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1.目覚メル


――音。チャイムの音。

けれど、どこか歪んでいて、どこか寂しげで。


『……ソイツは?』

『オペは成功。後はお目覚め待ちやな』


声。さっきみたいな暖かみはない。

さっき……さっきって、いつ……?


『あいつも厄介なモン拾って来たものね』

『ほんまや。犬猫とちゃうねんぞ』


声。何処までも淡々として……あの人はいない。

あの人……あの人って、誰……だっけ?


音。くちゅっとした水音とぎぎっとした金属音。


『相変わらず悪趣味な能力ね』

『悪趣味ちゃうて。むしろ優しさで出来とるやろ』


目。視界はまだ……赤い。

赤い……赤過ぎ、じゃない……?


『優しさ、ねぇ……ま、こっちの方がマシか』

『せやろ?人の言葉話す肉塊とか()やん?』


肉塊?僕は……肉塊?


喉。数十年ぶりか、数百年ぶりに声を出すように。

ただ、意味を持ったものでも無く。


「んん……あぁぁ……」


 『あ、起きる。さっさとそのキモいの片付けて』

 『ちょっ、手伝うてや?1人じゃ無理やて』


 『嫌よ。視界にも入れたくないのに』

 『ほな、なんで来たん』


音。カランコロンと瓶が擦れあう音。

耳。その音が伝えるザラついた感触が全身を走る。


……目が、覚めてきた。


『あら、お目覚め?運が良いんだか、悪いんだか』


 女の人の声は冷たいけれど何処か安堵の様な感情も混じっていた。

 けれど僕はそれに応えるより先に目の前にあるモノと

 『眼』があってしまった。


「うわっ、わわわぁ……っ!」


 信じられないほど情けない声と共にベッドから転げ落ち、尻もちをついてしまった。

 目の前には緑色の液体の中を神経の繋がった目玉がおたまじゃくしの様に泳いでいた。


「はぁ……だからとっとと片付けろって言ったのに。ま、元気そうでなによりだわ」

「あーあ。せやから手伝うてくれ言うたのに」


「……ど、どうも……」


 仏頂面の女の人が無言で手を差し伸べてくれた。

 取った手に見た目や声ほどの冷たさはない。


「鏡」


僕が立ち上がるのを見守ると、無言で手を後ろへ回す。

 

その言葉は腕いっぱいに顔のパーツや臓器の入った瓶を抱えてる男の人へ向けられたモノだ。

  

「ほいほい」


男の人が気持ちの悪い瓶を置き手鏡を持って来るまでの間

女の人は真っ直ぐと僕を見つめていた。


手鏡を受け取ると白く、細長い指で泣きぼくろの下を掻きながら気怠げに僕の方へ鏡を向ける。


「アンタの顔。今日からこれだから」

「そんなでも残っとった学生証には似せたんやで?」


鏡の向こう側で僕を見つめ返す男。

そこに居るそいつは「僕だ」と確信を持って言える。


けど何処かしら、何かしらが違う気がしてならない。

ゲシュタルト崩壊……みたいな感覚。


「ま。座んなよ。まだしんどいでしょ」


感情の薄い声に従って僕はベッドに腰掛ける。

女の人もすぐ後ろにあった机によりかかった。


黒いロングコートの胸内ポケットから、見た事のない銘柄の煙草を取り出す。

 男の人の「保健室やぞ~?」という気の抜けた制止もお構いなし。


「……アンタ、名前は?」


指パッチン1つで黒いレザーグローブから小さな火花を撃ち出し、煙草に着火させた。


「学生さんじゃ……無い……の?」

「斬新な名前ね」


 2人とも僕と歳はそう変わらないように見える。

 けど、どちらも怖いくらいに淡々と落ち着いていた。


 紫煙を燻らせる女の人は気怠げに息を吐き出すと

 副流煙に乗せるかのように先に名を教えてくれた。

 

亞守科 唏依(あすか けい)。こっちのキナ臭いのが……」

如月 研磨(きさらぎ けんま)。まったくキナ臭ない、キナ良い匂いのナイスガイや。ほんで自分は?」


「僕は……」

――キミだけの名前を……聞かせて欲しいな?


 僕……。


「言えません」


名前は覚えている。けれど、この人達よりも先に

誰よりも最初に教えたい人が居た。


理由は分からないけれど。

なんだかとってもそうしたくって。


唏依さんと研磨さんは顔を見合わせた。

唏依さんが指でピストルを作り僕の額へ押し付ける。


「脳、弄った?」

 

「弄ってへんで?使えるモンはそのまましとけ言うたやろ。損傷の少なかった場所はほとんどそのまんまや」


黒いレザーグローブの中に握り込まれたタバコはシュゥゥゥ……という音共に消滅する。

彼女の口角はほんの少しだけ上がっていて、目も細められていた。


「……だる。お互い顔も名前もあんま知らないくせに。随分と相思相愛だこと。分かった。今は聞かないでおいてあげる」

 

「まぁ?学生証で俺らはもうとっくに知って……」


言いかける研磨さんの言葉を、唏依さんのボディーブローが阻止した。「ぐぇっ!」と短い悲鳴をあげる研磨さんには目もくれず、僕に向き直った。


2人は……あの人の事を知っているのだろうか。

それよりも、あの人が夢じゃなかったというのが何よりも嬉しい。


「名前の他は?どこまで覚えてんの?」

「どこまで……?」

 

「難しゅう考えんでええで。歳、住んでた場所、経験したこと、好きな食べモン、女子の好み……」

「ふざけるなら出てって貰える?それか死んで」

「もう死んどるて」

「だったね」


僕の意識が記憶の中を覗き込むのに連れて2人の会話が遠くなっていく。リフトに乗り込んだ後のロッジから流れる有線放送みたいな……。


思い出せることは、あまりに少ない。

缶のお汁粉に残った、小豆を探すみたいな……。


「……答え易くしてあげる。どこまで()()()()()()()()()()()


その言葉で、頭の中の靄が割かれた。

その質問の答えは割りとシンプル。


「……名前と、大雑把な記憶以外……全部……」


「そらまた、随分雑な回答やなぁ。あ、暴力反対」

「……結構な事じゃない。雑で。現世(うつしよ)から持って来た記憶なんざ、

 この世界じゃ呪い以外のなんでもないわ」


 まただ。不穏だけど、何処か、説得力のある言葉。耳を右から左で流れていった『喋る肉塊』『もう死んどるて』『現世の記憶』『使えるモンはそのまま』。


 ――生きて。

 そして……耳にこびりついたその、たった一言。


 そこから連鎖的に蘇る感覚。

 

 ――焼けつくような痛み。

 ――突き刺さるような苦しみ。

 ――心が身体から抜け出るような遠退き。


 何かに焼かれ、裂かれ……蹂躙された。

 それが何か分からない恐怖に、目が泳ぐ。


「青褪めたね。なんか、思い出した?」

「なんや……災難、やったね」


 ため息をつき、目を反らす唏依さん。

 研磨さんも貼り付けたような笑顔を崩し真顔になる。


 誰に尋ねるでもないけれど、僕の口から言葉は漏れた。


「死んだの……?」


 沈黙が訪れる。残酷なことにその沈黙は肯定も否定も含んではいなかった。ただ同情か、呆れか。それだけに感じた。

 沈黙を破ったのは唏依さんだった。


「それで?だから、なんだって言うの?」


 寄り添うでも、突き放すでも無く変わらぬ調子で

 聞き返され思わず、言葉を失う。

  

「アンタにとっての死ってなに?」

「僕に……とっての……」


「名前がある、記憶もそこそこ、身体だって動く、現状に困惑して、恐怖して……その中でもアイツを想ってる」


 アイツ……あの、列車の人……?

 2人はあの人のことを知ってるみたいだ。


 根拠は無いけれどそれなりに親しい関係に思える。


 胸に拳を置いてさっきか、昨日か、もっと前までに居た時間と寸分も違いのない鼓動を聞いた。


「僕は……」


 ――もう一度、あの人に会いたい。


 何を言えばいいのか、何を話せばいいのか。

 ぜんぜん分からないけれど。


 聞きたいことは沢山ある。

 だから……。


「そう。アンタは生きてんのよ。アンタとしては、ね」


 僕が少し落ち着きを取り戻し始めたところで、唏依さんが僕の言いたかったことを代弁してくれたみたいだった。

  

 研磨さんがチェーンの片眼鏡を直しながら言った。


「それが果たして幸か不幸か……まぁ。

 後者のパターンの方が圧倒的に多いんやけどね」


 何度目かの唏依さんの暴力。裏拳が研磨さんの鼻目掛けて飛ぶ。研磨さんは背中を横に捻り、それを避ける。

 

 チッと舌打ちした唏依さんへ研磨さんは飄々とした態度で窘めるように言った。 


「嘘は言うてへんやろ? 心構えだけやのうて現実もきちんと教えたるんも、俺らの仕事やさかい」


 眉間に指を当ててやれやれ、と首を横に振ると唏依さんは保健室の扉へ歩き始めた。


「で、アイツは」

「討伐に出とる」

「うざ……仕事熱心だこと」


 ベルトやジッパー等の多くついたロングコートのポケットに手を突っ込む唏依さんと、

 エビ編みにした白髪の長いポニーテールを揺らす研磨さんの背中を逃すまいと僕は声を上げた。


「あ、あの……!行っちゃうの……?」

 

「だる……あのね?アタシらはこれでも忙しいの。新入生一人に構ってられないの。大人しくしてな」

 

「ごめんなぁ?1から説明するにはちょいとややこしいねんて、

 この世界。この姐さんの言う通り今は休んどき」


 ややこしくても良いから今すぐ説明してくれ。

 そんな僕の考えも、2人はお見通しなんだろう。


 唏依さんが横顔だけで僕を振り返り

 ただ、こう告げた。


 ――赫憑総合學園あかつきそうごうがくえんへようこそ。


「あたしら死徒会(しとかい)はアンタを歓迎するわ。今んところは……ね」


 廊下から流れ込む赤い光は唏依さんの冷たい瞳の輝きと薄っすらだけど、確かな優しさのまじった微笑みを怪しく照らしていた。


「そうだ。最後にもう一つ」


保健室を出ようとする唏依さんは背を向けたまま付け加えた。相変わらず冷徹な響きの声だけど、何処か悪戯な響きがある。


「アンタがその気なら。会えるかもね。アイツに」

「せやけど、ええ子にしとるんやで~?」


 二人の去った保健室。

 僕は自分の服を握りしめて心臓に尋ねた。


その気って、どういう事だろう……と。

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