、震えてるようで恐れているような声で。


「成れの果て、らしいよ。死徒(オレ)らの」


口の中で蕩けるチョコよりもずっと苦くて、幸せの欠片もまるでない重苦しい真実。


成れの果て?僕もいつかは?現実味のないことの連続で不安も恐怖もふわふわとしたものだったけれど、現に見た。そして自分の持つ価値観では測れない「現実」がここにはあると思い知らされて、僕はようやく焦りを感じ始める。


「……嫌だ」

「だよな……」


「な、なぁ!壱ノ瀬はなにが好きなんだ?!」


健太くんはわざとらしく明るいトーンで聞いてきた。

その声は無理をしているとしか思えないほど上ずっていてぎこちが無かった。


「俺は野球!甲子園一歩手前まで行ったんだぜ!」

「甲子園、凄いね……!」


「一歩手前だって。地区予選決勝で、さ」

「……そっか。でも、そこまで行くのだって凄い事だよ!」


「僕はそうだなぁ。ゲームとか漫画は人並みに好きかも」

「マジ?俺も好きだよ。パンピとかドラゴンドールとか!」


「意外かも知んねぇけど、赫憑き(アカツキ)にもゲームとか漫画とか結構あんだよ!無事に出れたら一緒に……」


健太くんの一緒に、の後に続く言葉を僕の耳は通さなかった。

目の前に映る情報を処理することに僕の頭は精一杯になっていた。


「おい壱ノ瀬ってば!聞いてんのか!」

「……あ、ご、ごめん。ボーッとしてた……」


健太くんの目は凄く濁っていて、震えていた。

空元気で僕を励ましつつ、自分も現実逃避をしたかったんだ。


少し話すのが楽しくなって来てた自分の能天気さを悔やむ。


改めて、再確認させられた。


『無事に出られたら』

なんて言葉がどれだけ空虚で無理難題に近い言葉であるかを。


「でもなぁ。じっとゲームしてるってのも退屈だしなぁ、キャッチボールにも付き合えよ!」


新しく出来た友達との何気ない会話。

声のトーンも、ペシペシと背中を叩く感触も。


「お前、あんま運動とかしないだろ?女みてぇに細いし」


気軽で、ちょっと気安くて、親しげ会話。


「ダチが増えたって聞くと他の奴らも喜ぶだろあなぁ」


全部が仄暗い絶望とほろ苦い現実を含んでいて

僕の不安や焦りをより増長させていった。


本人にそんなつもりはないのは分かってるけれど……。


「そうそう。あの学校には部活もあって、良かったらお前も一緒に……」


健太くんが引き攣った笑顔で真っ暗な天井を見上げた、次の瞬間だった。


凄く早かった。

何が起こったのか、認識することも出来ないほどに。


――ガシッ!


「……うわぁっ……あ!な、なんだ!こいつ!」

「健太くん……ッ!」

 

「くそ……っ!くそっ!なんなんだ!離せコラ!」


天井から伸びてきた無数の青白い腕。

紫色の鋭い爪が生えた手で健太くんの顔を覆っていた。


「……健太くん!健太くん!」

「逃げろ!壱ノ瀬!逃げろ!」


健太くんは足をバタつかせながらどんどん天井へ。

 

触媒と呼んでいた赤い輪っかのついた手で

腕を燃やそうとしてるのが分かるけれど。


まるで効いてない様子だった。


「死徒会……黒いロングコートを着た連中を探せ!」


指一本も動かしてないのに、呼吸が信じられないくらい荒い。

……死徒会、その人たちを連れてくれば健太くんは助かる?


けど、もし近くに居なかったら?

探してる間に、健太くんはどうなるの?


「なにしてんだ!早く行け!せめて!お前だけでも!」


僕……だけ?どうして……。

たった今、一緒に助かったらの話をしてたばっかりだ。


「嫌だ……ッ!」


原の奥底から湧き出た言葉を推力に僕は腕に持ち上げられた時に健太くんが落とした剣を拾い上げて……。


――グギャァァァア……ッ!


紫の返り血が僕の顔にかかる。斬り落とされた腕は、まるで声帯を持ってるかのように悲鳴をあげた。


「よ、よし!これなら……!」


少しだけ身の自由を確保できた健太くんは強引に食い込んでいた爪を引き離し、床に尻餅を突く。


「やってくれたな!お返しだぜ!」


健太くんの掌の中に炎の球が精製される。

野球の経験も活きてるのか炎の球(それ)

 

天井に張り付いていた真っ黒な液状の物体を焼き焦がす。


――ミギャァァァァァ……ッ!


聞くに堪えない断末魔と共に黒い塵が天井から降り注ぐ。倒し……た……?


「大丈夫!?」

「あ、あぁ……マジ助かったぁ……」


安心か、恐怖か、ブルブルと膝を震わせてる健太くんに僕は手を差し伸べた。良かった……。


助けられたのもそうだけど。

僕にも、出来ることがあった……。


「ここも……安全とは言えなそうだね」

「だな。分かってはいたんだが……」


同じ目線で立ってやっと2人は

無理をしてるものじゃない、心からの笑顔を交わした。


「そうだ。これ……」

「そうだ。それ……1つ、聞きてぇんだけど」

「聞きたい?」


柄と刀身しか無い剣をどう返そうか、僕が少し頭を悩ませた時の事だった。ピリリとした痛みが僕のこめかみに奔る。流れ込んで来る、聞き覚えの無い声たち。


『っしゃー!次勝ちゃ甲子園だ!』

『期待してるぞ!我が校の大谷!』


『母ちゃんも奈美も応援行くからね』

『おにーちゃん!がんばってね!』


「お、おい!壱ノ瀬!どうしたんだよ!」

「あ、頭が……!」


――ピーポーピーポー……。


遠くに聞こえる、救急車のサイレンを最後に頭痛は消えた。僕の手から滑った剣はカランコロンと小気味よい音を立て床に落ちた。


「な、なぁ……?ほんとに大丈夫か?」

「う、うん。もう、平気……」


健太くんに背中を擦られながら、僕たちは教室を出た。

そして健太くんは、さっきの質問の続きを呟いた。


「……お前、なんで俺の忌具が使えんだ?」


何も言えなかった。まず、忌具がなんなのかを僕は知らないし。

包丁だってろくに握ったことも無いのに。

 

生きてる様に見える奴の……

肉を裂いて、骨を叩き割ったのなんて。


これが初めての事だった。


「まぁ、いっか!お陰で俺も生きてるし!ありがとな」

「う、うん……良かったよ。無事みたいで……」


「それ、使えるんなら持っとけよ。丸腰よりずっと良い」

「そうさせて貰うね」


出口は分からないけれど。

ほんの僅かな術を手に入れた。そんな気がした。

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